『漆黒』02
(────全部、なくなってしまった)
黒煙と灰塵の積もる山の中、轟くように燃え盛る炎に囲まれて男は一人取り残されている。
(分かっている。これは私が選んだ結末だ。こうなる事は実行に移す前から知っていた)
これは過去の景色、どれ程悔やんだところで覆せない失敗の追憶。そう頭で理解しても、彼は心の中で途方も無い罪悪感に駆られている。こうなる前であれば、この災厄を回避する手立てなどいくらでもあったのではないかと。
「私は一体、どうするべきだったのだろうか」
天を衝く柱から垂れ落ちる黒い滴りを見つめ、彼は孤独に立ち尽くしていた。
「……はは」
布団を跳ね除けながら目を覚ますバーナードが目にしたのは、鏡に写った自身の顔であった。
「なんて酷い顔だい、全く」
青白い生気の抜けた顔に自嘲する。いつになれば過去と折り合いがつくんだと考えながら額を手で覆うと、指の間から抜け出た金髪に汗が伝う。
「君が居たら何て言うんだろうね」
棚に伏せられたままの写真立てを一瞥し、彼は溜息を吐いて立ち上がる。気持ちを切り替えて作業台の状況を確認を行えば、そこにはしっかりと仕事をこなした跡が残されていた。
完成した物を持ってフレデリカを訪ねようかと考えたバーナードであったが、窓の外に地平から僅かに顔を覗かせる太陽を見て夜が明けたばかりだからと思い留まる。何にせよ、先ずは湯浴みを済ませようと彼は着替えを持ち、そのまま部屋を後にした。
「ん? どうしたおっさん。やけに起きてくるのが早いみたいだが」
(あちゃあ……)
「……顔色が優れないみたいだな。必要なら医者を呼んでくる」
バーナードは廊下に出た所でエルドと顔を合わせてしまう。都合の悪い事は重なるものだと彼は咄嗟に苦笑いをして返事を返す。いつものように笑ってみせようとしたものの上手くいかず、ぎこちなさを隠す事が出来なかったのだ。
「ははは。なあに、大した事はない。それに私が医療にも詳しいのは知ってるだろう?」
「あんたが出来るのは医者の真似でしかない。それに解毒や怪我ならまだしも、病気の類いは治せないんだろ」
「……嫌な夢を見ただけさ。それで気分が悪くなった、ただそれだけの話だ。君が心配するような事は何もないから暫く放っておいて欲しい」
彼の言葉に納得したのか「分かった」とだけ返すとエルドはそれ以上何も言わずに外へ向かった。
「私は──」
彼が完全にその場から離れ、扉が閉まると同時にバーナードは視線を落とすと静かに声を零した。
「誰かに心配してもらう必要も、その資格もない。あれは、あの光景こそは私が背負うべき咎なのだから」