日本に戻って来てたら、姉ちゃんが変?
気が付くと、俺は転移した公園にいた。蒸し暑さからすると、季節は夏だと思う。
しかし想定外の事が起きた。スマホの電源が入らないのだ……そりゃ、三百年も経てば電源も無くなるよね。スマホに触るのが、久しぶり過ぎて忘れていたのだ。
……再び想定外の事が起きた。着替えをしようと、公衆トイレに入ったまでは良かった……でも、持ってきた服が全く入らないのだ。
そりゃそうだ。転移して来た時の俺の身長は百四十センチそこそこで体重は五十キロ。今は身長二メートル、体重は百キロを超えている。
鏡を見てさらに呆然。そこに映っていたのは、強面の大男。威厳を出す為に生やした髭が迫力を増加している。
(参ったな。これじゃ、俺が光だって言っても信じてもらえないぞ)
親兄弟でも分からないレベルだ。それでも顔をトリミングすれば、在りし日の面影がある……と思う。
ここで悩んでも仕方ない。今日はベンチでごろ寝だ。明日、金を売ってホテルにでも泊まろう。
ベンチを探し歩いて疑問に思った事がある。日本の夜って、こんなに暗かったっけ?街灯に灯りはついていないのだ。それどころか、町灯りも見えない。俺は夜目が効くから不便は感じないが、妙な違和感を覚えてしまう。
とりあえず、言える事は温かいベンチは寝やすいって事だ。修行中は岩場で寝る事もあったし、城のベッドはスプリングが入ってないから物凄く硬い。つまり問題なく休める。
こうなると問題は誰に連絡を取るかだ。異世界から戻って来ましたなんて戯言を信じてくれる奴なんているか?
(田中君なら信じてくれるかな?)
田中路実、地味な見た目でちょいオタだった友人。大人しい性格で転移前の俺とも仲が良かった。
方針も決まったので、一安心して眠りにつく。日本で誰かに襲われる危険性が低いから、安心して眠れる。
まどろんでいる俺を誰かが小突いてきた。大して痛くないから無視して寝続ける……それでもそいつはしつこく小突いてきた。
「おい、こら!気分良く眠っているのに邪魔すんじゃねえよ!……って、ゴブリンじゃねえか?……へえー、良い度胸しているな」
あまりにもしつこいので、目を覚ますとゴブリンが棍棒で俺を叩いていた。おねむを邪魔され、魔王様はご機嫌斜めなのです。
「ゴブッ!?ゴブを見てビビらないゴブか?」
それはこっちの台詞だ。ゴブリン風情が魔王様の眠りを妨げるとは。でも、ゴブ付けて喋るゴブリンなんて初めて見たぞ。
「俺の顔を見て驚かないって事は、他国のゴブリンだな。うちの国民なら裁判所送りだが、他所のゴブリンに叩かれて笑っていられる程、人は出来てないんだよ」
唖然としているゴブリンの頭を鷲掴みにして持ち上げる。このまま放り投げれば大人しくなるだろう。
「は、離すゴブ。ホープの力がないのに、化け物みたいな強さゴブ」
しかし、なんで日本にゴブリンがいるんだ?しかもこいつはイグジスタで、良く見かけるゴブリンである。
本当は転移していないで、幻術を見せられているのか……もしくは、何かの手違いでイグジスタの知らない地方に飛ばされたか。
「ホープ?そんな物知らねよ。おい、ゴブリン。ここはどこだ?アルモーと、どれ位離れている?」
ゴブリンを掴んでいる手の力を強める。ゴブリンの頭を砕くのは簡単だ。でも、そうすると情報を得られないし、国際問題に発展する危険性がある。
「アルモー?なんで、その名前を知っているゴブか?でも、お前なんかに教えてやらないゴブ。オークの兄貴にぶっ飛ばされれば良いゴブ」
このゴブリンはアルモーの事を知っていた。ますます、イグジスタのゴブリンである可能性が高くなる。
「オーク?オーク程度で、俺がビビると思うのか?……あれがお前の兄貴か」
ベンチから少し離れた所にオークらしき影が見えた。決めた。こいつ等から色んな情報を聞きだしてやる。
ちなみにゴブリンがオークと一緒にいる事は珍しくない。正確に言うと、彼等は自分より強い魔物に媚びを売る事で、守ってもらっているのだ。魔族の子分、それがイグジスタのゴブリンだ。
「な、なにするゴブ?もしかして、ゴブを投げるつもりゴブか?」
大正解である。オークに投げつけて先制を取ってやる。魔法で姿を消して、ピッチングモーションに入る。そしてゴブリンは勢いよく飛んでいきオークとぶつかった。
次の瞬間、空中から槍が放たれ二匹を貫く。
槍を放った人物を見て俺は愕然とした。
(ね、姉ちゃん!?姉ちゃんが空を飛んでいる?しかも、なんだ、あの恰好は?)
空中にいたのは、俺の姉桃園優だった。漆黒の鎧を身にまとった姉ちゃんが、槍を投げたのだ。
しかし、あの鎧はなんだ?一言で言えばゴスロリブラックアーマー。漆黒の鎧には、細かな装飾が施され翼までついている。魔王の俺でも恥ずかしくて着れない代物だ。
何より俺の知っている姉ちゃんは、心優しい癒し系の少女だ。花とお菓子作りが好きでゲームやラノベには一切興味を持っていなかった。決してあんな厨二病丸出しな恰好で、夜のお散歩をするタイプではない。
……でも、俺も大人だ。人に内緒にしておきたい事がある物。俺が行方不明になった事で、痛い趣味に目覚めてしまったのかも知れない。
ここは大人しく退散するとしよう。
幸いな事に今の姉ちゃんの魔力では、俺を感知するのは不可能だ。音をたてない様に歩き公園から抜け出す。同時に姿を現した。
正直、分からない事ばかりだ。ゴブリンとオーク、漆黒の鎧を身に着けた空飛ぶ姉ちゃん。しかも姉ちゃんからは魔力が感じられた。
ここはパラレルワールドってやつなんだろうか?
下手したら転移をしていない俺も存在しているかも知れない。答えの出ない考えに想いを巡らせていると、誰かに肩を叩かれた。
「この公園ではモンスター討伐が行われています。一般の方は避難して下さい」
声を掛けて来た相手を見て驚く……まじで、ここはパラレルワールドなんだろうか?
「そうですか。それはすいません……って田中君、その恰好どうしたの?」
俺の肩を叩いたのは、軽鎧を身に着けた田中君だった。姉ちゃんの鎧と違って、シンプルな物で厨二臭さはない。でも、日本で着て歩くのは、かなり恥ずかしい代物だ。
「確かに僕は田中ですが、なんでおじさんが僕の名前を知っているんですか?」
おじさんか……異世界での苦労で俺は見た目が老けてしまったのだ。エターナルグローイングシーズンは身体的若さを保てるが精神的苦労には作用しないらしい。
しかも、かなりごつくなっているから、俺だと分からなくても仕方ないと思う。
「し、知り合いに似ていただけですよ。それでは失礼します……っと、今日は何月何日ですか?」
体感温度からすると、夏だと思うんだけど。
「八月三十日ですが……服装も怪しいので、警察に連絡させてもらっても良いですか?」
怪しい恰好?俺が今着ているのはチェニックだ。パンツは荒縄で結んである。チェックは精霊神アイリーン様が作ってくれた物で、パンツと荒縄には鬼神ジョウ様の祝福が掛かっている。物凄く有り難い物なのだ……まあ、日本だと十分怪しいけど。
しかし八月三十日って事は、俺が転移して最低でも五カ月は経ったって事か。みんな心配しているだろうな?
「た、田中君。僕だよ。分からない?桃園光。中学の時、同じクラスで良く遊んだじゃん。ごつくなったけど、顔をトリミングすれば分かるよ」
もうやけである。五カ月も行方不だった上に、警察に連行されたなんて親不孝過ぎる。
少し気が引けるが、軽めの催眠魔法を掛ける。効果は俺を信頼する事だ……そして、しばしの沈黙。
「嘘ならもっと上手について下さい。光君は五カ月前から行方不明なんですよ。それにもっとか弱い感じの……本当に光君なの?どこ行ってたの!みんな、心配してたんだよ」
田中君は手でのぞき窓を作ったまま、震えていた。その両目からは涙が零れ落ちてくる。
「ああ、ちょっと遠い所に行っててさっき戻ってきたんだよ。お……僕がいない間に、何があったか教えてもらえる?そんなに泣くなって……この通り、きちんと足もあるよ」
親友の涙は、この世界にまだ俺の胃場所がある事を教えてくれた。じんわりと胸が暖かくなり、俺の目も潤んでしまう。鬼の目ならぬ魔王の目にも涙だ。
明日の朝七時も投稿します