第六話:赤鬼の宿
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とにかく落ち着きたかった。
伝助とも合流しなければならないので、再び下田の宿場町へと足を運ぶ春明とヒュースケン。
ただ、ヒュースケンには手拭いで顔を隠させ、ツンツルテンになってしまった春明の旅羽織を着せていた。
春明は、ヒュースケンと最初に遭遇した場所へと戻る。そこでヒュースケンのバックを見つけるが、春明の荷物はなかった。おそらく伝助が回収したのだろう。
「まずは一風呂浴びてから、一杯やるかい」
春明の提案にヒュースケンは破顔する。
「それサンセイねぇ!」
それならばと、とりあえず目についた大店の敷居を跨ごうとする矢先、一人の男が出てきた。
「畜生め!! 医師はまだかよ!?」
と、赤鬼が春明とヒュースケンを見る。このとき被害者より、加害者の赤鬼のほうが狼狽した。
「かっ、返り討とうってのかい!?」
赤鬼はとっさに懐から匕首を抜き、春明を誘うとする。が、春明は半身をそらし手首をひねり肘をすくうように突き上げる。吊り上がった赤鬼は匕首をいともなく落とした。
「わ、わわ、悪かった、おらが悪かったからァ……」
「医者ってのはどういうことだい? ほかでも異人を斬ったのかい?」
吊り上げたまま、春明は問う。
「ち、違いやいィ! じ、次郎長一家の野郎どもが……」
春明は、さらに赤鬼の腕をひねる。
「イテテェ!! サタが斬られてあぶねぇのよォ!!」
それを聞いたヒュースケンが真っ先に奥へ入って行った。
「ちょっ!? 待ちあがれ!!」
ヒュースケンが障子が開く。厳しい顔つきのヒュースケンにゴロツキどもが浮つく。
布団の周囲には血染めの布が散乱していた。
「ここは寒いね!! 暖かい土間に移してテーブルの上に寝かせるね」
「…て、てぼろ??」
意味の分からないゴロツキに、イラつきを隠さないヒュースケン。
「足の着いた板に寝かせるね!!」
「へ、へい!!」
気迫に押されたゴロツキは部屋から蜘蛛の子のように飛び出した。そこに腕を決められた赤鬼と春明が出くわしたのだった。。
「て、てめぇら。何やって……ィいてててェ」
その言葉を春明が腕を決めて遮る。
「風介、医術の心得があんのかい?」
「船旅が長ければいろいろ身に就くよ」
ヒュースケンがてきぱきとゴロツキに指示を出していた。
それを見た春明は、優しく、しかし殺気の籠った双眼で、赤鬼にささやいた。
「…ここはお互い休戦ってのはどうだい?」
明け方。結局、医者は来なかったが、サタはヒュースケンの施術で命は取り留めた。
「……とりあえず、何とかなったね」
施術室の正面に鯉口を切ったまま、肩に刀を抱えていた春明に、ヒュースケンは安堵の声を漏らした。
一触即発と思えるほど、鋭い視線を突き刺す赤鬼一家と、それを狼虎のような青白い視線を放ちながら正面に居座り、壁になっている春明に緊迫の糸が緩んだ。そして、赤鬼一家が勢ぞろいで二人に平伏する。
「このたびはサタを助けていただき、ありがとうござんした」
改めて赤鬼が、深々と頭を下げる。
「お武家様と異人様には昨晩のこともあり、ここでケジメをつけさせていただきやす」
その声で、子分の一人が、まな板と出刃包丁を持ってきて、赤鬼は小指にさらしを巻き始めた。
春明は鍔を収め、刀を床に置いて、無関心に言う。
「てめぇの小指もらったって、犬の餌にもなんねぇよ」
赤鬼の手が止まる。
「それより、オイラは一風呂浴びて、一杯やりてぇな」
ヒュースケンに視線を向け、にやりと笑う春明。
「そうだよ、ハラキリィ! それがいいねェ!!」
ヒュースケンの言葉に大きく頷く春明。
「つきあっちゃくれねぇかい?」
赤鬼一家が総勢一斉に平伏した。