『騎士』02
私の不安はあっさりと覆された。休息を取れたのが幸いしたのかエイミーの足取りも軽く、こともなげに私達は村へと到着した。
青々と茂る森と広大な湖の近く。恵まれた自然のすぐ側にある村。村人達は皆活気に溢れており、この暑い中でも大人達は自らの仕事に従事し、子供達は元気に駆け回っている。村の外からでも見る事が出来る広場には、猟師達が取ってきた獲物を並べて市場を開いており、その先では調理を施した肉や野菜、魚等を販売している屋台が立ち並んでいた。
正直に言えばこれ程の規模があるとは思っていなかった。人から話を聞いたり、資料で知るよりも遥かに村全体が賑わっている。自分の故郷の思い出からか、辺境の村と聞いた時には凄惨なイメージが纏わり付いていたのだが……成る程、百聞は一見にしかずとは言ったものだ。
村をぐるりと囲う獣避けの柵の前に立ち尽くしていると、一人の老爺がこちらへと近付いてくる。彼は柵の前に立ち止まると、エイミーの背に跨る私を見上げながら言葉を掛けた。
「この様な身なりで声を掛ける事をお許し下され」
彼は深々と頭を下げ、話を続ける。
「さぞ位の高いお方とお見受けしますが、城下よりお越し下さった騎士様でございましょうか?」
「いかにも。私はフレデリカ・アシュクロフト。央国……センタリウルの騎士団に身を置く者です。本日はこちらの村からの依頼を受けて参りました」
「おお!」と感嘆の声を上げた老爺は再び一礼。その丁寧な仕草からは、彼が思慮深く品位のある人物だという事が理解できる。
「申し遅れました。私は村の長を務めるサリバンという者です。この度はこの様な場所へと足を運んで頂き、誠に感謝しております。本来であれば十全のお出迎えをしなければいけないと思っておりましたが、この様な形となってしまい、本当に申し訳ありませぬ」
私は「いいえ」と首を横に振ってエイミーの背から降りる。
「あなたの誠意は、今しがた交わした言葉から充分に伝わっています。寧ろ謝るのは私の方です。突然の問答に気を取られたとはいえ、馬上から言葉を返すという無礼を心より謝罪致します」
サリバンと名乗った老爺へ頭を垂れると彼は慌てて言った。
「フレデリカ様、私の様な下々の者に御心遣い感謝致します。ですが、あなた様が気に病む必要も、謝る必要もございません。あなた様への配慮を欠き、不意をつく様に声を掛けてしまった私が悪いのです。ですから、どうか頭をお上げくだされ」
とても礼節のある人だ。この村がここまで活気に溢れているのも、彼が中心となって村人達を取りまとめているからだろう。
この村で生きる人々と言葉を交わす事も、その生活を見る事もせずに辺境という先入観に囚われていた私は、自分の浅はかさを恥じるばかりであった。
「ささ、お疲れでしょう。ひとまずは私の家へお越し下さい。ご案内いたします」
私はエイミーを連れて案内に身を任せる。誰もが彼の様に他人を尊重出来たのならばきっと、不幸な人はこの世に数える程も居なかっただろうに。
ズキンと、背中の古傷が痛んだ気がした……。