そして僕らは… その11
明日の仕事の手筈を整えたガリクソンは自分の部屋に戻り、飼っている小鳥に手紙を持たせた。この小鳥は実は魔獣で伝書鳩のようなことができ、秘密で連絡を取りたい時に重宝している。言葉をある程度理解できるのでこの小鳥が行ったことのない場所にも飛ばせる。今回はアークの所に明日の夕方にある喫茶店で落ち合おうというものであった。夕方にしたのは朝早く出ると遠出をしたと思われ、どこに行っていたのか同僚に聞かれる危険性があるのと昼間は王立文書館でアルフィーの母親が住んでいた場所を調べているだろうと思われたからである。昼過ぎに出て夕方までぶらぶらしていた方が無難なのである。後は純粋に久しぶりの一日休暇を楽しみたかったのである。その日は小鳥を放つと寝間着に着替えて寝ることにした。
次の日の朝。ガリクソンは早めの朝食を食堂で食べていた。王宮の執事や侍女たちなどの使用人には王家の人間たちとはまた別に食事をするための食堂がある。ガリクソンは普段ここで朝食を食べている。食事を終えると自室で読書に耽り、日が高くなった頃、ガリクソンは町へと出掛けていった。外に出ると町は調度お昼時、庶民が思い思いに休憩を楽しんでいた。人混みをすり抜けて行き、ガリクソンは夕方まで町をぶらぶらしていた。
夕方になりガリクソンはアークとの約束をした喫茶店に着いた。雰囲気の良い喫茶店であった。店員がすぐに寄って来て席へと案内された。客たちを見るとまだアークは来ていないようであった。顔を見たことがないが、大学生らしき人はおらず老人が数名と休憩中と思われる女性がちらほらといるだけであった。
「待ち合わせをしているのでアークという人が尋ねて来たらこちらに案内してください。」
「かしこまりました。」
「それとブレンドコーヒーを一つ。」
案内された席に座りしばらく待つと注文したコーヒーが運ばれてきた。それを飲みながら待っていると一人の若い青年が入って来た。すぐにアークだとガリクソンは直感した。その青年は店員に案内されてガリクソンの席へと案内されてきた。
「やあ、君がアーク殿だね。」
初めて顔を合わせるからか、アークは緊張ぎみな様子に思えた。
「初めましてガリクソンさん。」
丁寧なその口調は良くできた真面目そうな青年という雰囲気であった。それをガリクソンは意外に思った。こんな国を欺くことに手を貸すような人間には見えなかった。それにあの姫様の友人にしては大人しそうに感じた。
アークがガリクソンの向い側に座るとアークは店員にコーヒーを注文した。ガリクソンは本題に入る前に少し話してみようと思い口を開いた。
「君は確か姫様の幼き頃の友人だとか。」
「姫様…、ああアルフィー…様のことですか。」
「ふふ、ここは公式の場でもなくいるのは私と君だけだから姫様を呼び捨てにしても構わんよ。」
「いや、そんな畏れ多いこと。」
「そうか。」
ガリクソンは呟くとコーヒーを二口飲んだ。
「ガリクソンさんはいつからアルフィー様の執事になったんですか?」
「ああそれはね。姫様が王都に来られてからなんだ。」
「最初はアルフィー様に手を焼いたでしょう。」
「はは、そうだね。真面目に勉強はしないわ町へとお忍びで勝手に行ってしまうわでそれはもう大変だったよ。まぁ、今でも脱走はするがね。アーク殿と遊んでいた頃はもっと大変だったんじゃないか?」
微笑みながら話すガリクソンを見ているとアークは安心した。ガリクソンはきっとアルフィーのことを大切に思っている。それがありありと伝わってくる。アルフィーは王宮でも元気にやっているようであった。
「そうですね。がき大将でしたからいつも命令してました。それに喧嘩っ早くてすぐに他のグループの子供たちと殴り合いの喧嘩してましたよ。」
「流石は姫様。子供の時から周りを従え他のグループと張り合っていたとわ。」
「付き合わされるこちらはいい迷惑でしたが。」
「でも、楽しかったのでしょう?」
「まぁ、そうですが。ところでそろそろ本題に入りませんか?」
アークがそう言うとガリクソンも今までの穏やかな顔付きが少し険しさを醸し出してきた。
「アーク殿。姫様の母親の手がかりは見つかりましたかな?」
「まだ、探し始めたばかりで見つかってないですね。取り合えず結婚した時の記録がないか探してみたのですが、ミライという名前は見つけました。でも、詳しいことはわかりませんでした。」
「ほう、名前を見つけただけでも手柄ですよ。今日戻ったら早速姫様にご報告しましょう。名前が残っているなら詳しい記録もあるかもしれませんな。引き続き調査をお願いいたします。」
「わかりました。ところで脱走の仕方は決まりましたか?」
「大丈夫です。もう算段は決まっております。後はミライ様の住んでいた場所を特定するだけです。」
「そうですか。何とか見つけてみせます。」
「頼みましたよ。」
ガリクソンはそう言うとにっこりとした。そこには大人の余裕というか温かみをアークは感じた。アークがふと時計を見ると夕食時になっていた。そういえばアークはお腹が空いてきていた。
「そろそろ僕は帰りますね。」
「そうですな。私もそろそろ帰りましょう。お代は私が持ちましょう。」
「助かります。」
アークは素直にガリクソンに奢られることにした。正直言って今月はピンチだったのだ。彼女に金を無心しようかと思い詰めるくらいぎりぎりの家計だった。今日も夕食は安くて固くて不味いあのパンを食うかと思いつつガリクソンと店を出たところで別れた。
会計を済ましアークと別れたガリクソンは帰宅しながらアルフィーにいい報告が出来ると考えていた。資料としてアルフィーの母親の記録が残っていることがわかったのである。どうやらアルフィーが王位を継承するのに差別的に反対している人たちも王立文書館からアルフィーの母親の記録を抹殺することは出来なかったようである。これならアルフィーの母親が住んでいた場所を特定するのは不可能ではないのではないだろうかとガリクソンは考えていた。もしかしたらアルフィーの母親に関する詳しい情報を得られるかもしれない。そうなればアルフィーにとってとても喜ばしいことに違いない。ガリクソンはにこにこと笑みをこぼしてしまう。アルフィーのために尽くすことが年老いたガリクソンの楽しみであった。しかし、心配な点もある。それは時間は有限であること。王立文書館に保管されている資料は膨大である。ある程度の目星はつけて調べることは出来るだろうが、それでも確認しなくてはいけない文書は多い。それを一人でやるのだからアークは大変である。そうした中でアルフィーの即位への儀式を挙行するまでに見つけなくてはならないのである。ガリクソンには資料探しは都合上無理なのでアークが発見してくれることを祈ることしかできないのである。今回のことに関するガリクソンは無力感を強く感じていた。星が輝く暗くなった夜空を見上げながらガリクソンは思っていた。
一方、アークは一人アパートへの家路に着いていた。太陽が西に沈みつつある空は遠くに夕焼けが見えてなんとも不思議な気持ちになった。寂しくも温かい子供の頃の帰り道を思い出す。ふと、アルフィーやドニーと遊んでいた頃を思い出す。あの頃を思い出すと泣きたくなる。今が嫌だというわけではない。彼女や友人と話すのは楽しい。ただ、何だか子供の頃を思い出すと無性に泣きたくなるのだ。そんなことを考えながら歩いていると町は夜の顔へと変質していった。
次の日の朝。アークは大学へと行った。今日は大事な講義のある日である。文書館へは大学の講義が終わってから行くことにした。講義は2限目からなので朝は少し余裕があった。研究室で少し論文を読むことにした。研究室に行くと入り口にリィズがいた。今日もトレード・マークの三つ編みを垂れさせて。
「どうしたんだ?」
「ここにいれば会えるかなぁて思って。」
そう言うとリィズは屈託のない笑顔でアークの頭をポンポン叩いた。それを何回か叩かれた後、アークはリィズの手を退けた。
「俺は何か怒らせることしたか?」
「昨日、大学に来ないで私の相手をしなかった。」
「そんなことで研究室に来るな。」
リィズは少し機嫌が悪そうに頬を膨らませた。じとっとした目で睨んでくるその様子にアークはリィズの可愛さを改めて認識した。
「彼女が甲斐甲斐しく弁当を持ってきてあげたのにその言葉はないんじゃない。」
「研究室に彼女を連れ込んでいるなんて誤解されたら先輩に睨まれるんだよ。頼むから研究室に来るのは自重してくれ。」
「彼氏の立場を危うくするのは彼女として本意ではないわ。わかった。もう研究室には来ないようにするわ。講義の後、会えない?」
「悪いが用があるんだ。」
流石にこの国の御姫様のために人肌脱いでいるなどとは言えないので適当に誤魔化すことにした。彼女に隠しごとをするのは嫌だが彼女を想うそれと同じくらい友情も大切なのである。
「彼女を放ってすることなの。」
「うんまぁ。すまん片付いたら埋め合わせはするからしばらくは我慢してくれ。」
手を合わせて謝罪とお願いをした。露見すればただじゃ済まない今回のことに大切なリィズを巻き込みたくないのであった。
それとこれから大学と文書館に通うようになり忙しくなるので研究に力を入れたいと誤魔化すことにした。恋人であるリィズにも言えないことであった。
「今、研究が忙しくなるからしばらく会えなくなる。」
「そう。」
申し訳なさそうにアークが言うとリィズはにっこりとした。アークは何だかリィズは全て気づいているのではないかという気がした。リィズの聡その性格からすれば気づいても可笑しくないそう思えるのである。いっそのこと正直に話そうかと思ってしまうが、友人とはいえ他の女のために一肌脱ごうとはどうも言うのを躊躇わせる。気づかれてもここは騙し通すことにアークはした。
「じゃあ、私行くね。」
「ああ。」
リィズは講義を受けに立ち去った。アークは研究室に入って行った。




