『真偽』01
焚き火の側、項垂れる主人の異変を察してバーナードに向けて放たれるエイミーの唸り声。
「おっと! 落ち着きたまえ、君の主人を傷付けるような真似はしないからさ。ほら、これでいいだろう?」
エイミーの身体にフレデリカが預けられる。
「頑張ってはいたが、彼女も君と同じく安静が必要なんだ。無理に仕事を再開しようとしたもんだから手荒くなってしまったがね。君らを害しようとするなら初めから助けたりなんかしない。分かるだろう?」
そう語りかける彼の目に敵意がない事を感じたエイミーはフレデリカの呼吸に耳を澄ませる。寝息を立てる愛馬とそれを見守る主人の構図は逆転していた。
「もうそろそろ出てきてもいいんじゃないかな」
その声に木陰から顔を覗かせるのはエルドレッド。フードを上げて夜風に赤髪を晒し、皮袋に入っていた水を飲む。
「生水は腹を壊す恐れがあるからあんまりオススメしない。 それと、戻って来たなら声くらい掛けてくれればいいだろうに」
「あんな事言ったんだ、俺がいると気分を悪くするだろ」
「なら言わなければ良かったじゃあないか」
「人を騙すのは気に食わない」
その言葉にバーナードは顔を抑えて溜息を吐いた。
「が、あんたの思惑に対する配慮を忘れた。察しの悪い男ですまん」
「いいさ。そんな事よりも成果があったのか聞きたいね」
「街道付近には他に誰もいなかった。夜が明ける前にもう一度襲撃という可能性は低い」
「成る程、そういえばフレデリカ君が街道警備の依頼を受けてたらしいんだがこの有様でね、君に代役をお願いしたいんだが頼めるかい?」
「俺は構わないがそいつが納得するのか?」
「してもらうさ、事後承諾で」
今度はエルドが呆れたように溜息を吐く。してやったりという顔でバーナードはケラケラ笑っていた。
「おっさんはどうするんだ?」
「私にしか出来ない方法で手掛かりを掴む。他人の記憶を覗くのは気が引けるが、ちゃんと調べないといけない事がある。今度は私の方針に従ってくれたまえよ? 何でも正直が一番って訳じゃあないんだからさ」
「分かってると思うが必要以上の事はするな」
「したらどうなるんだい?」
悪ふざけに興じた言葉を返すとエルドは剣を抜き放ち、眼前の木を横に薙ぐ。軋みながら倒れた木を見てバーナードは唾を飲み込んだ。ギラつく刃のような眼光が彼を射竦める。
「分かりやすくていい返答だ」
その場を立ち去るエルド。バーナードはエイミーを宥めながらフレデリカにそっと近付くと木の枝を使って円を描き、自身を含めたその場に残る者を囲む。
「私が見る彼女の記憶を君にも共有するから、もし彼女が後で気が付いて色々と言ってきたらプライベートな部分は見てないって証明してくれ」
エイミーが目を閉じてそれに答えた。
「ふふ、賢い子だ。君はきっと大物になるに違いない……それじゃあ始めるとするかな」
先の造術と同じように円が輝き、光が灯る。
「呪術ってのは性に合わないが仕方あるまい。さて──“告げよ。その識に帯びし記憶の断章を。瞳に宿す煌々たる絵画の色彩を。意は鎖に繋がれ、追憶は泡の如く湖面に浮かぶ。満たせ、満たせ、我が器を”」
バーナードの足元から帯のように伸びる記号と文字の羅列がフレデリカとエイミーへ繋がる。二人と一匹は同質の光に包まれ、その帯が身体のあちこちに浮かび上がった。
「……とまぁ、こんなものかね。取り敢えず、今日あった出来事を覗かせてもらうとしよう」