やっぱり日本が変
予想外の事が起きた。てっきり田中君の家に行くと思ったんだけど、着いたのはおんぼろの寮。確か、昭和の中頃に大学生用に建てられた寮で、古くなり過ぎて入居者がいなくなり放置されていた筈。地元では心霊スポットとして有名だったから間違いない。
「あの田中君、ここは?」
田中君のお母さんが作ってくれた料理に期待していたのに。まあ、今の俺は白飯さえあれば、なんでも美味しく頂く自信がある。
「Fランクホーバーの寮だよ。Fランクでも、直ぐに出動出来る様に寮に住まなきゃいけないんだ」
また知らない単語が出て来た。ホーバー、ゴブリンが言っていたホープと関係あるんだろうか?ホープなら希望って意味になるんだけど、ホーバーってなんだ。空中浮遊ででもするのか?
寮の中に入ったけど薄暗く、電気もついていない。ただ掃除はされている様で靴下が汚れる事はなかった。
「ちなみに田中君は一人部屋?もし、相部屋なら迷惑が掛かるよね」
数ヶ月したら、元の世界に帰る予定だ。あまり多くの人と交流を持たない方が良いと思う。
「僕一人だよ、最初はみんな二人部屋だったけど、色々と問題が起きたからね。ここが僕の部屋だよ」
田中君はそう言うとランタンに火を灯した。これでは魔王城と変わらない。せっかく日本に帰って来たのに、期待が外れまくりです。
「ここ数ヶ月日本から離れた所にいたんだけども、何がったの?」
嘘はついていない。外国と判断するかどうかは田中君の自由だ。
「どこの国?殆んどの国で報道されている筈だけど。でも、最初の事件が起きたのは光君がいなくなって数日後だよ。そうか、外国語が分からないとニュースも分からないもんね。光君、ゴブリンやオークとかの魔物って本当にいると思う?」
信じてるも、なにも部下にいます。ついさっき公園で会ったし、今まで何百匹も倒した。
「ゲ、ゲームの中だけじゃないの?」
ドラゴンやオーガ、ケルベロスとかも部下にいるが、知らない振りをしておく。
「光君がいなくなって直ぐの話なんだけども、モンスターに襲われたって人が続出したんだ。最初は冗談扱いされたけど、防犯カメラに映っていて大騒ぎになったんだよ。警察や自衛隊が出動したんだけども、モンスターは神出鬼没で、被害ばかりが増加。そんな時に異世界の妖精が日本政府にコンタクトしてきたんだ」
随分と現実的な妖精だな……妖精の申し出を受けるなんて、政府もかなり困っていたんだと思う。
「その妖精は何て言ったの?」
どうも腑に落ちない。俺も異世界転移魔法を研究した事がある。はっきり言って物凄く難しいし、大量の魔力を使う。普通の妖精が使いこなせる物ではない筈なんだけども……何か特別なマジックアイテムでも使ったんだろうか?
「今日本に現れているモンスターは、私達の世界のモンスターです。彼等は特殊なゲートを使って日本に来ています。そしてモンスターを倒すには、ホープの力を持った人間が必要です……そう言ったんだよ」
ゲート……そんな便利な物があるなら、日本製品を輸入出来るではないか。かなり眉唾物だけど。
イグジスタと日本を繋ぐゲートを維持するには膨大な魔力が必要だ。それこそ神様がバッグにいなきゃ無理である。でも神様達が許可するとは思えない。
そしてようやくホープについて聞ける。
「ホープ?それって魔法みたいな物?」
魔法な全属性使えるし、中級までなら無詠唱でオッケーだ。
「主に十代の少年少女が宿している夢や希望の結晶なんだって。純粋な夢や希望をもっている程、強い力が出せるらしいいよ。ランクもあって高ランクの人は、オリジナルジョブにつく事が出来るんだ。聖騎士、ダークランサー、シャインソルジャーとかね」
……えっ?理解の範疇を超えてきた。パラディンって、日本に神殿なんてあったか?あっても今どき騎士を雇用しないだろ。
ダークランサーにシャインソルジャーってなんだ?恥ずかしくないんだろうか。
それに夢や希望が力に変わるなんて聞いた事ないぞ。でも、夢や希望を純粋に信じられるのは、十代特に学生のうちだけだと思う。社会に出たら実現可能な夢以外見なくなる。
「ず、随分と凄いラインナップだね。他にはどんなジョブがあるの?」
一人前の兵士になるだけでも、ある程度の修練が必要だ。ゲームじゃないんだから、才能があるからって、直ぐに実戦で戦えないと思う。
「多いのは戦士や魔法使いだね。一番珍しいのは勇者かな。他に忍者や……魔法少女になった人もいたし、県外じゃ賢者や侍、召喚師もいるみたいだよ」
夢と希望があれば何にでもなれる……訳がない。ゲームじゃん。どう考えてもゲームからパクッてるよね。忍者や侍がいるって事は、イグジスタとは無関係なんだろうか?
「田中君のジョブはなんなの?」
今日の恰好を見ると戦士か兵士だと思う。望むなら昔の誼で魔王様が直々に鍛錬を付けてあげよう。
「僕のジョブは雑務兵だよ。スキルがないから魔物とは戦えないんだ。役割も索敵や見回りだけさ……ちょっと待ってて。ご飯持って来るね」
そう言うと田中君は部屋を出て行った。しかし、ジョブが雑務兵って、地味に落差が凄い。
しかし、スキルか。そんな物なくても戦えるんだけどな。
俺のジョブは魔王で確定だ。そうしたらどんなスキルが使えるんだろうか?支持率維持とか団体交渉回避とかだったら良いな。
(さてと……これから、どうすっかな。そういやアルモニー様が役立つ物を入れておいたとか言ってたな)
アルモニー様の事を念じながら、リュックサックに手を突っ込む。出て来たのは手紙と一枚の書類。それとスマホらしき機械。
書類は住民票だった。書かれている名前は百苑光。他人の住民票をどうしろと言うのだろうか?
そして説明書を読んで思わず目眩を覚えた。
『ヒカルへ 貴方が桃園光だと言っても誰も信じないと思います。催眠系の魔法を使えば信じる人もいるでしょうが、一定以上の魔法抵抗力があれば不可能でしょう。なのでそちらの書類を創造しておきました。役場のデータベースも書き換えておいたので、心配ありません。貴方が持っていたスマホを参考にしたマジックアイテムを入れておきました。それを使えば、こっちの世界と連絡が取れます。アルモニー』
神様が書類偽造すんのかよ。しかし、いつの間にITに詳しくなったんだ?
でもアルモニー様の言う事は一理ある。今の俺を見て桃園光だと分かる人はいないだろう。言っても信じてもらえないのがおちだ。
「ごめん、待たせたね。寮母さん帰っちゃったみたいで。失礼してご飯を食べさせもらうね」
まじですか?田中君が持って来てたのは、小さなコッペパンが一つと茹でたじゃが芋が三個……流石にお裾分けをしてもらうのは気が引ける。
「いつも、そんなご飯なの?」
今日はたまたまだと信じたい。刑務所より酷いぞ。
「ホーバーはランクで待遇が違うんだ。僕はFランクで目立った戦果も上げていないから仕方ないよ」
信じられない。末端の兵士の食事にも気を配るのが王の責務だぞ。
待遇に格差をつける事によって高ランクのホーバーに優越感を持たせて、低ランクのホーバーを発奮さえるのが狙いなんだろうか?短期間なら効果が出るかもしれないが、長期間となると慢心が生じるし、不平も溜まってしまう。どう考えても悪手だ。
このホープってのは、陽キャラ優遇制度にしか思えない。学校のカーストがますます悪化していると思う。
「電気がつかないのと関係ある?発電所がモンスターに占拠されているとか」
寮に来る途中電気のついていない外灯が多かった。敵のライフラインを断つのは戦争の常套手段である。
「この町で占拠されているのは光君と会った児童公園と駅前のデパート。それとお城だけだよ。電気をつけないのはモンスターに襲われない為さ」
魔物は夜になると根城から出て来て人を襲うとの事。だから陽が暮れると、殆んどの人が家にこもるそうだ。
自衛隊を派遣すれば良いのではと思ったが、魔物に占拠された所には銃火器の類を持ち込めないらしい。
ちなみに、お城と言っても昭和になってから、区民公園に再建された鉄筋コンクリートの建築物だ。図書館や児童館が併設されており、観光パンフレットにも載っていない。前に都内がっかりスポット百選にも選ばれた代物だ。
確かに森ととかで焚き木をしていると獣系のモンスターに襲われる事がある。でも、住宅を襲うモンスターは少ない。反撃に合う確率が高いからだ。
そしてなんで公園やデパートを占拠するんだ。モンスターサイドは勝つ気がないのか?
「た、大変だね。そう言えばさ。僕の扱いってどうなっているの?高校は退学だよね」
志望校に入る為に必死に頑張ったんだけど、仕方ない。死亡届けとか出されていたら、かなりへこむ。
「多分、行方不明だと思うよ。こんな状態だから捜索も出来ないし。高校は僕が通っている冒険者学校に来れば良いと思うよ……実家帰り辛いでしょ?」
確かに帰り辛い。傍から見たら分不相応な相手に告白し、振られて行方不明って流れなのだ。
しかし、冒険者学校なんてあるんだ。手際が良すぎないか?入学金は金を売ればなんとかなる。
もしかして、冒険者学校に入学する為の住民票なんだろうか?