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この作品には 〔ガールズラブ要素〕 が含まれています。

姉が死んだ理由

作者:縋木 曜
 死んだ姉はとても真面目な人だった。思えばそれが全ての始まりだったのかもしれない。

 

 私の姉は、誰からも愛される人だった。
 品行方正、成績優秀。生徒会役員を務めるかたわら、所属する弓道部では全国大会で優勝を収めていた。
 優秀さもさることながら、その輝かしい才覚を体現するかのような美貌を持ち合わせており、彼女はいつも人々の中心にいた。
 姉が動けば人々もそれに倣って同じ方向に動いたし、姉が何かをしようと一声発すれば、人々は統率の執れた兵隊のように働いた。

 そんな優秀な姉に対して私はというと、見劣りし過ぎるくらい平凡だった。
 成績は中の上、運動神経は中の下。素行は悪くないが、役員や委員会などの面倒事からは距離を置いていた。
 平々凡々、特筆すべき個性のない人間だった。
 普通の子ならこれでも許されただろう。しかし「姉の妹」という重荷を背負わされた私には、「平凡」という肩書きが許されなかった。

 どうして姉は出来るのに、妹は出来ないのか。
 姉は役員を務めたのに、妹は何もしないのか。
 あんな優秀な姉なのに、妹は何の才能もない出来損ないだ。

 どこへ行っても優秀な姉と比較され続け、普通でいる事すら許されない日々。しかし幸いにも、私は痛みに鈍い人間だった。
 姉と比較される事は苦痛だったけれど、周囲の期待に応える姉を見て、「ああ、姉は大変そうだなぁ」と思うような、愚かで無関心な人間だったのだ。
 だから私は姉の妹であり続けられたし、仲の良い姉妹であり続けられたのだと思う。

 日頃から、両親や教師、同級生達に過度な期待を強いられる姉に対し、私は気を使って言葉をかけていた。

「大変だね」
「少し休んだら?」
「他の人にやってもらいなよ」

 そんな私に対し、姉はやはり優秀な姉として言葉を返した。

「ありがとう」
「大丈夫よ」
「私にしか出来ないのよ」

 型に嵌まったやり取りだけれど、姉はいつも嬉しそうに私の頭を撫でて微笑んでいた。

 幼い頃から続いたそのやり取りは、姉が高校に上がった頃から少し変化を見せ始めた。
 いつだったか、姉の部屋を訪ねたついでに姉に言葉をかけると、姉はいつものように頭を撫で、おもむろに私の体を抱きしめたのだ。
「どうしたの?」と尋ねると姉は「何となく」と答えた。いつもはっきりと答える姉にしては妙に曖昧な答えだと思ったけれど、姉も人間なんだから、誰かに甘えたくなる時もあるよなぁと、ただされるがままにしていた。
 数分ほどして、姉は私の体を離すと「ありがとう」といつもの微笑みを浮かべた。

 それ以降、私と姉の間に新たなルーティンが追加された。
 私が言葉をかければ、姉は私の体を抱きしめて言葉を返す。抱擁は数十秒で終わる時もあれば、十分以上解放されない時もあった。
 長い時間抱きしめられたままでいても、私は決して自分から「離してほしい」とは言わなかった。女同士だから抵抗はなかったし、少しでも姉の助けになるならいいと思った。
 思春期に入りきっと人肌恋しくなったんだろう。けれど姉が群がる人の中から恋人を作るとは思えなかったし、ましてあの両親が許すわけがなかった。だから一番身近にいる妹の私が姉の支えになるのは、至極当然の事だった。

 月日を重ねるごとに、姉の行為はより密接なものになっていった。
 といっても、一緒にお風呂に入ったり、一緒の布団で寝て抱き枕代わりになる程度の事だ。
 両親は子供達が仲良くやっている事を咎めるはずもなく、当事者である私も不満はなかったので姉は好きなように振る舞う事が出来た。
 ……出来てしまったのだ。

 

 最後の日の夜。姉は隣で寝ていた私にこんな言葉をかけた。

「キスしてもいい?」

 私はすぐに「いいよ」と答えた。
 その瞬間、姉は目を見開いて驚いた。
 私は、自分で言ったのになんで驚くんだと思ったのと同時に、姉もこんな表情するんだと感心していた。
 姉はすぐに「冗談よ」と微笑んで、私の顔をじっと見つめた後、布団を被って眠ってしまった。私も姉に倣って目を閉じて眠りについた。
 それが私が見た、姉の最期の姿だった。

 

 寒さに震えて目を覚ました。隣に姉の姿はなく、まだぬくもりが残るベッドの上には代わるように私宛ての手紙が置かれていた。
 手紙を手に起き上がると、風に揺れるカーテンが目に入った。
 私はサンダルを履き、ベランダに出た。冷たい冬の寒さが、温まった体の熱をあっという間に奪い去った。
 塀から顔を出して下を覗き込んだ。六階分下にある地面は、夜だというのに外灯に照らされてはっきりと見えた。
 血溜まりの中心に横たわった姉は、じっとこちらを見つめていた。

 

 姉は死ぬ直前、両親に宛てて私とは別に遺書を残していた。
 私は両親を起こして姉が飛び降りた事を伝えた。慌てて姉の部屋にやって来た両親は、ベランダから下を覗き込んで崩れ落ちた。その時、ふと机の上にある遺書を見つけた。
 父は一階へ駆け下り、母は警察ではなく救急へと連絡を入れていた。
 私は両親宛ての遺書に目を通した。
 書いてあるのは先立つ不孝がどうとか、感謝してもしきれないだとか、そんなありきたりな内容だった。飛び降りた理由は天からの啓示がどうとか、ちょっとぶっ飛んでて、でもそれが両親を気遣ってのものなんだろうなとすぐに分かった。

 それから私は、姉が妹の私へと宛てた手紙を読んだ。
 そこに綴られていたのは、私へ対する想いだった。

 妹の私を好きになってしまった事。
 許されないと分かってて、自分の好意を抑えられなかった事。
 私の優しさに甘えて過ちを犯してしまいそうになった事。

 そして、私の事がどれだけ好きだったか――真面目な姉は、愛の言葉を恥ずかしげもなく延々と書き記していた。

 手紙を読み終わった私は、リビングへ行き灰皿の上で手紙を燃やした。
 私はてっきり、姉は天才を演じている秀才なのだと思っていた。
 周囲の期待に応えるだけの努力を積み重ね、自分の立ち位置を確保しているのだと、信じて疑わなかった。
 しかし姉は秀才などではなく、本物の天才だった。
 そこにいるのが当然で、やるべき事をこなしているだけで人の中心にあり続けられる、そういう人種だったのだ。
 正しい事を正しく、間違っている事を間違っていると認め動き続ける完璧な存在。だからこそ、人々は崇拝にも似た感情を向けていたのだろう。
 そして皮肉にも、誰よりも出来の良い人間は、自身の内に芽生えた感情を『正しくないもの』として処分した。自身のたった一つの瑕疵を許せず、命を落としたのである。

 

 あの時、私が姉を拒絶していたら、姉は死なずに済んだのかもしれない。あるいは私がもっと早くに姉の異常さに気付いていたら……どちらにせよ、今よりもマシな未来があったはずだ。
 例えばそう……私がもっとわがままで、喜怒哀楽の激しい、姉とは正反対の妹だったとしたらどうだろう。
 周囲からの姉の評価を妬み、姉にきつくあたるような妹だったら。姉はきっと私を好きにはならなかったのではないだろうか。
 仮に好かれたとしても、誰からもちやほやされるような姉の頼みなんて聞き入れなかっただろうし、拒絶された姉はきっと自分を律し続ける事が出来ただろう。
 だからもし――次に姉に会った時は、私はわがままで喜怒哀楽の激しい、手のかかる妹になろうと思う。
 そうすればきっと、姉は自分で自分を殺める必要なく、ダメな妹の私に手を焼いて、困ったようにあの微笑みを浮かべるはずだから。



 あの日、彼女が見た景色を眺めながら、私は静かに目を閉じた。

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