『邂逅』01
赤い雫が落ちる。既に半分程雲が掛かった月の明かりは、栗色の毛並みに突き立てられた矢を仄暗く照らしていた。
「エイミー‼︎」
思わず名を叫んだ。山賊達に背を向けて震えながらも私の元へと寄り添うエイミーは私の無事を安堵したように表情を和らげて顔を擦り付ける。
「あ、あ……ごめん、ごめんなさい……」
私はそんな姿にただ謝る事しか出来なかった。自分が招いた結果を、この子に肩代わりさせてしまったという罪悪感が心を締め付けている。
「ああぁぁ! クソ、痛ぇ‼︎」
最初に打ち倒された山賊が右目を抑えながらこちらを睨む。顔には赤黒い蹄の跡が刻まれており、目を覆う手の隙間からは涙と血の混じった液体が滴っていた。
「おいおい、大丈夫か?」
「右目が見えねぇ……」
近くにいた別の男がその顔を覗き込む。余程酷い有様だったのか眉をひそめて言葉を返す。
「あー、こりゃあ潰れてんな。まぁ馬に顔面蹴られて命があっただけでもめっけもんだろうよ」
「チッ!」
舌打ちをした隻眼の男はすぐ隣にいた山賊の手から弓を奪うと腰の筒から矢を取り出して番え、私達へと向けて構えた。
「何やってんだお前!」
注意する仲間に対して隻眼の男は「うるせぇ!」と怒号を返す。残された左目には憎悪と殺意が満ちており、彼の仲間もたじろいで後ずさる。
「こっちは目ん玉一個潰されてんだ! せめてあの馬ぶっ殺さねぇと気が済まねぇんだよ‼︎」
距離を詰める隻眼。近過ぎず離れ過ぎず私達の反撃がどうあっても届かない位置。エイミーが男の方を振り返り、唸りを上げて威嚇する。
「や、やめて! 」
「ああ?」
意を決して言葉を紡ぐ。こうなったのは私の責任だ。エイミーが傷を負ったのも、こうして殺されそうになっているのも全部。これ以上、この子を傷付けさせたくない。
「あなたに攻撃するように仕向けたのは私の方。この子はただ指示に従っただけなの……だから……」
恐怖に声が震える。目を閉じて耳を塞いでしまいたい程に怖い。
「殺すなら私の方を殺して、この子は見逃してあげて」
隻眼の男へ私は懇願する。
「そうは言うが騎士さんよぉ、あんたのお馬さんの方はまだやる気みたいだぜ?」
「大人しく、させますから……」
「いいや、我慢ならねぇな。その反抗的な態度が気にいらねぇ!」
放たれた矢が胴を貫きエイミーが苦痛に声を上げた。
「お願い! やめて‼︎」
「お前馬鹿なんじゃねぇか? なんで俺がお前の頼みなんか聞いてやらなくちゃいけねぇんだよ」
嘲るように彼はそう言った。エイミーが力なく身体を私に預けている。
「大体その馬見てみろ、さっきので脚が折れちまってるじゃねぇか。そうなったらもう使い物になんねぇ」
再び矢を取り出し男が弦を張る。狙いは既に定めてあると言わんばかりに下賎な笑みを浮かべて。
「なら今死んでも後で死んでも変わらねぇだろ? なあ騎士さんよ、お前もそう思うだろ? そうに決まってるよなぁ!」
他の山賊達の視線もこちらに集中する。先程その行いを注意した男も、私達が怯える様子を見て楽しんでいるかのように見えた。
「俺と同じ目に合わせてやる!」
「やめてぇぇぇぇ‼︎」
大声を上げたその時、月を覆う雲を吹き飛ばす風。遮られていた月明かりが差し込み辺りを照らし出す。依然としてエイミーへと狙いを定める隻眼の背後、滲む視界に私は一つの影を捉えた。
「え?」
男が居た。薄汚れた外套に身を包んだ男が。宵闇と月を背後にして一振りの剣を携えたその姿は幽鬼のような威迫感を醸し出している。その剣士の様相に困惑と恐怖で思わず声が詰まった。
自身の影を塗り潰すもう一つの影に気付くと隻眼は視線を落とす。その瞬間、刃が隻眼の男の胸から突き抜ける。血に濡れた刀身が月光を受けて赤く輝いた。
「ご、え」
肋を割く鈍い音。隻眼は口から血の泡を吐きながらくぐもった声を零し手から矢が落ちる。痛みに顔を歪ませて白目を剥く男から剣士は刃を引き抜き、その骸がぬかるむ土を跳ねると別の山賊が振り返った。
「な、何だ、おま──」
すかさず一閃。頭の殆どを削ぎ落とされ声も半ばに事切れる山賊。次の相手を狙い澄ますと最短距離を駆ける剣士。予期せぬ来訪者に気を取られていた残りの山賊達も我に返るが、間合いは既に詰め終わっている。
「くっ、来るなぁぁ‼︎」
剣を振り下ろす山賊に合わせて剣士は攻撃を重ねた。刃の軌跡が交差し鋼が鳴く。鍔迫り合いになった山賊が剣を押し込もうとするが、剣士は滑らかな足捌きで体勢を変えると同時に手首を返し攻撃を逸らす。
山賊は体勢を崩してしまい踏み止まろうとするが抵抗虚しく前のめりに倒れ込む。剣士は見越したように切っ先を向けており、吸い込まれるかの如くその額に剣が沈んだ。
別の者が背後から斬り掛かろうと試みるものの、剣士はその男の顔に肘を叩き込むと余裕を持って振り返り足を踏み砕く。悲痛な声を上げて身体を丸める山賊から視線を外し、剣士は先の男の顔を縦に裂いた。
血飛沫を舞わせて振り上げられた剣が山賊へと振り下ろされ、左の首筋から逆側の胴へと抜ける。二つに別れた肉塊が血と泥の入り混じった溜まりに沈んだ。先程まで五人いた山賊も残すはただ一人。
「どうした」
淡々とした声で剣士が言葉を紡ぐ。あれだけの動きを見せていながら呼吸の乱れは感じさせない。
「来い」
「う、うわぁぁぁぁ‼︎」
男の凝視に山賊は敗走を選択し、怪鳥の様な声を上げて暗闇の中へと走り去って行く。その山賊の悲鳴が聞こえなくなる頃には私とエイミー、件の剣士のみが残されていた。