そして僕らは… その19
ドニーは列車に揺られていた。まとまった休みを取得して一路南の故郷へと帰省しに行っていたのである。列車は蒸気機関車で煙突から黒い煙が勢い良く吹き出していた。その黒煙を窓越しに見ていると体に悪そうだなと思った。ドニーはちょっと良い個室に乗っていた。竜騎士隊の給料は良いので少し贅沢をしてみた。普段は倹約に努めて安い自由席に座る。何かの拍子に竜騎士隊の隊員と気づかれた時に高い席に座っていたらお高くとまっていると思われるのが嫌だからである。車内は静謐という言葉がぴったりの静かな時間が流れていた。それにしても車内は暑い。しかし、窓を開けるわけにはいかない。なぜなら開ければ列車が吐き出す黒煙が車内に入り汚れて大変なことになる。特にトンネルに入っていたらもろに黒煙が車内に侵入してくる。だから、我慢するしかない。汗を拭いながらドニーは耐えていた。
景色は草原から森へと入っていく。巨木が並ぶこの森は様々な生物が棲息している。学者の間では生物の王国と呼ばれている。深く広いその森を抜けると急激に暑くなり、生えている植生が熱帯地域のものに変わり、一気に南国に来た気分である。右手を見るとこの地域最大最長の河が流れている。調度森を抜けた所で甲を描き線路の横を流れるこの大河は迫力がある。大河の横を汽車が走りしばらく行くとこの辺りの地域最大都市でドニーの故郷である都市が見えてきた。久しぶりの故郷にちょっとのわくわく感を持ちながら列車は駅に到着した。荷物を抱えて列車から降りると懐かしい光景が広がっていた。以前、帰省した時から変わってなかった。強いて言えば看板とかが少し色が褪せているように思える。駅から出ると町並みも軍人になり、この町から出ていった頃から変わらない。それに安心感を抱いた。落ち着くのである。変化のない町並みを見ながら懐かしみ実家へと向かった。実家は町の外れにあった。実家に向かう途中よく買い食いしていた店の前を通り、アークたちと遊んだ広場を通った。後でこの辺りを散歩しようかと思いながら実家へと辿り着いた。ドニーの実家はドラゴンを飼っている。元々は町の中心部に住んでいたがドラゴンが成長し、手狭になったので町の外れに家を買い移り住んだ。王都には城壁があるので外と中とに分かれるが、この都市には城壁がないので町は無造作に拡大し続けていた。地主階級の家は中心部から離れた郊外に大邸宅を構えてたりする。地主たちは田舎から出てきた人たちに貸したり売ったりしてその財を成していた。
ドニーの実家の周りは家がポツンポツンと建っているだけで人口密度が小さい。それぞれの家には広い庭があるし、広大な畑が広がっている。。よく言えば自然が溢れている。悪く言えば何もない。そんなのどかな場所にドニーの両親は家を買った。とはいえ、中心部からのアクセスは悪くなく、むしろ最近はベッドタウンとして地価が上がり始めている。手紙で家が建築され始めていると聞いていた。確かに実家近くに来ると新築と思われる家がいくつか建てられていた。今まさに建築中という家もあった。自宅の横にはドラゴンの小屋(とは言ってもかなり大きい。)が建っている。飼っているドラゴンには後で行くがまずは両親に顔を見せることにした。ドニーがドアに設置してあるベルを鳴らすと母親が出てきた。
「ただいま。」
久しぶりの帰省なので何だかちょっと緊張気味に言うと母親はにっこりと優しい笑顔で家の中に招き入れた。久しぶりの実家は内装がちょっと変更されているようだ。カーテンなんかは見たことのない柄だった。他にも異国情緒溢れる置き物があった。どこかに旅行したのだろう。母親はすこぶる機嫌が良さそうである。自慢の息子が帰ってきたのが嬉しいのだろう。
「父さんは?」
「仕事で隣町に行ってるわ。夜には帰ってくるわ。」
「そうか。」
「お昼は食べたの?たべてないなら。」
「いやいいよ。お腹は空いてないし。」
本音を言うと何か食べたかった。しかし、アークやアルフィーのことを聞かれるのが嫌だったし、飼っているドラゴンであるガウディのところへ行きたかった。
「ガウディのところに行ってくる。」
「そう、ガウディもあんたが帰省してきたから喜ぶわね。」
「だといいけど。じゃあ、行ってくるよ。」
「うん。」
ドニーは家の外に出るとガウディが寝食している小屋へと行った。ガウディは体を丸めて昼寝をしていた。また、少し大きくなった気がするもこれくらいなら三人くらい余裕で乗せられそうだ。そう考えた瞬間いやいやとがぶりを振った。何を考えているのだろうか。アークとアルフィーを乗せられると思うなんて。あの話には乗らないことにしたのに。やはり心のどこかでまた遊びたいと思っているのだろう。もう子供じゃないんだからそんなことはしてはいけない。そう蠢く自分の心に自制を促した。何とか昂る気持ちを押さえるとガウディを優しく撫でて気持ちを落ち着かせた。よく寝ているようで撫でても目が覚めない。ドニーとしてはリラックス出来て気分が良かった。起こすと悪いので少し撫でると静かに離れて家に戻った。
家に戻ると母親が掃除していた。
「何か手伝おうか?」
「大丈夫よ、あんたは自分の部屋でゆっくりしてなさい。」
長旅に疲れが出始めていたのでドニーは母親の言葉に甘えることにした。2階の自分の部屋に行くと中はドニーが入隊して家から出た頃に整理した当時のままであった。寮にはほとんど物を持ち込めないから私物はほぼこの部屋に置きっぱなしであった。入隊が決まった時、ドニーは私物を処分しようかと思っていたが、両親が置いておくと良いと言ったのでほとんど捨てることなく今もこうして部屋に置いている。両親としても一人息子の影が無くなるのが少し寂しかったのかもしれない。また、ドニーとしても昔と変わらない自分の部屋というのは心を落ち着かす。よい休憩になる。
ベッドに横となりのんびりする。こんなに気持ちが楽になるのは久方振りである。寮にいる間は規律が厳しく王都でも隊の面子のために大人しく用心し、外国との間に緊張が走るといつでも前線に行く覚悟で待機する。そんな常にストレスの中で暮らしているので自分の部屋でのんびりするという開放感は堪らない。小鳥の囀りに耳を傾け素直に楽しむ。良い休日だとドニーは思った。しかし、そんなに中でも頭の片隅から中央へとアルフィーのことが気になるというのがいつ出ていこうか虎視眈々と狙われているような気がする。しかし、この膨らむ風船を止めることは出来ない。むしろその風船はどこまでも膨らみ手を離せば空のどこかへ飛んで行ってしまうだろう。だが、手離すことが心のどこかで嫌でたびたび頭に思い浮かぶ。アークはアルフィーと子供のようなことを企んでいるのかなとドニーは思った。露見したら大学に居られなくなるかもしれないのによくやるなと思った。俺にはそんなことは出来ない。今の立場が好きなのだ。充実している。敢えてそんなことに協力する理由はない。そんなことを考えていると下から夕飯が出来たと呼ばれた。
1階に降りると父親はまだ帰ってなかった。
「父さんは仕事?」
「同業者と慰労会という名の飲み会してるわ。」
「夕飯はいらないって?」
「まぁ、居酒屋でたらふく食べてくるでしょう。」
「そうか。」
ドニーは椅子に座ると目の前にはスープとパン、サラダが置かれていた。この家の夕飯は質素なのである。そして、静かに食事する。食事を終えるとドニーは母親に聞いた。
「アークの母親とは会うことあるの?」
「その名前があんたから出てくるなんて珍しいというか懐かしいというか。」
「いや、アークが大学で王都に来ているって聞いて最近どうしてるかなぁと思って。」
「同じ王都に住んでるんだから会いに行けば良いじゃない。」
「そういう訳にも行かないんだよ。」
「ふーん。」
アークがアルフィーと結託してアルフィーの王都脱走を画策していることは勿論言えない。取り合えず照れ臭いということにしようとドニーは考えた。久しぶりに会うというのはちょっとの緊張感があるものなのだ。
「まぁ、あんたにも事情があるのでしょうね。」
母親はそれ以上追及はしてこなかった。ドニーはホッとした。きっと仕事が忙しいとかと勘違いしてくれたであろう。それならドニーとしては好都合であった。事情を特別聞かれることがないからである。
「で、最近アークについて何か聞いた?」
「この前中心街でばったり会って久しぶりに話したけど大学で研究室に入ってると聞いたくらいね。」
「へえ何の研究しているの?」
「何だったかしら。結構堅苦しそうな研究みたいだったけど。」
「順調に出世してるんだね。」
「あんただって充分その年にしては出世してるじゃない。」
「僕はそんな大したことないよ。ただの軍の駒さ。」
「何を言ってるの竜騎士隊なんて入るのも大変なんだからもっと胸を張りなさい。」
「親バカだなぁ。」
ドニーは苦笑した。自分の息子が軍のエリート部隊である竜騎士隊の一員であることが鼻が高いからってまさか近所の人にもそんな感じて言ってないだろうか。いや、たぶんそう言っているだろう。母親の性格からして間違いない。昔、学校行事で書いた作文が金賞を取った時なんて数年に渡ってドニーの話をするときの語り草になっていた。そんな母親である。きっと近所の奥様方に耳にタコができるほど話しているだろう。
「たまにはアークのところに顔を見せに行ったら?照れ臭いのかもしれないけど。」
「いやあ家の場所知らないしな。」
「今度、聞いといてあげるわよ。」
「いやいいよ。」
「そう。」
リビングに少しの沈黙が降りてきた。時間にして数分である。そして、ドニーは口を開いた。
「明日、空き地行ってみるかな。」
「空き地って昔よく遊んでいた?」
「うん。」
「そう。」
母親と昔のことを話していたら無性に空き地を見に行きたいと思えてきたのである。




