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『邂逅』04

 あれから剣士の戻らぬまま、私達は二人で焚き火を囲んでいた。エイミーはすっかり良くなったのか、私の側で穏やかに寝息を立てている。


「君も随分と顔色が良くなったみたいだね」


「ええ」


 火にかけてあった鍋の水が沸騰したのを見て、バーナードはジョッキにそれを注ぎ、こちらへ差し出した。


「でも水分は摂った方がいい。道中で汲んできた水だが、煮沸もしてあるから飲んでも大丈夫だ。打った麻酔の量も少ないし、ある程度すればその子も目を覚ますだろう」


「ありがとうございます」


 息を吹きかけて冷ましながら一口含む。喉を通る白湯の暖かさに、やっと一息つけたという感じがする。


「君は騎士らしいね」


 バーナードが口を開く。


「ええ、まあ……」


 自信を持って返事をする事が出来なかった。先程のエルドという男に『向いていない』と指摘されて怒りを露わにしたのも、不躾な物言いに対してというより自分の中でそれを再認識してしまったショックからが大きい。勿論、あのような言い草は酷いとは思うが。


「彼に言われた事を気にしてるのかい?」


「……そうではない、と言えば嘘になります」


「まぁ、あまり気にするものではないよ。彼はちょっと辛辣だが、あれで他人思いな所もあるんだ。君も思う所があるだろうし、私の方から彼を許してやってくれとは言えないけどね」


 バーナードは鍋に残ったお湯を別のジョッキに注ぐ。そのままそれを口に運ぶと、口内の熱を追い出すように息を吐いた。


「お聞きするのを忘れていました、治療費の方は幾らでしょうか?」


「あー、いいよいいよ。私が勝手にやった事だからね。そもそも払えると思うかい? 世界中の医師がどうやったって真似出来ないような治療の費用なんてさ」


「う……でも……」


「人の好意はありがたく受け取りたまえ。それに、まぁ、私が他人に手を貸すのは贖罪のようなものだからね」


 バーナードはばつの悪そうに言った。静けさの中、パチパチと爆ぜる炎が彼の顔を照らしている。


「それにしても意外でした。噂でしか聞いた事がなかったのですが、魔法はこう……複雑な呪文を唱えたりして成果を出すものだと思っていたので」


 「ふむ」と彼は口元に手を添えて考え込んだ後、私の目を見ながら話を始めた。


「私は仕組みを理解しているからね、省略出来る手順も知っているのさ」


「省略……」


「魔法使いと一口に言っても、魔法の仕組みを理解しているのとそうでないのとでは天地の差がある。『使える』だけと『使いこなす』のではまるで意味が違うだろう? 剣術や弓術、馬術だって同じだ」


「はぁ」


「まぁ、私は造術の研究しかしなかったがね。こと造術というジャンルにおいて私の右に出る者は数える程もいないが、妖術や呪術、巫術に関しては他の魔法使いと同じ程度しか使えない」


「そうなんですか?」


 問いかける私に対して、頭を掻きながら恥ずかしそうに言葉を返すバーナード。


「昔から色々な事を同時に進めるのが下手くそだったからね、師からはかなり呆れられたよ。他の弟子も結局それぞれの種別の魔法しか研究しなかったせいで似たり寄ったりだけどね? ははははは!」


 そう語るバーナードの立ち振る舞いは道化のそれを思わせた。大袈裟に彼は両手を広げて笑い声を上げてはいるが、彼の笑顔が貼り付けられた仮面のように感じるのだ。まるで嘲笑……それも、他人ではなく自身へ向けられた────


「おっと」


 ふと、バーナードが口を噤む。


「久方ぶりに人と話すとどうもいけないね、加減というものが分からない。この話は終わりにしよう」


 落ち着き払ったように話を切り、再び湯を一口。


「ところで君は何でこんな所に来たんだい? 何か用事でも?」


「あっ‼︎」


 街道警護の依頼を受けていた事を思い出し声を上げる。私の声に驚いたのか、眠っていたエイミーも瞼を半分程上げてこちらを見上げていた。


「あっ、ごめんねエイミー! すみませんバーナードさん、お手間を取らせ続けて申し訳ないのですが、この子の事を見ておいて頂けませんか? 街道の警護に戻らないといけないので」


「え? いやいや、あんな事があったばかりなんだ。今日はもう休んだ方がいい。顔色も良くなったとはいえ、完全に復調したとは言えないのだからね」


「一度依頼を受けてしまった以上はそれに努めるのが私達のやり方です。ですからどうか……」


「ううむ……」


 彼は少し困ったように目を閉じる。


「そこまで言うなら仕方ない。ひとつだけ言っておく事があるんだがいいかね?」


「はい、何で──」


「──“聞け”」


 頭の中に声が響いた。


「“汝の内で粛々と鼓動する心の音を。管を満たす紅き命の脈動を”」


 二節。心臓が大きく脈打つのが聞こえる。それと同時に、頭から爪先へ向けて熱の奔流が駆け抜ける感覚。


「“意は夢に戯れ、双眸は微睡みに触れて光を閉ざす”」


 三節。これが魔法だと気付いた時には既にどうしようもなかった。思考がまとまらない。


「“落ちよ、落ちよ、虚妄の底へ”」


 その場に崩れる私の身体を支えると彼は最後の言葉を口にした。奈落の底へ沈むような脱力感と共に、私の意識はそこで途絶えた…………。

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