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「謹啓 昨年8月に結婚しました」(その1)

作者: 葉月太一
掲載日:2018/04/09

早すぎる!ままごとじゃねえんだぞ!!

『謹啓、昨年八月に結婚しました』 

              (その一)


          作  葉 月 太 一


  (紙婚式の案内状)


 太一とミコは、ルームシェアの時から住んでいる六畳一間の部屋で案内状を手作りした。太一は、『初顔見世興行乃御報』を一枚一枚毛筆で書いた。下手な筆字だが心を込めて書いた。


謹啓

  此度、昨年八月に手前勝手に挙式致しました私共(亭主=葉月太一・女房=葉月ミコ)の初顔見世興行を致し度、ここに御通知申し上げます。年寄衆は、披露宴なる誠に有難い画策を致しておるようですが、我々若衆は、年齢制限を昭和二桁生と致しまして興を咲かす一夜をと願って居る次第です。付きましては、度重なる勝手乍、木戸銭を会費制とさせて頂き、御多忙の所誠に恐縮ですが、是非是非御繰合せの上御出席戴き度、謹んで御案内申し上げます。

                  謹白


 ミコは封筒の宛名書きをした。二人で、そしてそれぞれで人選して、招待客は二十人になった。ミコは、二年前に長崎から上京して来たばかりなので、友達関係で五人にしかならなかった。中退した美術大学の友達、いま通っている小さい劇団の仲間、アルバイト先で知り合った友達だった。東京に出て来ている長崎の高校時代の同級生は、一人しか連絡が取れなかった。太一は、東京育ちなので中学・高校・大学・演劇学校等で十二人になった。芝居関係での共通の友達は三人いて、みんなで二十人になった。

 

 九月に池袋駅東口のレストラン喫茶「青い海」で、一周年の結婚記念日として「紙婚式(ペーパーウエディング)」を挙げた。晴れて太一もミコも互いの友人に夫婦として認知された。ミコはすごく喜んだ。今までの式も入籍も住まいもすっきりしてなかったので、太一は「すまない」という気持ちがいつもあった。だから、ミコの喜んだ顔は、本当に嬉しかった。いろいろ言うやつは誰もいない。みんな心から祝ってくれた。だから、二人は素直に喜べた。特にミコはひとしおだった。「友達の成せる業だな」と太一は思った。二次会、三次会は池袋から新宿にまで羽根を伸ばして、はしごして歩いた。太一は白のスーツ、ミコは白とベージュのアンサンブルで式場から飛び出してきた若いカップルそのもののいでたちだった。池袋からは電車に乘ったのでかなり目立ったが、二人は恥ずかしいどころか得意気であった。友達の取り巻きが五人同行だったので、勢いもあったのだ。とにかく二人にとっては、晴れ晴れとした一日が続いた。二次会が三次会となり、終電車はすでに無くなっていた。太一の親友の後田が、もう一軒行こうと言った。長崎の諫早出身のマスターの店、との事だった。太一とミコも勢いで行くことにした。、、、、、、、。スナック「いさはや」のマスター沖山が、遠い将来に、太一とミコに少なからず影響を与えることになるとは、この時の太一もミコも知る由もなかった、、、。



  (遡って三年前の四月)


 太一とミコは有楽町数寄屋橋のソニービルの前で待ち合わせをした。ショーウインドウのような大きな水槽なのか、それとも水族館の大きな水槽のようなショーウインドウの前で、ミコはポカーンと口を開けて魚を観ていた。ゆったり遊泳している大きな魚、群れをなして泳いでいる小さな魚たちを、ひとりで一生懸命観ていた。水槽の高さは二階以上あったろうか?そう、田舎から出て来て間もないミコは、驚きのあまり、気持ちよさそうに泳ぎ回る魚たちの生き生きした姿を、口を開けて見上げるばかりだった。「やっぱり、東京ってすごかとね。やっぱり、花の都東京とよね、、、このガラス割れんとやろか?この魚さんたちは、本物なんかしら?」と見入っていた。太一を待っているのを忘れるほど見とれていた。

「ごめん、ごめん、待った?」

太一がそばに来ているのにも気が付かずに見上げたり、ガラスの水槽ショーウインドウに顔をつけたりしていた。

「うーううん、待ったけど退屈しなかったわ、

だって、こんな素敵なところを教えてもろうたけん。これ、本当にすごいとね。みんな生きているんとよね。生で泳ぎ回ってるとでしょう!」

「そうだよ。池袋のサンシャインの水槽ほどじゃないんだけど、外からこうやって見られるってのは、画期的だよね。この水槽は、いずれ、アクアなんとかって命名されるみたいだけど、今は、数寄屋橋のガラス張りの水槽って言うんだよ。魚がみんな生き生きと泳いでいるね。」

「うん、生き生きしとる!楽しそう、それに、おいしそうとね。」とミコはつぶやいた。

「えっ、なんて言った?いま、」

「生き生きしとって、おいしそうと言った」

「えー、ほんとうーに?」

「おかしい?だって、アジもイワシもサバも、東京では生で食べれんとよ。でも、ここに泳いでいる魚はみんな生で食べれそうよ。長崎ではあおものもみんな生で食べれて当たり前なんよ。」

「そうかー、ミコは生に飢えていたんだ、、、。よかった。」

「なにが?どうして?」

「なにがって、だって、ミコは、この水層で泳いでる魚をジッと観て、『おいしそう!』って言ったんだよ。びっくりしたよ。」

「そうなの?」

「ミコは、生に飢えていたんだね。」

「うん、おいしい刺身が食べたいな!」

「少なくとも、東京の人間は、泳いでる魚を観て、『美味しそう!』とは言わないね。」

「ふーん、そうなんだあ」


太一は東京育ちで、ミコは長崎生まれの長崎育ちだったのだ。そして初めてのデートは、何故か、有楽町の数寄屋橋をミコが指定した。

それなら、ソニービルの水槽が解り易いだろうと太一が場所を決めたのだった。さしずめ、初デートの場所としては成功だった。ミコが喜んでくれたのが、太一にとってはすごく嬉しかった。

「花の銀座、何処へ行ってみたい?銀座四丁目交差点を起点としてかな?それとも反対側へ行こうか?」

「反対側って?」

「日比谷公園の方さ、そう、芝居関係なら、皇居のお堀端近くに帝国劇場、日比谷公園の方に行って、日生劇場や東京宝塚、今日は芝居の券を持ってないから、劇場関係は外から見るだけだけど、その後は、日比谷野外音楽堂のベンチに腰掛けるってのはどうかな?」

「そうね、お上りさんじゃないんだから、四丁目交差点の三愛などは、きょうはよかけんね。反対側の散策の方がロマンチックね。そっちがよか。」

ミコは東京に来て一年になる。役者志望なので、訛りもなくきれいに標準語を話せるようになってきたが、やはり、時々方言も出たり、なまったりもする。しかし、太一は二人が一緒の時は敢えて直してやったりはしない。それどころか、太一も進んで方言を駆使したりする。その方が二人は打ち解けあえるからだ。

ミコが時々標準語辞典(アクセント辞典)を持ち出すときがあるが、その時は、つき合うこともある。その時ぐらいである。一緒に発音したり、文章を読んであげたりするのは。ミコは役者志望なので、アクセントや訛りを気にしているのは分かるが、二人の時は、方言も訛りも丸出しでいい。裃を着た様な話はしたくない、と言って二人で決めた。

「ごめん、ミコの『よか』って、どっちだっけ?良い方だっけ?だめなほうだっけ?」

「日比谷方面の方に行きたかと、です。」

「よっしゃ、日比谷の方に行こか!」

「ちょっと待って、、、、」

ミコは、また水槽を楽しそうに眺めた。そしてにこにこした顔で太一に、こう約束した。

「葉月さん、今度私が東京のイワシの刺身を食べさしてあげるけんね。楽しみにしといてね。」

ふたりは踵を返してJR有楽町駅の方に戻った。ドラッグストアーのマツモトキヨシの前を通って、銀座口から日比谷口に出ると、

「エッ、この辺も銀座なの?」

「こっちの方は、東京丸の内のオフィス街の流れだね。華やかな銀座とは一寸違うね。」

「ふうーん、こんなビル街に、劇場があるんけ?」

「真直ぐ行けば、皇居のお堀だよ。そこを右に曲がったところに、帝国劇場があるよ。」

ふたりはお堀に向かって歩いた。更に真直ぐ行けば桜田門に至るが、ミコは興味がなかろうと思い右に曲がって帝国劇場に向かった。


歩きながら、途中でミコは太一に尋ねた。

「初めてのデートなんだけど、、、初めてのデートだからかなー、、、お願いというか、、、なんて言うんかなー、、、」

「何?なんか言った?聞こえないよ。」

「あのですねー、、、何ですねー、、、、、」

「ミコ、もう、帝国劇場が見えてきたぞ、なんか言いたいことがあったら早く言えよ、歩きながらよりも、着いてからの方が良いかな。」

「歩きながらがよかとです」

「よか?どっちのよかだっけ?」

「あたし、、、葉月さんて言いずらかと。名字でなく名前でいいたかと、、、折角のデートなのに、、葉月さんじゃない方がよかと、、、」

「なーんだ、そんなことか、僕もその方が良いね。僕も、武田さんとか美枝子さんじゃなく、ミコって呼んでるんだからね。じゃ、何て呼ぶ?」

「解らへん。夕べ、一生懸命考えたんだけど決まらなかった。、、、だから、、、、お友達はなんて呼ぶの?」

「そうねー、ハヅキかタイチかたっちんかな、たっちゃんもあったね。男の奴は、タイチ、タイチって言ってるね。ミコはどれがいいやすいかな?たっちんでもいいよ。」

「ううん、私もタイチって呼ぼうかな、呼び捨てみたいだけど、よかとですかあ?」

「よかよ、よかぞー」


「わあー、帝国劇場だー、タイチ、中を見よか!立派だわねー、さすが、大劇場ねー、いつか、タイチとここで演りたいな―!」

ミコはタイチとスラスラと言えていた。太一って案外言いずらい、とよく言われた。それに年下の娘が年上の男を呼び捨てにするのは結構抵抗があるはずなのに、ミコはタイチとスラスラと言えた。「夕べだいぶ練習したんじゃないかな?」と太一は思った。何気ない顔をしているミコを、太一は微笑ましくもあり嬉しくもあった。

「タイチ、やっぱり帝国劇場ってよかね。」

サラッと呼び捨てにして自然体である。

「そうだね。ミコが喜んでくれてよかったよ、実は黙ってたけど、四丁目の先には歌舞伎座もあったんでね、どっちにしようかと迷ったんだよ。」

「歌舞伎座の事は知ってたよ。でも四丁目の方は『よか』と思ってたのよ。」

太一は、この「よか」はどっちの「よか」かな?間違いなく要らない方の「よか」だ。

「だって、タイチ、こっちの方は、まだ大劇場があるんだよね。日生劇場と東京宝塚、それに日比谷映画劇場もあるんよね。」

太一は、カタカナのタイチはまだ耳慣れないが、でも心地よかった。

「うん、確かに、でも、日比谷映画をよう知っとったね。」

帝国劇場は、一九一一年に「近代日本」のフラッグシップとして誕生。そして、一九六六年には装いを新たに、新生「帝劇」の誕生でした。帝国劇場は一九二三年の関東大震災で焼失し、その後復興したが勢いを取り戻せなかった。戦後も帝劇ミュージカルが目立つ程度で一九六四年に閉鎖した。二年後、一八三一人の客席と最新の舞台装置を備えた「新帝国劇場」が建設された。「新帝劇」が開場された時は、世界で初めて舞台化された「風と共に去り」を上演し、その後は、「屋根の上のヴァイオリン弾き」「ラ・マンチャの男」や「レ・ミゼラブル」と輸入ミュージカル路線が続いていく。


帝国劇場の今日の演目は、「マリー・アントワネット」だった。ミコは切符売り場に行って、びっくりして戻ってきた。

「タイチ、知っていた?入場料の事。さすが天下の帝劇ですね。入場料がバカ高いとね。新宿や池袋の小劇場の方がよかね」

「僕らには高すぎて今は見れないけど、、、ミコもいつかはこの舞台に立ちたいって、思うようになるんじゃないかな。」

「そうかなー、そうはならないと思う。もともと私は、どちらかというと裏方志望なんよ。それに、この帝劇は商業主義でしょう。私たちは、アバンギャルドよ。タイチもそうでしょう?そうとよね。」

「ミコが、商業主義なんて言葉を使うとは思わなかった。びっくりだね、、、これから行く日生劇場や東京宝塚は、行くのを止めようか?新宿か池袋の小劇場にしようか?」

「そげん言わないで、折角有楽町に来たとよ。タイチの提案よ。日生劇場も東京宝塚もみたかとよ。」

「そうか、そうだね。」

二人は、帝国劇場には入れないので、地下1階のレストラン街に降りて行った。丸亀製麺があった。ミコはにこにこして

「讃岐うどんがある!東京は蕎麦屋さんにうどんがあるとよね。長崎は、うどん屋さんにそばがあるんとよ。タイチ、知らなかったでしょう。」

「?」

太一は、ミコが何を言ってるのかが解らなかった。それを察したミコは得意げに説明した。

「タイチ、長崎には蕎麦屋さんはないとよ。全然ないとは言わんけど、うどん屋さんが百軒あったら、蕎麦屋さんは三軒ぐらいね。だから、長崎で蕎麦を食べようと思ったら、うどん屋さんに行くしかないとよ。」

「ほんとかなー。蕎麦屋が無くって、うどん屋ばっかりだなんて、、、。東京では、うどん屋の看板なんて皆無に近いね。長崎って、おかしいな、、、」

太一は、ほんとうは「長崎は日本じゃない」と言いたかったが、田舎蔑視にとられそうなので言うのをやめた。そう、言うのをやめてよかった。何故なら、ミコは自慢げにこういった。

「東京のうどんも蕎麦も汁がいやとね。しょっぱいしどす黒かとね。長崎とは、全然違うとね」

太一は郷土愛の入った食べ物談義はやめようと思った。誰しも何かのことで郷土愛が頭をもたげると、やけにムキになるからだ。互いにムキになった挙句は、喧嘩になったり、無口になったりするからだ。

幸い、丸亀製麺は四国なので良かった。東京は、、、とか、九州は、、、とかと言わずに済んだから、さっきの「汁についての談義」はいつの間にか話題から消えた。二人は、素うどんを頼んで、太一はトッピングに野菜かき揚げを、ミコはえび天をのせた。東京のお堀端での丸亀製麺という「うどん屋」さんは、場所のわりにはリーズナブルで、二人にとっては、値段も味も満足のいくものだった。

「日生劇場の方に行ってみようか。そう、歩いて10分ぐらいかな。恐らく劇団四季のアンチゴーネをやってると思うよ。」

「うん、すぐ行こう!」

二人はさっき来た道をUターンして、日比谷公園の方に歩いて行った。道すがら、太一は気になっていたのでミコに言った。

「さっきのおつゆ、薄かったね。」

「えっ、なんで?」

「色がなかったね。醤油は入ってたんだろうか?なんか、塩だけだったようだね」

「タイチの味覚はおかしかとね。あれは薄口醤油を使っているんよ。昆布や鰹節でちゃんと出汁もとっているとよ。だから言ったでしょう、西の方では、うどんや蕎麦にどす黒い醤油なんか使わないって。」

「どす黒いはないだろう、せめて色の濃い醤油って言ってくれよ。どす黒いだと、なにか汚く感じるだろう。」

「どす黒いは、どす黒いとよ。その方がわかりやすかと。」

太一は思った。やはり、郷土愛が入る食べ物談義はやめるべきだったと。しかし自分で言い出したんだから、負けは認めたくないので、無言の抵抗でこの話はおさめた。


日生劇場では、劇団四季のアンチゴーネをやっていた。

「アンチゴーネはタイチの好きな加賀まりこさんなんよね?」

「いや、彼女は去年六本木の小劇場でやっていたけど、今度は違うみたい。ダブルキャストかどうか、浅利慶太のお気に入りの新人らしいけどね、名前は知らないけど、行ってみればわかるよ。」

太一は、話題はこっちの方が良いと思った。食べ物談義も大事だし、それなりの意義もあるけど、地元愛が入りやすい。それに比べて演劇談義は、ほとんど地元愛とは無縁だ。だから、変に競争したりしない。若い二人のコミュニケーションには、競争は不要である。

日生劇場に着いてみたら、

「やっぱり、アンチゴーネは加賀まり子さんとよ。私の言った通りとね」

何故かミコは誇らしげに言った。太一は、ここにも競争があったんだろうか?と思ってしまった。

「ミコは、結構勝ち気なんだ!」











8




まだ続きます。

結婚式を挙げよう。

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