そして僕らは… その12
研究室で論文読みをしていたアークはどうも集中できずにいた。ずっとアルフィーから頼まれたことが気掛かりであったのだ。椅子の背もたれに寄りかかりながら天井を見上げてボーとしていた。仕方がないので論文読みをやめて机に突っ伏してしばし休むことにした。
気づくと寝ていた。他の研究員はおらず、今、研究室にいるのはアークだけであった。研究室は静まりかえっている。寂しくも少し不気味な感じがした。ふと、時計を見るともう時期講義が始まる。研究室を後にしたアークは講義室へと入り、講義を受けた。
講義後、アークは昼食を食べると文書館へと向かった。大学から文書館は離れている。アークの通う大学は郊外の住宅地のはじにある。それに対して文書館は王立ということもあり、政府機関が多く集まる地域にある。同じ王都の中とはいえ少し遠い。馬車を利用しようかと思ったが、金がないのでやめといた。
文書館に到着したアークは入り口で手荷物検査を受け、中に入った。大学から文書館に歩いてくると少々疲れて喉が乾いたので文書館内の休憩スペースに行き椅子に座り、水の入った水筒を鞄から取り出し飲んだ。水はすっかり温くなっていた。水を飲みしばし休憩したアークは椅子から立ち上り、文書館の中でも王家の私的なことを扱った公式の文書を保管している部屋へと向かった。この前に来たときはミライという名前がおそらくアルフィーの母親の名前であろうことはアルフィーの名前とセットになっていたところから推察できた。しかし、アルフィーがアークの故郷でもある町に移り住んだという記録はあったが、肝心のアルフィーの母親ミライがアルフィーと離れ離れになってからどこに行ったのかを見つけることはできなかった。しかし、まだアークは絶望はしていなかった。探し始めたし、直接的な表現はなくても間接的に推察可能な文書が見つかるかもしれないとアークは考えていた。何か手がかりが文書に落ちているだろうという希望をアークは持っていた。
しかし、その日は結局成果はなかった。アルフィーの名前は見つかるのだが、ミライという名前は見つからなかった。文書の熟読に疲れはてたアークは閉館時間が迫っていたのでこの日は帰ることにした。帰り道アークはぼんやりと空を眺めた。もう太陽が沈み夜の帳が空を覆っていた。町の人々はそれぞれの帰る場所に向かっている。アークも自宅へと真っ直ぐに帰っている。寄り道するようなお金がないというのもあるが、早く帰ってこれからの作戦について考えたかったのである。しばらくは忙しくなるなと思っていた。魔法原理学の研究は少しおろそかになるなとアークは思っていた。想定内ではあるが、王家からその存在を否定されている人物の調査というのは骨が折れる。記録が間接的なものでもいいからあればよいがとアークは考えていた。
彼女以外の女のために頑張るなんてリィズには悪いなと自嘲気味にアークは思っていた。しばらくはリィズには我慢してもらうしかないなと空を眺めながらそんなことをアークは考えを脳内で述べていた。
それから数日大学に用がないので朝から晩まで文書館で調査を続けていた。しかし、中々手がかりが見つからなかった。どうもそもそもあまり中央の特に王家との関係は深くなく、大勢の妃の一人に過ぎなかったようだ。伝染病が流行らなければアルフィーは王位の継承順位が第一位になることなく母親と暮らせるようになっていたかもしれない。そうアークには思えた。神というのはいたずらが過ぎることがある。
調査が中々進展しないままのある日アークは大学に行くことにした。あることを思い付いたのだ。これまではある可能性のある資料を片っ端から読み込んでいたが、それでは見つからなかった。そこで大学図書館で王家の歴史に関する本を読み、王家の直接的支配領域や建物を調べてアルフィーの母親が住んでいた場所と思われる地点をピックアップし、調べてみることにした。この方が効率が良いと考えられた。
朝、家を出たアークは鞄に昼食のパンとノート、文房具を入れていた。町はいつもの風景であった。仕事に行く人、店の開店準備をする人と様々な日常が流れていた。そんな中でアークは自分が王家の御姫様の願いを叶えるという非日常なことをしている。何だか心はわくわくして幼い頃のプレゼントの箱を開けるような気持ちになった。まさしく冒険をアークはしているのだった。
大学に到着したアークは図書館へと向かった。歩いているとリィズがいた。最近は大学に来てないので久しぶりに見た。こっちに気づいたのか小走りで近寄って来た。
「久しぶりねアーク。」
「最近、大学に来てないからな。」
「何してたの?」
「うーん調べ物。」
「詳しくは言えないことね。」
「わかる?」
アークはリィズの察しのよさに舌を巻いた。頭の良い優しい人だと思った。恋人として本当のことを言ってほしいのだろうが、アークが正直には言えない事情があるのだろうと察して聞かないでくれる。それが両者にとってベストであることをリィズはわかっているのだろう。
「すまんな。」
「いいのよ。それにそんな子供が面白いことを見つけたような顔をされてたら温かく見守りたくなるわ。」
「そんな顔をしているか?」
確かにここに来る途中も何だかうきうきしていたような久しぶりに遊びを見つけたようなそんな気分ではあった。アルフィーとまた脱走といういたずらができることが凄く嬉しく思っているのかもしれない。いや、そうだろう。こんな高揚するのは久しぶりである。ただ、惰性的に研究を続け、ただ、彼女がいるとはいえ何となくで過ごしていた退屈な日々にフッと湧いたのが、アルフィーの母親が住んでいた場所を探すというものだった。内緒で城を出て王家からないように扱われている妃が最期に住んでいた場所に遊びに行くなどこれほどのスリリングはアルフィーやドニーと遊んでいた頃以来である。リィズには悪いがこんな楽しいことはもうないかもしれない。心配をかけるが優しく見守ってほしい。
「やりたくてしょうがない、我慢できないていう顔してる。」
「そうか。」
「かと思ったらなんて優しい顔をするのよ。」
「惚れ直したか?」
「ふふまあね。」
「たく。」
にやにやしながらそう言われると何だか照れてしまったアークは目線をリィズから逸らした。そうするとますますリィズはにやにやし、恥ずかしさのあまり俯くアークの顔を下から覗き込んで来た。
「そ、そろそろ行くな。」
恥ずかしくて早くこの場を去りたいアークは一人図書館に向かおうとした。リィズはにっこりしていた。
「まぁ、いいわ。今日はアークの知らない一面見れて満足だわ。じゃあ、私も行くね。」
ああそうか。リィズには寂しい思いをさせていたのかもしれないとアークは悟った。軽い口調でアークのことを見守ってくれてるが、本当はもっと話したいし、一緒にいたいのだろう。
「リィズ!今回のことがけりついたら何処かに出かけよう。」
「うん!」
アークはリィズと別れると図書館の歴史に関する書籍が陳列している本棚に来た。先史時代から現代までの様々な歴史書があった。とにかく王家の領地に関することが詳細に書かれている文献を探した。漁っているとかなり古い本で王家の地方の所有物件についての本を発見した。発行されたのはアークが生まれるよりも前であった。これならもしかしたらアルフィーの母親が住んでいた場所についてもまだ幽閉されてないだろうから手がかりが載っているかもしれないと期待した。
その本を手に取りアークは本棚横の椅子に座って読み始めた。館内は静かであった。何かアークのことを優しく見守ってくれてるような応援されているような感じというか雰囲気になっていた。そのような館内の空気によってアークの読書はよく進んだ。論文読みにくらべたら遥かに楽だから当然と言えば当然である。それに図書館だから専門外の本を読んでいても不審ではない。ただ、好きなのかなぁくらいにしか思われない。読み進めていくといくつかのことがわかった。それは諸侯の領地の中にも特例的に王家所有の建物があること、建物の中にはほとんど使われてないものもある。今度はこの辺を重点的に調べようと思った。大体のこれからの方針が決まるとアークは時計を見た。まだ、閉館まで時間があったのでちょっと自分の専門の魔法原理学の本でもちらっと読もうと思った。魔法原理学の研究を始めた頃はよく借りに来たものだなぁと思いながらコーナーのある4階へと階段を登っていった。この図書館独特の静けさを堪らなくアークは好きだった。一人でのんびりしたい時は研究室に入る以前よく来たものである。魔法原理学のコーナーに来るとアークは魔法原理学の名著を手に取り読み始めた。初めて読んだ時は全く理解出来なかった。他の簡単な入門書をいくつか読んで魔法原理学の理解が深まって初めて読めたものである。
本を読みながら昔を思い出しているとふと、思った。アルフィーやドニーと離れてからアーク自身には色々あった。王都の大学に行き、研究室に入り、しかも彼女も出来た。アルフィーやドニーも色々あったのだろうか。アルフィーはきっと王宮で暮らしているから苦労が多いだろう。ドニーも王都で軍人になったらしいから日々の鍛錬は大変だろう。良いことも嫌なこともきっとそれぞれの目でそれぞれの心で感じて生きているのだろう。
そんなことをアークが思っていると町に鐘の音が鳴り響いた。王都の住人に仕事を終える時間を告げている。館内にいる利用者はぞくぞくと帰り始めた。アークも読んでいた本を本棚に戻して荷物を持って図書館と大学を後にした。
町は帰宅する人、居酒屋に飲みに行く人、帰宅する人に食材を売る人でごった返していた。こんなに人が一体何処にいたのだろうかと思うくらいの人手であった。まぁ、お祭りの時はもっとすごいのだが。アークはパン屋で夕食の安いが固くて不味いパンを買い自宅へと帰っていった。町の喧騒と共に。




