学校がなんか変
やばい、これは絶対にやばい。渡された制服は茶良達が着ていた物と同じであった。つまり茶良達は同じ学校に在籍している可能性が高い。
……面倒臭いけど、認識阻害魔法でも掛けておくか。
「百苑さんは十組になります。今、戦闘訓練をしているので見学されていきますか?」
これはかなり興味がある。剣や槍を教えてくれる人はいるだろうが、魔法や治癒術はどうしているんだろうか。
「是非、お願いします。あの装備は自分で買うんでしょうか?」
向こうから持ってきた物もあるが、目立ち過ぎる。
その前に日本で剣や鎧は売っているだろうか?銃刀法違反で捕まってしまったら、魔法を使っても誤魔化せないだろう。
「学校から支給されますので心配しないで下さい。戦闘訓練に参加してもらって、ご自分に合っている武器を見つけてからになりますけど」
得意武器か。俺はジョウ師匠から一通りの武器の扱いは仕込まれている。持ち運びを考えると短剣もしくは長剣が良いと思う。槍を持ったまま、電車に乗ったら良い迷惑だ。
「分かりました……あれはなんですか?」
中央ホールの壁に、デカデカと討伐ランキングと書かれた紙が張れていたのだ。
一位勇者愛守勇気 二位シャインソルジャー青空翼 三位ムーンランサー桃園優 四位魔法少女八田輝夕 五位忍者伊賀久利……忍者、忍べよ。
知り合いが上位を独占しているでござる。そして姉ちゃん……あの痛々しい恰好はムーンランサーだったのですか?弟は切のうございます。
「モンスターを討伐すればポイントが与えられるの。一位の愛守さんと青空さんはパーティーを組んで、いつも好成績を上げているわ。三位の桃園さんも二人と幼馴染みらしいんだけど、仲違いをしているみたくてパーティーに加わらないのよ」
多分、原因は俺だ。そして翼ちゃんは勇気とパーティーを組んでるのか……今俺が正体を明かしたら、とんだお邪魔虫だ。常に認識障害魔法を掛けておこう。
「何があったんでしょうかね?訓練場はあっちですか?」
校庭の方から武器を打ち合う音が聞こえてくる。活気に満ちており、士気の高さがうかがえる。これなら一緒に訓練しても楽しいだろう。
「……すいません。Fランクはこちらです」
そう言って案内されたのは裏庭。裏庭にはおんぼろ……レトロな佇まいのプレハブ小屋が建っていた。
「あの、もしかしてこのプレハブが教室ですか?」
どう見ても建設会社のお下がりにしか見えない。ランクでここまで差をつけるか?
「ええ、この建物がFランクホーバー専用教室ですよ。皆さん、この時間はあちらで戦闘鍛錬をされている筈です」
Fランクホーバー専用教室と書いて、離れ小島と読むんじゃないだろうか?まあ、この学校に通っている生徒もいる訳で、冒険者学校の生徒ばかり優遇する訳にはいかない。そうなるとしわ寄せがくるのが、弱小階級であるFランクだ……田中君、良く頑張っているな。
「人数少なくないですか?」
プレハブ小屋の前で鍛錬している生徒は五人しかない。一クラス五人って、どこの田舎だよ。
それでもみんな一生懸命だ。皆、必死に巻き藁に打つ込む鍛錬をしていた。あの田中君が剣を振る姿も、それなりに様になっている。
誰が指導しているんだろうかと、先生を探すが見当たらない。
「Fランクは退学者が多いので……」
事務員さんはそう言うと俺から目を逸らした。随分話がスムーズに進むと思ったら、ちょっと訳ありの様だ。
(こりゃ、あれか。住民票の効力もあったけど、事務員さん……いや、学校サイドが生徒を欲しがっていたんじゃないか?)
プレハブ小屋の窓から見えている机は少なくとも二十個はある。対して今いる生徒は五人。つまり残る十五人はいなくなったって事になる。
「先生は……いないんですね?」
教室しょぼい、生徒直ぐ辞める、先生もいない。ブラック企業ならぬブラッククラスかよ。
田中君、この現状を知っていて俺を誘ったんだろうか。昔の俺なら直ぐに泣きを入れて辞めてるぞ。
(俺が使ったのは信頼の催眠だ。効果が強すぎて、俺なら大丈夫だって思ったのか)
「剣道の先生に指導して頂いてるのですが、人数が足りなくてFランクの生徒は相互指導をしてもらっています」
凄いな。素直にそう思う。僅か半年で、素人をここまで育て上げるなんて我が軍にスカウトしたい。
「誰が指導されているんですか?」
事務員さんの視線が一人の少年に注がれる。凛々しい、そんな言葉が似合う爽やか系のイケメンだ。
「家智勇気君、二年生です。去年、剣道の個人戦で全国大会に出場しています……家智君、少し良いですか?」
二年って事は姉ちゃんと同い年か。しかし、全国大会出場者でもFランク扱いになるんだ。剣の腕は流石で今朝しばいたCランクの茶良より数段優れている。
……しかし、二年生を一年生と同じ教室に入れているのか。学費や寮以外にも、何かメリットがあるんだろうか?
「事務員さん、なんですか?」
事務員さんの呼び掛けに応えて家智少年が近付いて来た。このクラスに入ると、彼と接する機会があると思う。
家智少年は学年で言えば一歳上だけど、実年齢で言えば俺の三百歳下になる。転移してきた魔王なんて言える訳ないから敬語で話すべきだろうか。
「十組に新入生が来たので、お願いします。名前は百苑光さん、県外からの転校です」
それだけ言うと事務員さんは帰って行った……扱いが雑過ぎです。アルモニー様が作ってくれた住民票がなかったら、どうなっていたんだろう。
「百苑君、十組にようこそ。俺は家智勇気、ジョブはファーストウィザードだ」
剣の才能があるのに、ジョブが魔法使いになったのか……しかし、初級魔法使いなんて聞いた事ないぞ。
「百苑光、ジョブは雑務兵見習いです。よろしくお願いいたします」
果たして雑務兵見習いは職業と言えるのだろうか?ランクアップしても雑務兵だぞ。魔王までの道のりが長すぎる。
「適正は後で判断するから、好きな武器で打ち込みをして」
家智先輩の視線の先にあったのは木の箱。そこに刃引きされた武器が整然と立てかけれていた。
何を使って、どの程度の強さで打ち込むのが正解なんだろうか?真っ二つにしたらドン引きされるよな。目立ちたいが今は我慢しよう。
俺が悩んでいると、四人の生徒が近付いて来た。目を惹くのは真面目そうな黒髪の少女と無邪気そうな少年。
「十組の生徒に任務を命じます。駅前のデパートへの侵攻が決まったので、調査に向かって下さい」
下見って、この人数でか?誰かが反論するだろうと思ったが、皆一様に下を向いている。
「ま、待って下さい。十組は昨日の任務で半分近くが入院したんですよ」
それで人数が少ないのか。そういや昨日田中君が索敵くらいしか役割がないって言ってたもんな……敵を見つけても戦えない。つまり囮って訳か。
「君達Fランクが、何て呼ばれているか知っているの?Fランク、通称餌ランクだぜ。僕達高ランクのポイント稼ぎの餌だし、囮になればモンスターの餌……鍛錬なんて無駄だよ」
少年はそういうと腰に携えていた剣で、巻き藁に向かって斬りつけた。巻き藁は折れんばかりの勢いで左右に揺れる。その顔に浮かぶのは侮蔑の表情。
……我慢も目立つのもやめだ。
「兵の運用の仕方も分からない餓鬼がなにほざいてんだ?下見なら忍者にやらせりゃ良いだろ」
魔王様はご立腹なのです。折角日本に帰った来たのに、気分が悪い。周囲がドン引きしているが、敢えて無視する。
「お前誰だよ?僕のジョブはBランクのソードマンだぞ」
悔しそうに地団駄を踏む少年。そんなに挑発の乗りやすい性格で、良く生き残れたな。
「だから、どうした?下見なら俺がやってやんよ。ついでにお前よりポイントを稼いでやら」
箱の中から剣を取り出し、巻き藁に斬りつける。ズンっと音を立てて、地面に転がる巻き藁。
「刃引きした剣で巻き藁を真っ二つにした?百苑君、君はいったい?」
先輩、説明ありがとうございます。
「多少、腕に覚えがあるようですね。良いでしょう。貴方に下見を任せます。もし、私達パーティーよりポインを稼いだら、何でも言う事を聞きますわ」
多少か……魔王である事は明かさないが、大暴れしてやる。そして快適なバカンスを過ごすんだ。