神様からの命令が変
ようやく自分らしい小説が書けました
日本生まれの俺が異世界イグジスタに来て早三百年。女の子みたいと揶揄された高音のソプラノボイスは、地鳴りの様だと言われる低音のバスに変わった。
力こぶも出来ない小枝の様に細かった腕は、今では丸太みたくなりオークを余裕で殴り殺せる。
昔の俺は色白で気弱な少年だった。優しい両親におっとりした姉、そして二人の幼馴染みに囲まれて平和な生活を送っていた……あくまで過去形である。
「魔王様、転移三百年記念の式典の事ですが」
執務室で事務仕事をしていると臣下のスケルトンが声を掛けてきた。
そう、色白で気の良かった少年は魔王になったのだ。有り難い事にここ五十年は勇者が侵攻して来る事もなく平和そのものである。
俺が治めるアルモー国も何度か勇者の襲撃を受けた事がある。
あいつ等、男女混合パーティーで攻めて来るから嫌いだ。しかも美男美女ばかり。シングル魔王に対する嫌味なんだろうか。
何だかんで三百年……もう醤油の味も思い出せない位、異世界に馴染んでいる。
「そんなの、金の無駄だっての。いつ勇者が攻めてくるか分からねえんだぞ」
日本にいた頃の魔王のイメージは、好き勝手に生き、民の金で酒池肉林の日々を送っているだった……そんな物欠片もないっての。
税金上げれば反乱を起こすし、公共サービスが悪いと市民を蔑ろにしていると文句を垂れる。
魔王様、式典や政務でお休み少ないのに。お祭りや式典に魔王様を呼ぶ時は、平日にして欲しいです。
この世界には電子レンジなんてないから冷えた飯を食べる事も少なくないし、魔王としての威厳を保つ為鍛錬も欠かせない。
「魔王様、記念式典は国民が楽しみにしております。今から中止にしたら、クーデターが起きますよ。第一、魔王様がこの世界に来た事を祝う祭りじゃないですか」
声を掛けて来たのは副官のダーフィン。種族は魔族で、頭から銀色の角が生えている。
お約束にも思えるが、魔族の力は角に宿るそうだ。
でも、この世界ではでかいだけの角は馬鹿にされる。確かに魔力が高い程、角もでかくなる。でも、でかいと当然邪魔になってしまう。だから力のある魔族は角の力を圧縮させる。その結果、角の色が変化するそうだ。
「ヒカル・モモゾノ転移記念式典か……また、あれをやるんだろ?」
俺の本名は桃園光。昔は『女の子みたいな名前だけど、光君にピッタリだね』と言われていた。今では『魔王様、それ詐欺です』と苦言を呈される。
「劇ですか?そりゃ、やりますよ。魔王様がどうやってこの世界に来て、いかにして国を統一したのか。勇者との戦いに邪神ディザイアの封印。ネタは尽きません。今年は女性国民からのリクエストで、転移する際の失恋劇に力をいれるそうです」
俺は高校の合格が決まった日に、幼馴染みの女の子青空翼に告白しようと手紙を出した。場所は近所の公園である。
でも、やって来たのは男の幼馴染み愛守正義。そして勇気は『あいつなら来ないよ』と告げられショックを受けている所で転移陣が発動したのだ。
やばいと思ったのか、正義は俺を突き飛ばして逃げた。俺が日本で最後に見たのは逃げていく正義の後ろ姿なのだ。
「毎回、過去の傷をえぐられる俺の身にもなってみろ!魔王の資質があったから良いような物の下手したら死んでたんだぞ」
片思いの女の子に振られ、親友だと思っていた幼馴染みに裏切られる。それだけでも悲惨なのに、召喚間違えって酷くないか?
「俺達としては来てくれたのが魔王様で、良かったですよ。異世界の勇者なんて召喚されたら、魔族が滅ぼされますし……そういや、アルモニー様から連絡がありましたよ。『礼拝所に来なさい』との事です」
アルモニー様はこのイグジスタの神で、俺を召喚した張本人ならぬ張本神だ。当時イグジスタは、邪神ディザイアの策略で荒れに荒れていた。魔族と猿人が争い、世界は大混乱だったそうだ。
アルモニー様は勇者を召喚し、魔族の勢力を弱体化させるつもりだったらしい。でも間違いで召喚した俺に魔王の資質があると分かり、方針を大転換。
俺を鍛えて魔族を統一させたのだ……言葉にすると簡単だけど、何の後ろ盾もない餓鬼が魔王になるのは大変でした。
「忙しいけど、アルモニー様には逆らえないからな。能力を取り上げられたら、弱体化しちまうし」
統一をさせる為、アルモニー様は幾つかの能力を俺にくれた。一つは永遠の成長期、早い話が不老である。召喚された十五歳のまま年を取らず、永遠に成長し続けるのだ。
お陰で身長が二メートルを超えました。身長は二メートルが限度だったが、筋肉は鍛えれば鍛える程強くなるのだ。
もう一つは自己治癒力。一見チートに思えるが、治すのには時間が掛かるし痛みも伴う。
魔法や戦い方は師匠達にしごかれ……鍛えてもらい身につけた。転移する前はケンカもした事がなかったが、今では歴戦の雄である。
◇
礼拝所は城の脇に建ててある。これは城主に気兼ねする事なく、祈りを捧げてもらう為だ。
月明かりの下、ゆっくりと礼拝所を目指す。城の周囲には結界が張っているので、夜営の兵士は多くない。それでも、俺が急いでいる姿を見たら、事件かと兵士が驚くだろう。
(そういや、あの晩も月が綺麗だったな)
転移した当時は勇気を恨んだし、寂しくて仕方なかった。ホームシックに掛かって泣いた夜もある。
でも修行や政務が忙しく、いつの間にか勇気への恨みは消えていた。日本の夢を見る事も減った。
「光です。失礼致します」
王である俺は、この国では一番偉い。でも、天上におわす神々に比べたらちっぽけな存在だ。無論、戦ったらボコボコにされてお終いだ。これは骨身に染みて分かっている。
何しろ俺の師匠は神様なのだ。師匠達はえげつない位、強いのである。
礼拝所の奥まで進み、アルモニー様の像の前で跪く。目を閉じ、祈りを捧げると眩い光が降り注いできた。
「ヒカル、お久しぶりですね。そんな仰々しい態度を、取らなくても良いですわよ」
現れたのは銀髪の美女。見た目は二十代半ば位に見える。でも、このお方の正確な年齢は知らない。
「アルモニー様に対する敬意の現れですよ」
そう、この銀髪の美人がアルモニー様なのだ。敬意は勿論あるが、目を開けていたら眩しくて仕方ないのだ。
「そうですか……ヒカル、貴方のお陰で、この世界は平和になりました。その褒美として数ヶ月間、異世界二ホンに帰る権利を上げます」
……まじか!もう一度、日本に行けるんだ。父さんや母さん、姉ちゃんに会えるのか。
数ヶ月とは言え、夢の様な申し出である……数ヶ月!?
「有り難いのですが、政務が詰まっておりまして」
数ヶ月、常識的に考えて三カ月から半年位だと思う。でも政務に穴を開けれるのは、精々一ヶ月だ。日々の政務に加え、同盟国との折衝がある。それにまだ国交がない国が多数あり、平和の為にもコンタクトを取りたいのだ。
何より三百年後の日本に戻っても、する事は墓参りしかない。
「貴方の配下に許可を取ったから大丈夫よ。向こうでお嫁さんでも見つけ来なさい……戦果も予想外だったけど、まさか三百年間お嫁さんをもらわないなんて思わなかったわ」
アルモニー様はそう言うとでかい溜め息を漏らした。
俺は独身魔王だ。正確に言うと彼女もいない。つまり、俺は童貞魔王なのだ。
しかもキスの経験もないし、プライベートで女の子と手を繋いだ経験すらない。
だってうちの配下人間型少ないんだもん。いても婚約者決まっているし。
「流石にそれは無理ですよ。いたとしても、マナの濃度に耐えられませんよ」
魔族が住む国だけあり、アルモニーはマナの濃度が高い。普通の猿人は到底耐えれないのだ。一度だけ、猿人の姫が嫁いでくるって話があった。
でも丁寧にお断りさせてもらった。姫は悲壮な顔つきでやって来て『私が犠牲になれば国が平和になるんですね』そう言ったのだ。物語の魔王なら無理矢理襲ったかもしれない。でも、俺には無理です。
「もう、情けないわね……ちょっとしたバカンスだと思いなさい。時空に干渉するから、こっちに戻って来るのは一ヶ月後くらいね。転移した日の直後は無理だけども、出来るだけ近い日に送ってあげる。転移は一週間後、それまで荷物をまとめておきなさい」
つまり、家に帰ったら家出状態な訳だ。父さん達に叱られるだろうな……でも、それさえ嬉しい。きちんと家族に別れを告げられるのだ。
◇
荷物は無限収納リュックサックに詰め込んだ。魔王の剣に魔王の鎧。各種ポーションに、保存食の飛竜の干し肉。昔使っていたスマホに、転移前に着ていた服。向こうで買いたい物があるから金塊も持った。
「準備は、ばっちりみたいね。向こうで怪しまれない様に、魔力が洩れない様にしておくから……転移開始……ヒカル、向こうでも頑張るのよ。リュックの中に役立つ者を入れておいたから」
若干、不安になる言葉を聞きながら俺は光に包まれた。
ここ一週間、前倒しで仕事しまくったから、寝不足だ。とりあえず、家に帰って温かい布団でぐっすりと眠りたい。
夜七時にも更新します