魔王様、ピンチ?
俺は魔王だ。戦闘能力だけじゃなく、精神的にも強い……だからどんな状況でもへっちゃらなのである。
『ねえ、ヒカル。もしかしてこっちの世界でボッチだったの?』
相棒の一言が胸に突き刺さる。確かに今の俺はボッチに見えるかもしれない。
でも、テレパシーで話し掛けてくれたのはありがたい。姿を隠しているペルルと会話していたら、ボッチが加速してしまう。
「か、勘違いするなよ。俺は田中君や家智先輩が楽しそうに話しているから、邪魔をしない様、自主的に距離を置いているだけさ』
いわゆる若い人同士でどうぞってやつだ。ここに翼ちゃんがいればバランスが……正義も付いてきて、もっと寂しくなってしまうか。
姉ちゃんと前田さんは、審判&救助役との事。ちなみに姉ちゃんは家智先輩と中学でクラスメイトだったらしく、昔話で盛り上がっている。
『どーだか。それより今は高校生なんだから髭を剃りなさいよ』
はい、三百歳の高校生です。
それにしても魔物が出ない。さっきから気配すら感じないのだ。
(先行した茶良達が倒したのか……細かくポイントを稼いでご苦労なこった)
ポイントはとどめをさした人に加算されるとの事。
『これ剃ったら伸ばすの大変なんだぜ。剃ったら威厳が無くなるし……正体を誤魔化すのにも、まだ必要なんだよ』
俺は日本では規格外の存在だ。しかも今日本に来ている魔物はと何らかの関係がある。黒幕の正体が分かるまで、大事な人達を巻き込む訳にはいかない。
『ふーん……本当は気付いて欲しい癖に、髭剃っても気付かれないのが怖いんでしょ“髭があるから、姉ちゃんも翼ちゃんも僕だって気付かないんだ”って』
ペルルはそう言うと深い溜め息を漏らした。臣下なら怒鳴れば大人しくなるんだけど、ペルルに凄んでみせても笑われるだけだ。
『……翼ちゃんは正義とパーティーを組んでるし、姉ちゃんに心配を掛けたから顏を会わせ辛いんだよ』
黒幕の正体を知ってからってのも、本音だが今のも本音である。姉ちゃんや翼ちゃんに再会したくて、ここまで頑張ってこれたのだ。でも、実際に二人に会うと、魔王になってしまった自分を拒否されないか心配なのである。
『もう、魔王になっても意気地なしなんだから』
しょうがないなって、感じでペルルが微笑む。ペルルの中で俺は手の掛かる餓鬼のまんまなのかもしれない。
◇
背中に視線を感じる。もう突き刺さっていると言って良いレベルだ。二階に上がる階段を登っていたら、姉ちゃんがガン見してきています。
ここは早く登って二階に行きたい所なんだけど、二階は魔窟。正直行きたくない。
しかし、勝負を引き受けた手前、逃げる訳にはいかないのだ。
「ビビって来ないかと思ったぜ。それじゃ開けるぞ」
俺達の姿を見た茶良が悪態をつく。いや、あれを見たらお前等もビビると思うぞ。
「それじゃ、行きますよ。俺がトロルを気絶させたら、家智先輩か田中君のどちらかがとどめをさす。このパターンで行こうと思います」
魔王の剣を使うと、オーバーキルになってしまうので、今回は素手で戦う。
「光さんですよね。武器を使わないで、大丈夫なんですか?」
声を掛けてきたのは、姉の優。転移前は目線が殆んど一緒だったが、今は見おろしている。でも、実の姉に敬語を使われるのは、妙な感じだ。
(今の話し方からすると怪しんでいるじゃないな。既視感も勘違いで押し通すか)
「素手でトロルと戦った経験があるので、大丈夫ですよ」
臣下のトロルはパワハラだって、組手をしてくれないけど。毎回、きちんと治癒魔法掛けているのに……。
「お強いんですね。それに手が大きい……ちょっと右手を見せもらえますか?」
これは断るべきか……姉ちゃんは高ランクホーバーで、俺は低ランクホーバーだ。断ったら逆に怪しまれる。
「時間がないので手短にお願いしますよ」
右手を差し出すと、姉ちゃんは手の甲をチラッと見た。時間にして十秒もなかったと思う……どうやら杞憂に終わりそうだ。
「ありがとうございました。では、ご活躍を期待してますわ」
姉ちゃんと別れて二階に入ろうとしたら、叫び声が聞こえてきた……どうやら茶良達がトロルと遭遇したらしい。
「ば、化け物!近寄るな」
凄い。見事にトロルの地雷を踏みやがった。トロルは美意識の高い魔物だ。だから宝石等の綺麗な物を収集する。そんなトロルだから容姿をけなされる事が最大の侮辱らしい。
「人の縄張りに入って来てなに言うだ。おらはこれでも村一番の美男子だって言われてるんだど」
茶良に食ってかかったのは、ピンクのワンピースを着たトロル。フォローすると、あくまでトロル基準の美男子だ。
トロルから見たら俺達は賊や泥棒みたいたなもんだ。泥棒に化け物言われたら、怒るよな。
「念の為に変身しておくか……恋する乙女に、聖なる祝福を。恋の力よ、私に降り注げ!マジカルキセキ、トゥインクルチェンジ!」
ありのまま、今起こった事を話すぞ。前田さんが変身ポーズをとって、呪文を唱えると光に包まれたんだ。
その後、現れたのは魔法少女のコスプレをした前田さん。しかも、普段のボーイッシュなイメージと真逆のフリフリの衣装だ。
(今の呪文どっかで聞いた事あるな……そうだ!魔法少女ラブリートゥインクルの変身呪文だ)
魔法少女ラブリートゥインクルは、俺が子供の頃流行ったアニメだ。姉ちゃんや翼ちゃんがドはまりしたので、一緒に見ていたので覚えている。
確かに前田さんのジョブは魔法少女だ。まあ、年代的にいうと前田さんも見ていた可能性が高いけど……高いけど、そうくるか。
武士の情けだ。前田さんが戦わなくて済む様にしよう。
「百苑、トロルがこっちに来たぞ!田中は俺の後ろに移動しろ」
こっちにやって来たのは、青のロングスカートをはいたトロル。
「さては、おら達の天国を奪う気だな」
トロルはそう言うと拳を高々と振り上げた。
「ここは元々日本人の物だっつーの。そんなテレフォンパンチ当たるかよ」
狙うのはトロルの膝。重い体重を支える為、常に負荷が掛かっている。
「蹴り一発で、トロルの膝を折りやがった」
家智先輩、ナイス解説。余程、痛かったのかトロルはのたうち回っている。
「田中君でも家智先輩でも良い。こいつにとどめをさせ。石に魔力を籠めて、顏に投げつけろ」
俺の言葉が聞こえたのか、トロルの顔が青ざめていく。
「勘弁してけろ。おらが悪かっただ。もう村さ、戻るだ」
普通の農民が畑を捨てて、異世界になんて来ない。こいつが戻るとしたら、良いとこチンピラだろう。
「……二人共、良く見ておけ。これが殺し合いだ。敵に情けは無用だ」
トロルの顔を踏み潰すと、辺りを静寂が包んだ。
「光君……」
田中君がドン引きしている。でも、俺よりはましだ。俺が初めて死闘を見た時は吐いたし、何日もうなされた。
「でかい口聞いた癖に、トロル一匹殺せないのか?手前より弱い奴と戦えないんなら、後ろでブルってな!」
茶良達を襲っていたトロルの後頭部を掴み、そのまま床に叩きつける。
今の心からの本音だ。覚悟がない奴は殺し合いに馴れない方が良い。気付くとまともに戻れなくなっているんだ。それでも守りたい人や譲れない物がある奴だけが戦うべきだと思う。
「光君、僕が僕がやるよ」
田中君は石を握りしめると、トロルへと叩きつけた。
「上等だ。吐きそうなら、無理しないで休んでいて」
そのまま、トロルの群れに突っ込んでいく。ふと、後ろを見ると田中君と家智先輩が必死についてきていた。
◇
結果、家智先輩が十五匹、田中君が十匹のトロルにとどめをさした。多分、二人共もう限界だと思う。
「ボスはあいつだな。二人共、下がっていて……騎士の恰好をしたトロルか」
奥にいたのはフルアーマーを身にまとったトロル。武器は使いこまれたロングソードだ。
「素手で俺とやろうってのかい?俺はその辺のトロルと……」
口上が終わる前に、ナイトトロルの首をねじ切る。こんな所でピンチに陥っていたら、魔王なんてやってられない。
「光、お疲れ様……何があったのか、今までどこに行っていたのか、ちゃんとお姉ちゃんに言えるわよね」
お姉様、お怒りらしく目が笑っていません。
魔王様、大ピンチです。