第七話:下田奉行登場
※※ 8 ※※
廊下をあわただしく渡ってくる足音とともに激しく障子が開く。
「親分、奉行所の連中が!!」
縁側に出る赤鬼。続いて春明とヒュースケンも出る。塀の向こうから御用を書かれた提灯が無数に覗いていて、周囲あちらこちらで「御用だ!!」という声がこだましている。完全に囲まれていた。
(伝助か…)
春明は、そう合点がいった。
「ここはオイラにまかせな」
春明が動くより先に、奉行と数人の与力が「御用だ!」と言いながら庭に現れる。
その最後尾から、漆塗りの陣笠に陣羽織姿の御大身が現れた。
「下田奉行、井上である」
その声で、赤鬼一家は庭に下り、全員平伏する。春明は縁側で平伏し、ヒュースケンはそれを楽しそうに眺めていた。
春明は、ヒュースケンの頭を押さえつけて無理やり平伏させた。
「赤鬼金平なるもの、並びにその手下ども! メリケン総領事ハリス殿の秘書兼通訳官のヒュースケン殿を闇討ちしたことは明白、加えて海防掛並井瀬氏まで危害を加えたこと許し難し! この場で全員召し取れい!!」
与力が動こうとしたとき、春明が立ち上がる。
「お奉行、じばしお待ちを」
春明の言葉にその場全員が春明を注目する。
「それがし、お役を受けるまでは無役でして……この者とは知己でござる。此度は異人接待を仰せつかった由、この者らに伝えおくのが遅くなりしまして手違いを起こしてしまいました。それがしの罪ならば、ここはこの身のみお引き立てを」
赤鬼一家がざわつく。井上は一喝した。
「静まれい!! しかしヒュースケン殿を襲ったことに対しては如何する」
「ワタシ、勘違いしてしまったね」
ヒュースケンは赤鬼の手を取り、
「すまないねェ、出向かいの人に気が付かなかったよ」
狼狽しつつ赤鬼は
「…こちらこそ申し訳ありません……」
「では、此度は井瀬氏の采配不足と相違ないのか?」
いきさつを理解した井上は再び春明を見て、確認を促す。
「は」
井上は春明の肯定に大きく頷いた。
「では、赤鬼一家のお仕置きは不問に付す。井瀬氏には奉行所へ出頭願いたいところなれど……」
井上は平伏する春明を見てニヤリと口を歪ませた。
「今見るに、井瀬氏もヒュースケン殿もかなりのお疲れのご様子。当面ここにて逗留し、改めてご参上願がおう」
「赤鬼金平とはその方か?」
地面に平伏する無法者を一瞥する。
「は、はぁ」
赤鬼は慇懃に平伏した。
「その方に、奉行御用達として異人接待の場を提供するよう命ずる。これからも異人との交渉の場としてそなたの館を使用するであろう。これより、努めて異人警護にあたるよう命じる」
井上は赤鬼の傍に寄り、片目をつむって囁いた。
「春は強かっただろう?」
赤鬼は恐縮して萎縮し、額を地面になすりつけた。
「おいらの兄弟に免じ、てめぇらを買ってやるんだ。今後はよく考えて行動するこった」
「は、はぁー!」
赤鬼は再び深々と平伏し、赤鬼一家もそれに倣う。
「本日はこれまでェ!! 退くぞ」
去っていく奉行所の与力を見届けながら、井上は縁側に近寄り、春明の首根っこをつかんだ。
「春、今日のは貸しだぜ?」
にやりと笑う井上清直。
「清さんにはかなわねぇ」
ばつが悪そうに頭を掻く春明だった。