表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春乃坂  作者: 武田 信頼
2/11

第二話:ヘンリー・ヒュースケン


         ※※ 02 ※※




  何処をどう通って、ここまで来たのか、さっぱりわからないが、視界が開けた川岸が見えると、春明は安堵の色を見せ、足を休ませた。


  日はすでにとっぷりと暮れている。月明かりが水面を照らし、周囲が僅かに桃白い。


  「まあ、ここまでくれば、心配あるめい」


 春明は息を整え、周囲を見回す。仮に追いつかれ、囲まれても、こうも明るく、広く、そして隔てる物もないとくれば、斬り合いになっても造作もないことだ。


 ふと連れてきた異国人を見る。くすんだ赤銅色の髪がくしゃくしゃに沸き立て、大きな体躯を折り曲げて、肩で息をしている。春明の視線に気が付いたのか、橋の欄干に肘をつき、満面の笑みを湛える。


  「おめえさん、名前は?」


 春明は、周囲を警戒しつつ、腰の大小を整え、改めて異国人を見た。


 人なつっこそうで、子供のように無邪気な碧い瞳。さっきまで無頼漢に襲われていたというのに、まるで警戒心のない瞳。


  日本語は通じないのか……。


 思わず春明は嘆息する。


  「ヒップ、ヒップ、オレー!!」


 突如、異国人はもろ手を挙げ、そう叫ぶと、異国人は春明に抱きついてきた。


  「すばらしいですっ! 日本の侍こんなに小さいのにグレイトでストロング!!」


  「んなっ!? 離せ!!」


 大きな毛むくじゃらの腕を振りほどく春明。異国人はおどけた笑顔で離れた。


  「言葉がわかるってなら、話ははえぇ。名前は何ってんだい?」


  「私の名前はヘンリクス・コンラドゥス・ヨアンネス・ヘウスケンです」


  「へ…へんへん??」


 鳩が豆鉄砲をくらったような春明を見た異国人は肩をすくめる。初めて耳にする異国語に戸惑いを隠せないのも仕方がない。


  「ちっとも変ではないですねェ。……ヘンリー・ヒュースケンでよいですね」


 改めて異国人はそう名乗った。


  「い、いやすまねぇ…。へへ、へい、塀塗風介。お前さんの家は左官屋なのかい?」


 春明の質問に、今度はヒュースケンが当惑する。


  「言ってる意味わかりません……。それよりお侍さんの名前きいてもいいですか?」


  「ああ、おいらは井瀬春明ってんだ」


 ヒュースケンは、不思議そうな顔をして、いきなり考え込むが、ハッとした顔になる。


  「イノーセハラキリ!! よろしくハラキリ!」

  

  「ハラキリじゃねェ! 春明だぁ!!」


 突然、ヒュースケンの腹が鳴る。


  「ハラキリ、何か食べたいね」


  「ったく…」


 憮然と顔をしかめる春明。が、春明も旅籠を決めて、早く落ち着きたかった。 


 「…しかし、まあ」


自分の旅の砂埃で汚れた姿と、ヒュースケンの薄汚れた姿を見て、


 「飯もだが、まずは風呂だな……。下田には温泉があるって話だが」


 「フロ!? オンセン!? イイねェ」


春明は、後ろ頭を掻きつつ


「…んじゃ、付いてきな風介」



 春明は異国人を伴って、再び旅籠の立ち並ぶ街道を目指した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ