魔王なのに扱いが変
田中君の話によると、任務がない時は冒険者学校に通っているそうだ。そして他県から引っ越ししてきている人も少なくなく、冒険者学校に途中入学する人も珍しくないとの事。
「寮費や授業料は任務をこなすと国が出してくれるんだよ」
ただし低ランクのホーバーに対する風当たりは結構厳しいらしい。田中君のパソコンで検索してみたら、叩き専用の掲示板まであった。
「それなら助かるな。明日でも入学届けを出してみるよ」
自惚れる訳じゃないが、高ランクは確定だと思う。不安なのはジョブだ。魔王なんて警戒されないだろうか?
「僕も先生に話してみるね……でも一回は家に帰った方が良いと思うよ」
帰れるのなら俺も帰りたい。でも今の俺が帰っても、光だと信じてもらえないと思う。
何より数カ月経ったらイグジスタ帰らなくてはいけないのだ。
日本に残る気は更々ない。俺がいないと国が乱れてしまう。
異世界に転移して三百年……身も心もイグジスタの人間になってしまった。
「タイミングを見てからにするよ。僕だと信じてもらえるか心配だし」
田中君は魔法を使ったから何とかなった。正確に言うと魔法を使わなければ、信じてもらえない変化なのである。
「その方が良いよ。青空さんも心配してたし……あっ、ごめん」
田中君はそう言うと申し訳なさそうに顔を逸らした……そういや、田中君に翼ちゃんに告白するって言ったんだよな。
でも、なんで田中君がつばさ……青空さんの現状を知っているんだ?何しろ三百年も前の事だ。スムーズに思い出せない。
(……そう言えば青空さんは田中君の幼馴染みと仲が良かったんだよな)
確か名前が前田輝夕。ショートカットが似合うボーイッシュな美少女だった。
そして田中君の夢は前田さんと昔みたく話せる様になる事……夢がささやか過ぎる。これがFランクになった原因なんだろうか?
◇
翌朝、田中君は見回りの任務があると陽が明けないにうちに部屋を出て行った。朝早くから鎧姿で通学とはホーバーも大変である。ちなみに制服は学校のロッカーに置いてあるそうだ。
(とりあえずアルモニー様がくれたスマホを起動してみるか)
調べてみたら、電気ではなく魔力で動くらしい。起動させるとarmの文字が浮かんできた。この機会の名前はアルモフォンらしい……変な所凝るんだから。
今のところ使える機能は通話、召喚、送付の三つ。召喚はイグジスタから魔族や魔物を召喚する事が出来るらしい。
炎竜シャーヨ 召喚コスト(食費・宿泊費・異世界出張費)周囲のマナが不足しています
フェニックスコーチモ 召喚コスト(食費・宿泊費・異世界出張費(止まり木必須)) 周囲のマナが不足しています
妖精ペルル 召喚コスト(食費・宿泊費)周囲のマナが不足しています
召喚可能 ゴブリ・コボルト
(おっ、ペルルも召喚出来るのか!)
ドラゴンやフェニックスを召喚したら、日本がパニックになってしまうだろう。それに食費や宿泊費を考えると現実味がない。
体が大きいドラゴンは食費が掛かるのだ。
魔王の心得その一・いつまでもあると思うな。予算と支持率。
召喚には周辺のマナ濃度が関係あるらしく、ここで召喚出来るのはゴブリンとコボルトのみ。戦力として期待出来ないし、モンスターの仲間と疑われるのがおちだ。
何だかんで良い時間になったので、町へと移動。街中は平穏そのもので、あの頃と何も変わっていない……五カ月じゃそんなに変わらないか。
とりあえず向こうから持ってきた金を換金してもらう。少し怪しまれたが、住民票と催眠魔法で事なきを得た。
町の中は平和そのもので、モンスターが出没しているのが嘘の様だ。
(昔を思い出すな……あの手の馬鹿は、どんな時代でもいるんだな)
今は、もう授業が始まっている時間である。それにも関わらず三人の少年が道路を我が物で歩いてきたのだ。
制服は着崩し、髪を茶色に染めている。いわゆるヤンキーだ。絡まれても面倒なので、道をゆずる……俺に合わせてスライドしてくるヤンキー。
「おっさん、今金を売っただろ?平和維持費として徴収させてもらうぜ」
彼は何を言ってるんでしょうか?周囲の反応を見ると、あからさまに関わり合いなる事を避けているのが分かる。つまり学生にたかられるのが、珍しくなくいって事だ。
「ここにいるのはCランクホーバーの茶良さんだ。聞いて驚くなよ。茶良さんのジョブは騎士なんだぜ」
うん、驚いた。多分、真ん中でふんぞり返っているのが、茶良なんだろう。腕も身体も細く、とても騎士だとは思えない。
「それで、どこの国に仕えている騎士様なんだ?騎士が怖いのは、バックに国いるからだ。領地も持たない自称騎士なんざ怖い訳ないだろ」
わざと挑発する様に話し掛ける。上手くいけばホーバーの実力を知る事が出来るのだ。
「ホーバーに逆らったら、どうなるか教えてやるぜ……金は倒してから奪ってやるさ」
茶良はそういうと鞄から警棒を取り出し身構えた……まじですか?茶良の取った構えはいわゆる大上段。でもその構えは隙だらけで、かなりぎこちない。
(ジョウ師匠の前でこんな構えをしたら、文字通り鬼のしごきがまっているだろうな)
思わず身震いすると、茶良達が満足そうに微笑んだ……言っておくけど、怖いのはお前達じゃないぞ。
俺に近接戦を叩き込んで……教えてくれたのは鬼神のジョウ・ミヤ―ノ様だ。鬼神だけあり、笑えない位強い。魔王になったいまでも勝てる気がしない……そうだ、ジョウ師匠やアイリーン先生にお土産を沢山買って帰ろう。
魔王様でもゴマすりはするのです。
「ああ、教えてもらおうじゃねえか」
右腕に魔力と氣を流し、防護力を高める。警棒程度の攻撃なら怪我をしない自信がある。ドラゴンに腕を噛まれた時よりは痛くない筈だ。
しかし、これだけ騒いで警察が来ないのは不思議だ。見て見ぬふりをしているんだろうか?
「茶良さんの攻撃を腕でとめやがった」
出血、皮膚変色共になし。痛みは少しあり。茶良の動きには無駄が多く、警棒に上手く力が伝わっていない様だ。
オーバーアクションで隙の多い攻撃。茶良の攻撃はどこか格ゲーのキャラを思いださせる。
「さて、次はこっちの番だ」
俺が本気で殴れば殺してしまうだろう。そうなると後々厄介だ。
手に微弱な雷魔法を付与させ茶良達に触れる。茶良達は声もなく崩れ落ちていった。簡易版のスタンガンである。
追ってこられても面倒なので、電柱に括り付けて完了。
そのまま服を買いに移動。大きいサイズ専門店で大量購入し無限リュックサックに詰め込む。
(入学受付けまでまだ時間があるな……腹ごしらえでもするか)
思えば昨日の昼から何も食べていないのだ。どうせ食べるなら、白い飯を腹いっぱい食べたい。
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
やって来たのは家族で良く来ていた定食屋。
店の名前はつかさ、家族経営の小さな店だが味は抜群だ。餓鬼の頃から通っていた店なので、色々な思い出が詰まっている。
(本当に日本に帰って来たんだ。三百年振りの故郷か……秦姉さん、元気かな)
改めて日本に帰って来たんだと実感した。目頭が自然と熱くなってくる。
見知らぬ大男が感極まって泣き出したら、不自然なのでメニューで顔を隠した……のが失敗だった。
(豚カツ定食良く頼んだよな。海老フライ定食か。姉ちゃんと取り返っこしたっけ……父さん、天ぷら定食が好きだったな。翼ちゃんはハンバーグ定食が好きなんだよな)
懐かしい日々が走馬灯の様に蘇ってくる。これは本格的にまずい。涙腺が崩壊寸前である。
「注文お決まりになりましたか?」
とどめとばかりにおばちゃんが注文を聞きにきた。『光君は、大人しい子だね。将来は学者さんかな』そう褒めてくれた人だ……おばちゃん、すいません。魔王になってしまいました。
「豚カツ定食、大盛りで頼む」
ぐちゃぐちゃになった感情を誤魔化す為に、わざとぶっきらぼうに返事をする。おばちゃんと目が合ったら、泣いてしまいそうなので、わざと視線を逸らす。
しかし、そこには更なる追撃が待っていた。
探し人のポスターである。母さんの字で『息子桃園光が行方不明になっています。僅かな情報で良いのでお知らせて下さい』と書かれていた。
無理矢理、統治者モードへと意識を切り替える。今の俺にとって大切なのは国民と臣下だ。情に流されて判断を見誤ってはいけない。
「豚カツ定食大盛りお待たせしました」
統治者モードのまま、豚カツへと箸をのばす。
サクサクの衣に、程よく染みたソース。噛む度に溢れる肉汁。一口食べる事に体中にエネルギーがチャージされていく。
シャキシャキのキャベツと酸味のあるお新香が豚カツの魅力をさらに引き立てる。何より白米が美味い。作法なんてかなぐり捨てて、夢中になってがっつく。
「お客さん、美味そうに食ってくれるね。見てて気持ち良いよ」
三百年振りの日本食だ。美味いに決まっている。冒険者学校が落ち着いたら、こっそり家の様子を見に行こう。それで十分だ。
◇
……そりゃ、短期間で冒険者学校を作るには、そうするしかないよな。タクシーで案内された場所は、俺が入学する予定だった高校である。どうやら高校に冒険者学校を併設したらしい。
「すいません。入学希望なんですが」
事務に向かって深々と頭を下げる。普段は横柄な態度を取っているが、魔王になる前は宮仕えをした事もあるのだ。最低限の礼儀くらいは心得ている。
「あのうちは一応高校なんですけど……」
結果、事務のお姉さんに滅茶苦茶怪しまれました……そういや髭剃ってなかったもんな。
俺は威厳付けの為にフルフェイスの髭を蓄えている。これがないと童顔な事もあり、迫力が出ないのだ。
「あの一応今年で十六歳になります。これが住民票です」
偽の住所信じてもらえるだろうか?
事務のお姉さんは住民票と俺を交互に見比らべる。そりゃ、疑いますよね。
次の瞬間、住民票が微かに光った……どうやら住民票には魔法が施されていたらしく、事務のお姉さんは急に真顔になった。
「モンスター被害大きかった地域から来られたのですね。大丈夫、我が校に来ればもう安心ですよ」
そう言って涙ぐむお姉さん。
まあ、確かにここよりかなり危ない所から来ましたが……アルモニー様のもう少し威力を加減して下さい。お姉さんが良い人過ぎて、罪悪感が凄いです。
非常時と言う事もあり、学力試験は行わないそうだ。これはかなりありがたい。三百年も経ったせいか、受験勉強なんて殆んど覚えていないのだ。
試験はただ一つ。魔石に手をかざすだけで良いとの事。それでその人のホープ能力を測るらしい。でも、俺が普通にかざしたらとんでもない事になってしまうだろう。
そう、魔王様だから!
「この魔石に手をかざして下さい。光り具合で貴方のランクが決まります」
ランクはSが最高でA~Fまで分かれているとの事。
ラノベとかなら、とてつもない光が放たれ大騒ぎなるパターンだ。でも、そんな事をしたら面倒な事になってしまう。魔力を調整しながら魔石に手をかざす。
あれ?……全く光らないんですが!
(魔力を加減し過ぎたか……これならどうだ!)
しかし、魔石はうんともすんとも言わない。やけになって全力で魔力を流すも変化なし。
「これって不合格になるんですか?」
まさか適正テストで不合格。そんなの恥ずかしくて、国民に言えないぞ。
「大丈夫、合格ですよ。ランクはF、ジョブは雑務兵見習いです」
最強の魔王と恐れられたこの俺がFランク?しかもジョブが雑務兵見習い。
俺、魔王様なのに……。
明日の七時に予約投稿します