姉ちゃんと幼馴染みがなんか変
大勢の人々が行き交う駅前。こんな状況でも活気に満ち溢れており、平穏そのものだ。そんな中、その建物だけが異様な雰囲気を放っていた。
周囲をバリケードで囲まれたデパートは、数カ月間人が入っていないせいか寂れた印象を受ける。
この辺りは区内で一番賑わっている場所だった。それも昔の話で、今は近付く人すらいない。
「お前に渡した機械にはGPS機能が付いている。どこでどんな魔物と戦ったが全部記録されるんだぞ」
渡されたのはどう見てもスマホである。この短期間でそんな機能を付けるとは、流石は技術大国日本だ。しかし、スマホ三台持ちになるとは……普段は、今渡されたやつを使うのが安全だと思う。
自称ソードマンの少年は、脅かす様な口調で俺に絡んでくる。でも、俺は相手にしている余裕がなかった。
(姉ちゃんと翼ちゃん元気そうだな。正義はいないのか)
どうもこのデパートはモンスターの重要拠点らしく、有事の為に着いてきたそうだ。高ランクという事もあり、二人は大勢の取り巻きに囲まれていた。対照的なのは二人の表情。翼ちゃんは不自然な程笑顔で、姉ちゃんはクスリとも笑っていない。陽と陰、太陽と月と言った感じだ。
認識障害魔法が効いているのか。二人共俺だと気付いていない様だ……気付いていてあの態度だと、ちょっとへこむ。
「討伐部位を持って来なくて良いんなら随分と楽だな。それじゃ、お先に失礼」
バリケードを乗り越えて、デパートに近付いていく。
「き、君Fランクだよね。正面から入ったら危ないよ。裏手にある職員玄関から入った方が良いと思うな」
背後から届いた声を聞き、胸が破裂しそうになった。翼ちゃんが声を掛けて来たのだ。
「忠告ありがとうございます。しかし、狭い通路だと武器を振り回せませんので」
何より狭い通路で戦ったら、死体が邪魔になる。死体につまずいて攻撃をくらったなんて笑い話にもならない。
「どっちにしろ早く終わらせもらえるかしら?私は光を探しに行きたいの」
姉ちゃんの声からは苛立ちが伝わって来た……すいません、ここにいます。
「光君は僕が見つけるから大丈夫だよー」
のんびりとした口調で翼ちゃんが反論する。いや、もう見つかってますよ。
「光君!?その呼び方やめてもらえる?自分が、何したか分かってるの?」
姉ちゃん、止めて。高望みして振られたのは俺なんだから。戦う前から弟のライフが点滅しかかっているんですが。
二人共、本当の姉妹みたく仲が良かったんだけどな。俺の事は忘れて下さい。
◇
バリケードに囲まれている事もあり、デパートの中は薄暗く、外よりマナの濃度が濃かった。
でも、逆にそれがありがたい。リュックサックから剣を取り出しても気付かれないのだ。なにしろ見た目がやば過ぎる。一言で言えば青黒い色をしたクレイモアだ。刀身は分厚く、いたる所に血管の様な脈が通っている。この脈に魔力を流す事で任意の属性を付与する事が出来るのだ。
(ただ歩き回っても時間の無駄だな……これだけマナが濃ければあいつを召喚出来る。リュックからアルモフォンを取り出し、魔力を籠めていく。
「契約に基づき、我が呼び掛けに応えよ……召喚ペルル」
暗闇に純白の光が浮かび、ゆっくりと一人の妖精へと変化していく。
「ヒカル、オッース!久し振り。またごつくなったね」
現れたのは、遠慮のえの字もない妖精。真珠の妖精で名前はペルル。俺の相棒である。ペルルはイグジスタに召喚された時にアルモニー様がサポート役として派遣してくれたのだ。俺が魔王に就任するまで、公私に渡って助けてくれた。
「おう、久し振り。急に呼び出して悪かったな」
出会った頃はただの妖精だったが、俺と一緒にイグジスタを救った功績が認められ、今やペルルは精霊神アイリーン様に仕える大神官である。かなり忙しい日々を送っているらしい。
「むしろありがたいって。大神官ともなると休みが少なくてさ。ヒカルと自由気ままに冒険していた頃を懐かしんでたんだよ」
まさか相棒も社畜化していたとは……。
「なら丁度良い……折角のバカンスなんだけど、面倒事に巻き込まれてな。ところで、どれ位こっちにいられるんだ?」
まさか日本がモンスターに攻め込まれた上に、知り合いが訳の分からないジョブについてるとは。
「アイリーン様の許可をもらっているから期限はなしだよ。大好きな女の子と折角会えたのに感動の再会とはいかなかったね」
ペルルは俺と記憶を共有する事が出来る。昔は『また野菜残したでしょ』とか『辛かったよね』と色々心配をしてくれていた……アイリーン様の許可!?
頭の中で何かが氷解していく。
「そうか。そういう事か……流石はアルモニー様だ」
アイリーン様が知っているって事は、当然アルモニー様も日本で何が起きているか知っている筈だ。
「もう気付いちゃった?ヒカルの察した通り、アルモニー様は二ホンが危機にみまわれいるのを知ったそうよ。でも、それを伝えてもヒカルは二ホンに戻らないでしょ」
ペルルの言う通り、日本や知り合いが危機に晒されているから戻れと言われても俺は首を縦に振らなかっただろう。王が優先するのは自国の政である。故郷が危険だからと言って政務をほったらかしにする訳にはいかない。
「神は下界に直接手を出す事は出来ない。ましてや異世界である日本なら尚更だ。でも、今回の事件にはイグジスタの人間が関わっている。それを解決するには日本生まれの俺が適任って訳だ」
「もし大事な人が傷付いたと後から知れば、ヒカルは死ぬ程後悔するよね。そして一人で泣く。日本で事件が起きてる事を伝えたら、黒幕を倒して誰にも会わず帰っちゃう。ヒカルはそれで良いかもしれないけど、私達は嫌なの。無理矢理ヒカルを大切な人達と離れ離れにしちゃったんだから」
今はイグジスタに召喚された事を感謝している。遣り甲斐のある仕事、心から信頼できる仲間。なにより俺はイグジスタに来て心身共に成長する事が出来た。
「事件を片付けて、きちんと家族に別れを告げろって事か……まずはこの階にいる魔物を殲滅する。ペルル、ナビと選別を頼む」
ペルルに索敵してもらい、敵を倒す。これが俺達の昔からの戦闘方法だ。そしてペルルに倒して良い魔物かどうか選別してもらう事で、戦いに集中出来る。
「了解。右方向にオークが三匹……アルモーとは無関係なオークだから安心して。いくよ、ヒカル!」
誰か知らないが、魔王様の故郷に土足で上がるとは良い度胸をしてやがる。とことん後悔させてやる。
◇
デパートの外では、冒険者学校の生徒達が驚きの余り愕然としていた。Fランクの生徒、しかも昨日入学してきたばかりの生徒が次々にモンスターを倒しているのだ。
「オークを瞬殺。これで五匹目だぞ」
Sランクの桃園優でさえ、必殺技を用いてようやく倒せた相手だ。皆、驚く中、ポイントだけが次々と加算されていく。
もし、光の臣下やアルモーの国民がこの場にいたら『うちの魔王様は強いんだぞ。オークなんかが相手になる訳がない』と誇らしげに話すであろう。
そんな中、あるパーティーだけが冷汗を浮かべていた。Bランクのソードマン緒高作真と同じくBランクのクレリック木増明である。
格下である光との勝負に負ける等、恥でしかない。しかも向こうは一人なのだ。
「作真さん、どうしますか?このままでは勝てませんよ。そんな事、認められません」
明は気位の高い少女であった。良家の生まれでトップの成績で高校入学、一年生にして生徒会の会長に選ばれた。自分のカリスマ性を信じていたし、容姿にも自信がある。
それなのに庶民生まれの少女二人にランクで差をつけれたのだ。しかもそのうち一人は自分が密かに思っていた愛守正義と同じパーティーにいる。彼女のプライドは酷く傷付いたのは、言うまでもない。
「大丈夫。僕に秘策があるから」
緒高作間は、元々は無邪気で気弱な少年であったという。幼い頃からヒーローに憧れ、いつか自分もヒーローになれると純粋に信じていた。
その所為か、同級生にからかわれる事が多かったそうだ。その分ヒーローに憧れ、高ランクホーバーとして認定された時は心の底から喜んだ。
そして幼子がなんのためらいもなく虫を殺す様に、彼はモンスターを殺戮した。そして、自分より弱い者を見下す様になる。
自分をからかった同級生が、泣いて謝ってきた時は得も言われぬ喜びを感じた。苦をせず夢を叶えた少年は、歪に歪んでいったのだ。