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『対面』02

 その口から告げられたバルトロメオの名。ぶるりと身体を震わせたフレデリカは押し黙る。


 ジェフは彼女にも聞こえるように傍に置かれた資料をゆっくりと丁寧に読み上げた。


「本名、バルトロメオ・バルドリーニ。西の国『ナーヴェルーナ』出身。大型の猛獣を思わせる体躯と鋼鉄の格子を造作なく引き千切る怪力の持ち主」


 彼は視線を上げてフレデリカを一瞥する。


「齢十九歳という若さで西国にある闘技場の覇者となり、その力量を買われて非合法組織に幹部待遇で身請けされる。彼は十四歳のデビュー戦から引退試合に至るまでただ一度として負けた事がなかったそうだ」


 ジェフは立ち上がってフレデリカへと資料を渡し、彼女の周囲をぐるりと回るように歩きながら言葉を続けた。


「しかし近年、組織のトップと折り合いが悪くなり口論の末に殺害。組織全体を敵に回すも悉くを返り討ちにして貿易船に密航。いずれかの国に潜伏している事が発覚した」


 フレデリカが頬を伝う汗を拭い、顔を上げた先には手を組むジェフの姿。二人の視線が合うと彼は言う。


「西の竜公はこの事態を重く見て依頼を出した。内容は対象の抹殺。我々はこれを最優先事項として彼の行方を追い、とある鉱山跡を根城に活動している事が露見した。後は依頼通りに事を運ぶだけの筈だった」


「……」


「その場に向かった聖騎士達から死体が見つかったと報告を受けたよ。鉱山付近の森に埋められていたそうだ。身体に走る傷は長剣による物だとも分かった。しかしだ、それを一体誰がやったのか?」


 ジェフはフレデリカの肩に手を乗せると諭すようにゆっくりと告げる。


「もう分かるだろう。ここ最近、騎士の活動報告書を見たがあの近隣へと足を運んだ者が一人だけ居た。それが君だよ、フレデリカ・アシュクロフト」


 フレデリカの全身がビクンと跳ねる。


「君の報告書に違和感を覚えたのがきっかけだ。街道の護衛だと書いてあったがその詳細に関する記述はどこかおぼろげ。順当に依頼をこなした割には帰還までに掛かった時間も長過ぎた。ともすれば君が嘘を吐いているか情報を隠蔽しているのは確実。無論、それらが罪である事を君は理解しているね?」


「私に罰を下すという事でしょうか……」


「規則に従うならば。しかし私としても気になっている事がある。バルトロメオを殺したのは君ではないんだろう?」


「──!」


 ジェフは玉座に坐り直すと頬杖をつく。フレデリカは自身の鼓動が大きくなるのを感じていた。


「君の実力は今までの記録を見れば分かる。こういった事態の為にわざわざ残してあるのだからな。そしてここからが本題だ。取引をしようではないか」


「取引?」


「バルトロメオを斬った者、またそれに協力した者が居るならその名前を告げるだけでいい。そうすれば君はまた明日からいつも通りの生活に戻れる。悪い話ではない筈だ」


 彼の提案は詰まる所、自身の罪の身代わりとして件の相手……エルドの事を売れというようなものだった。


「もし」


 フレデリカが言う。


「もし、名前が分かったらどうなさるつもりなのですか……?」


「その質問に答える義務はない。私の気が変わる前に言ってしまった方が賢明だと思わんかね?」


 八方塞がりとなってしまったフレデリカ。ジェフの傍にあるテーブルの上で、時計の秒針が音を刻む。


「バルトロメオを斬った者の名は──」


 長い沈黙の末に彼女が口を開く。


「ふむ」


「──言えません」


「何?」


 跳ぶように立ち上がったジェフは威圧的に見下ろす。彼女は顔を上げてその目を見据えた。


「君は今『言えない』と、そう口にしたのか?」


「はい、言えません。誰か他の者がやったと分かってしまったのであればそれについては認めます。ですが、私はその人の名を言うつもりは一切ありません」


「君は自分が何をやっているのか分かっているのかね?」


「罰則を下すのであれば結構。望むようにしてください」


 頑なに言い張るフレデリカへ向けて、重く低い声でジェフが問う。


「何故、その者の為にそこまでする?」


「その人を守る為です。その人は力ある者が他人の笑顔を奪う事を許せないと、命を懸けて戦える人でした」


「ほう」


「私は騎士である前に、一人の人間としてその考えを素晴らしいと思ったんです。そんな人が危険に晒される可能性があるなら我が身可愛さに売る事は出来ません」


「君の意思は固いと。であれば最早この問答を続ける理由はなくなった。フレデリカ・アシュクロフト、貴殿を──」


 ジェフは玉座の間に響くようにはっきりとした声で言葉を紡ぐ。


(きっとこれでいい。私がどうなっても彼は助かる。エイミー……明日会いに行くって約束、守れなくてごめんね……)


 フレデリカが目を閉じて心の中で告げる。未練はあるが、このまま終わるのであれば納得の出来る終わり方だと彼女は感じた。最後まで誰かの為に立ち向かえる騎士であらんと覚悟を決め、目を閉じる。


「──本日より聖騎士に任命する。これ以降も慢心せず、その志を胸に国の繁栄に尽力したまえ」


「はい……」


 俯いて返事をしたフレデリカであったが、その言葉に違和感を覚えて首を傾げた。


「はい?」


「ひとまず今日は自宅に戻ってもらうが、後々はこちらに引っ越す為に私物はまとめておく事。業務については──」


「いえ、あの……すみません、質問してもよろしいでしょうか?」


「何かね」


「規則違反で処分される筈では……」


 彼女の問いにジェフはきょとんとする。


「誰がそんな事を?」


「そういった流れなのかと……」


「規則に従うならばと前置きしたではないか」


「ええ……」


 その言葉に脱力して座り込むフレデリカ。ジェフは首を傾けると顎髭を指で撫で上げた。


「行儀が悪いのは良くない」


「あっ! し、失礼しました!」


 立ち上がり、背筋を伸ばすフレデリカを見てジェフは頷く。


「あの、もう一つよろしいでしょうか?」


「ああ」


「今までの報告書を拝見して頂いたのであれば私が優れた騎士ではない事はご存知かと思われます。そうであるにも関わらず、何故私がその称を賜る事が出来るのでしょうか?」


「気になるかね」


「はい」


 フレデリカがそう返すとジェフは玉座に座り直し、彼女の目を見て答える。


「確かに、実力に関しては君が自分で言った通り。特筆した武勇の持ち主でもなければ個人で出した功績も微々たるもの。しかしだ、我々の中に君を推す者が居てね。そろそろ出てきてくれても構わないぞ」


 玉座の横に垂れた幕の裏側から一人の男が姿を現わす。彼もまた、フレデリカの知る人物であった。


「エルドさん!」


 声を荒げるフレデリカ。エルドは平然として彼女の目の前まで来ると口を開く。


「久方ぶり、というには日が浅いか」


「何故あなたがここに? まさか……」


「そう、彼も聖騎士だ。少し前に休暇を切り上げて戻ってくるや否や、出先で会った君の事をえらく推薦するものでね。ならば一度会ってみようという考えに至った訳だ」


「何はともあれ合格らしい。が、その称を受けるかどうかはお前次第だ。この仕事はより命の危険が伴うし、多くの者にその成功を知らせる事も、苦労や喜びを分かち合う事も出来ない。今まで通り生活を続けていきたいなら辞退するのも一つの手だ」


「……肝心な事が分からないので何とも言えません」


 フレデリカはそう言ってエルドへと視線を移す。


「推薦されてこのような機会を設けて頂いたのは理解しました。だけどエルドさん、あなたが私を推した理由は何故でしょうか。あの時、命を救われたからというのであればお互い様の筈。もしそうであるなら、私はこのお話を受ける事は出来ません」


 彼女は実直な言葉を告げた。そんなフレデリカを見てエルドは目を伏せて静かに笑う。


「成る程。貸し借りによる贔屓での昇進は望んでいないと、そう言いたい訳か」


「はい。そうでないのなら理由をお願いします」


「では答えよう。俺がお前を推薦した理由は二つある」


 エルドは指二本をピンと立てて言葉を続けた。


「一つ目にこの国に必要な人材だと思ったからだ。お前も知っている通り、センタリウルの歴史は浅い。国をより良くするには改革も要る。だが俺やジェフを含め聖騎士は実力のみで抜擢された偏屈共。決断は早いが現状維持が関の山。だからこそ別の答えを出せる者が欲しかった」


「それが私と?」


「ああ」


 彼が頷く。


「お前は生真面目で生き方も不器用。だがその誠実さは信用出来る。さっきのジェフの尋問はそれを確かめる為のものだった。『知らない』『分からない』と誤魔化すのでなく、お前ははっきり『言えない』と口にした。正直な所、ホッとしている」


「答えとしては満点だったぞアシュクロフト。まぁ、満点以外の答えが出たなら種明かしと共に失格を告げて家に帰すだけだったがね。ふふふ」


 そう言ってジェフが鼻を鳴らす。


「は、はあ。それでもう一つの理由とは?」


「お前が自分の命を捨ててまで俺を救おうとしたからだ」


「ですからそれは──」


「いや、言葉が足りなかった。勿論お前がそれについての謝礼を望んでいないは分かっている。あの行いを当然の事だと考えている事もな。だが俺はあの勇気ある行動に心を打たれたんだ」


 エルドは真っ直ぐにフレデリカの目を見る。


「もし自分の背中や命を預けるならお前のような奴がいい。そう思ったからこその推薦だ。それがもう一つの理由……というのは駄目だろうか」


「それは……」


 彼女は沈黙し、少し考えてから言葉を続けた。


「駄目じゃ、ないですね」


 フレデリカがそう言うと同時にジェフがポンと手を叩いて「では」と口にする。


「決まりかな」


「はいっ!」


 フレデリカは姿勢を正すと踵を揃えて大きな声で返す。


「フレデリカ・アシュクロフト 、聖騎士の称を賜らせて頂きます! 未熟の身であれど栄誉に恥じぬよう、慎みと努力を以って尽くすここに誓います!」


 ジェフが頷き、エルドが笑う。二人へ視線を向けるフレデリカの瞳は力強い輝きに満ちていた。

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