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『騎士』04

「それでは騎士様、よろしくお願いします」


 夜警の時間。私は警護をしていた猟師達から引き継ぎを行い、村へと戻る彼等を見送って仕事を始める。月が街道を照らしているものの雲が掛かると一帯の明かりは無いに等しく、懸念を抱いた私はエイミーの背に預けた荷物からランタンを取り出して火を灯す。左手でそれを上に掲げながら街道に沿って暫く歩き続けるが、現状変わった事も人の気配もありはしない。森の中に蹄の音だけが静かに刻まれていた。


 この辺りは昼夜通して暖かい空気が流れているせいで森の中に一晩居ると虫刺されが酷いらしい。虫除けになるかは分からないが肌の露出は少しでも少なくした方がいいと村長から聞き、日焼け対策の為に持ってきてあった外套を羽織っている。


「意外と月の明るさも悪くはないかもしれないね」


 昼の時の様な返事はない。疲れているのかと心配になったので負担を軽くする為に降りようとしたその時、エイミーは急に立ち止まると唸る様な声を上げた。


「どうしたの?」


 エイミーが辺りを見回す様子を見て、何かが近付いてくるのを警戒している仕草だと気付いた私は腰に携えた剣へと手を伸ばす。出来る限り音を立てずに鞘からそれを引き抜くと外套を取り払った。


「……」


 気配はあるが仕掛けてくる様子はなく、沈黙が続いている。月が雲に隠れるまで待つつもりなのだろう。そうなってしまえばこちらの不利は確実。エイミーも私も暗闇の中で目が利くという訳ではないし、あちらには地の利というものがある。睨み合いを続けても状況は悪化するばかり。


 ならば先に仕掛けるしかない。左手のランタンの火を吹き消してその場に落とすと同時に、手綱を取ってエイミーを走らせた。


「なっ⁉︎」


 複数の気配の中から、こちらに最も接近していた男を選んでエイミーが飛び掛かる。逃げる余裕は与えない。直撃こそしなかったが勢いに気圧された相手は倒れ伏して声を上げる。それを皮切りに戦いが始まった。少し離れた所にある木々の影から矢が飛来する。


「エイミー、後ろへ!」


 手綱を引いて半歩後ろへ下がると、私の顔を掠める様にして矢はすぐ横の幹に突き刺さる。左頬から血が滲むが大した傷ではない。倒れていた男が立とうとして上体を持ち上げるが、すかさず手綱を打ち鳴らすとエイミーが強烈な蹴りを見舞う。苦痛に呻きを上げるその男を尻目に次の目標へと向かった。


 距離を詰める最中、他の場所からも矢が飛び交うが当たらない。街道ではなく森の中へと戦場を移したのは正解だった。複雑に生え揃う木が矢避けとして機能している。余裕のある内に相手の人数を確認するとはっきりと見えるのは先程の男を含めて六人。この状況下で伏兵が居るとは思えないので現状ここにいるのはそれで全員だろう。仕掛けるタイミングは些か賭けになったが、流れはこちらに来ていると見て間違いはない。


 木々の合間を縫って駆け抜けて行く。目標まであと五秒足らず。ようやく相手は剣へと手を伸ばすがもう遅い。こちらは既に武器を抜いている。


 すれ違いざまに首筋へ一太刀入れると男はパニックとなり大声を上げ、手を傷に当てて出血を抑えようとする。無防備になった頭部へ刃を突き込むとビクンと跳ねた後そのまま倒れ込んだ。


 一人一人の強さはそこまでではないだろう。だが実力に差があってもこの人数に群がられれば対処が難しい。森の中で戦うのに慣れているとはいえど、やはり人と比べれば馬の方が小回りが利かないのは明白。そうして街道まで詰められた場合に私達が出来る事は逃げの一手しかなくなってしまう。


 私の受けた依頼はあくまで街道警護であって山賊達を全員殺す必要はない。その様な素振りを見せれば彼等は躍起になって向かってくると考えたからだ。ならば私達が打てる現状の最善手は彼等を上回る力で圧倒し、自らの敗北を悟らせる事。この手の輩は敵わないと理解すれば逃げ出す筈。


「残り四人」


 情報を整理する為に声を出して確認し、必ずやり遂げると決意を固めて最後の攻防に臨む。矢が放たれた音が聞こえると共にエイミーを走らせ、次の矢が来ない間に勝負を決める。そう思った直後、ぐらりと視界が歪んだ。


「──え?」


 突然の目眩。手に力が入らなくなり手綱を離してしまう。それに気付いたエイミーが立ち止まろうとするものの間に合わず、私の身体はその場に投げ出された。


「ぐっ!」


 鎧の上からとはいえ、勢いの付いた馬上から転げ落ちるのは予想以上にダメージがあった。すぐ立ち上がろうとするもそのまま崩れ落ちる。打ち付けられた衝撃によるものか強烈な吐き気まで催す。


「どうして、こんな……」


 木にしがみ付いて身体を起こそうと必死になるが駄目だった。初めて立とうとする子供の様に、何度も立ち上がろうと試みてもその度に倒れてしまうのだ。力を込めてもその力は何処かに逃げてしまう。強烈な目眩と吐き気、この不可解な感覚に先程頬を掠めた矢の事が脳裏を過ぎった。


「まさか毒を……」


 森を生活圏として生きる者の中には弓矢や刃に毒を塗って使う者がいるという話がある。ともすれば彼等も似た様なものを使っていても不自然な事ではない。


「────あ」


 顔を向けた先にいた男が弓を構えていた。呆気にとられた私が声を上げると共に矢が放たれる。仮に万全の状態だったとしても一度動きを止めてしまった以上は避ける事は不可能。景色がゆっくりと動き月光に輝く鏃が迫り来る。


 その刹那、何かが私を突き飛ばした。

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