01 とあるバイトの日の前の出来事
未利がバイトしてる期間の中のとある一日の話。
例のお客と知り合った日の出来事です。
つい前日、友人の一人が生死の危機を脱して目を覚ました。
喜ばしい事この上ない事だが、現実は手放しに歓迎するべき事ばかりではなかった。
彼女の命を狙った人間は、一応撃退したといえなくないものの、所在は不明。
引き続き注意が必要だったからだ。
だから、その危なかった友人が安全なはずの場所を出て、バイトをしたいなどと言いだした時は頭を抱えたくなった。
納得したくなかったし、我が儘だと言う思いも多少あった。
けれど、彼女のそういう感情も分からなくはなかったので、結局ことらが折れたのだ。
私エアロや、姫乃さんや啓区さん、なあさん達も怯えて隠れているだけでは駄目だと言う事が分かっているからなおさらだ。
そういうわけで、最近はそのバイトに付きそう日ばかりだった。
そして、看過できないとある問題が起きたのは、バイトに出てから数日後の事だった。
エアロが護衛として、もう一人の少女をつれて勤め先の菓子店に向かおうとしたとある日の朝の出来事……。
まだ人通りの少ない道に、あまり聞きなれない個性的なセリフが響き渡る。
「赤毛の少女と、小さい子はおらぬのか!」
「偽たん、来たぁぁぁー!」
「水礼祭に出てきた他の美少女たちはどこだ!」
何が起こったのかと視線を向ければ人だかりができていた。
目を離した隙に、何故か護衛対象が人ごみに飲み込まれていたのだ。
さっそくため息。
「浄化能力者様、この際偽物でもいい。我らをお救いださい!」
「助けてください!」
「どうかお願いします!」
色んな種類の人間が、一人の少女を輪にして、集まっているようだ。
護衛対象は、集まった人たちの勢いに弾きながら表情をひきつらせている。
「変装してるのに、何でばれた。ちょっ、こわっ。なんか変で濃い集団もいるし、こわっ。く、来るな……」
そんな事を言う人垣の中央にいる少女は、エアロの護衛対象だ。
今は姿が分からないように変装していたはずなのだが、なぜかそれがばれてしまったようだ。
だが、それにしても人が集まり過ぎな気もしなくもない。
誰かが故意に集めたのでなければ、目を離した短い隙にこれほど人が来るはずがなかった。
原因を調べなくては、と思っている内にも人垣の集がそれぞ、なおも少女に話しかけ続けている。
「何とかしてくれ、あてにならない領主様を何とかしてくれよ。知り合いなんだろ」
「浄化能力者様がいないんだよ、偽物にだってすがりたくなる。この気持ち分かっておくれ」
「ヘブンフィーとの金持ち連中は自分の事ばっかりだ、俺達は自分の身すら守れないのに」
「本物がいてさえくれば、こんな思いせずみのに」
抗議や懇願、愚痴の言葉を一斉にかけられた少女は眉尻を下げて困惑する。
前の彼女だったら、すでにキレてる所だが、今は我慢できているのだろう。
「だ、だからアタシにそんな事言わないでよ。というか、そんな風にして、無責任にあの子を頼んないで」
だが、それも時間の限界。
人ごみに紛れてどんな人間が近づいてくるか分からないので、エアロは早々に少女を回収する事に決めて近づいていく。
だが、少女はな何かを吹っ切る様に息を吸って、真剣な表所になった。
「あ、あの子は……えっとコヨミ姫は、ちゃんと苦労してる。誰よりもアンタ達の事考えてる、それは絶対だ。アタシはそれなりに傍で見てきたんだ。保証する。だから分かってほしい、ください。お願いします。後夜祭の事は色々言って混乱させてごめんなさい、です、でした」
そして発言の主は、人垣に向けて頭を下げる。
慣れない事をしているせいか、珍妙な言葉遣いになっているが、その真剣さは集まった人々達にも伝わった様だ。
正直以外だった。
彼女がそんな風に人と接するのは今まで見た事がなかった。
普段の粗雑差が例外的になりをひそめた例の後夜祭の出来事の時は、かなり限られた状況なので、加須には数えてなかったが。
少女はなおも真剣な顔で喋り続ける、
慣れない事をしている自覚はあるらしく、顔が多少強張っているが、それでも覆い隠した虚勢ではない本音を伝えようと必死だった。
「だから信じてほしいんだ。コヨミ姫は「皆を」全力で守ろうとしてるって事を。そこにいるアンタも、アンタの家族も知り合いも、友達も、大事な人も守るために頑張ってる。だからそんな風にひどい事を言わないでほしい。傷つける様な事を言わないでほしい。――だから、お願いですから人任せにしないで、全部を任せないで、あの子の苦しみだけでも分け合ってほしいです。そして、どんなに小さくても、自分にできる事をやってほしいです」
少女の言葉が終わり、もう一度頭を下げる。
それは不必要に場を混乱させてしまった彼女の贖罪なのだろう。
もう一つの謝罪とお礼の行動とは別に、ずっと、気に病んでいたのかもしれない。
「まったく、いつもこれくらい素直ならいいんですけどね……」
最後の部分だけ見れば大人しい少女にしか見えないのが質が悪い。
集まった人たちはバツが悪そうな顔をして戸惑っているが、逆に変な人間に目を付けられないといいのだが、と思う。
彼女はちょっと、心がアレな人に好かれやすい体質をしているようだから、尚更だ。
その場に集まった人がゆっくりと、周囲に散っていく。
だがそんな中で、残っていた一人の男性がふいに少女に歩み寄ってその肩を掴んていた。
反応が遅れたエアロがまさかと思うが、要人警護の基礎を昔叩き込まれた自分から見ても、その男からは害意を感じられなかった。
その代わり……。
「お前は俺の妹だ」
なんか別のやばそうな意思を感じはしたが。
「え、誰? ていうか、あの……誰?」
「お前は妹だ」
「へ?」
「妹だ……妹だ……」
「な、何かすごい変な人いるんだけど! これ何!? いい加減に、ちょ、ねえってばそこで見てないで助けて……ああもう!」
我慢の限界に達した少女が暴力を振るう寸前で、エアロがまずその心がアレそうな男を蹴飛ばした。
「ええっ、良いのそれっ!?」
仮にも兵士なのに、と視線で言われる。
「変質者は殴ってもいいんです。だってこの人明らかに変質者然としてましたですから。とにかくこの場を離れましょう。そこの兵士さん、要警戒人物一名発見、確保してください」
「あ、うん。そうだけど。アレ動いてなくない? 死んでない?」
「平気ですよ、死んでたって何とかなるんじゃないですか?」
「ええぇ?」
周囲で張り込んでいた兵士を読んで引き渡したあとは、念の為に何回か別のルートを通って備考やら何やらを確認した後、仕事場に入った。
そんな騒ぎがあった、とある日の仕事に向かう前の出来事だった。