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春乃坂  作者: 武田 信頼
1/11

第一話:邂逅



         ※※ 01 ※※




   夕暮れの街道を抜け、下田の宿場町に辿り着いた。


  秋風が旅袴の裾を抜け、足元の砂塵がたち、路傍の、名も知れぬ花が風にたたかれ、なびいている。


  寝姿山の尾根にかすかな残照がたなびき、薄紫色の山々が浮き上がって見えた。



  「春明様、ようやく着きはりましたね」


  潮風と晩秋を思わせる風が突き抜ける街道に、あまり旅人はいなかったが、赤燈色の灯火あかりが民家や旅籠はたごの連なる家々を刻み、我々を温かく迎えてくれる。


  伝助の一言が、春明に実感を得つつ、安堵の声で答える。


  「……そうだな。適当に旅籠を見つけて」


 通路の左右を見回し、宿を探しているところに、路地から転がるように飛び出してきた塊が春明の背後に隠れた。


  同時に、前から二人、背後から二人と囲むように、男たちが現れた。

  たすき掛けの着流しに、長脇差の抜き身を下げている。きっと地元のゴロツキだろう。


  

  「旦那、そこの夷荻をうちらに引き渡しちゃぁ、もらいませんかねぇ」


 前方の男の一人が、風に煽られながら、眼光鋭く叫んだ。


 おもむろに足元を見る春明。助けを求める子犬のような眼差しで異国人が震えていた。


  「できねぇ相談だな……」


 そう、つぶやくと背後の間合いを気にしながら、柄の皮袋を取る。春明は柄に軽く手を添え、鯉口を切った。


  「こちとら海防掛並のお役を頂戴したばかりでね……。要領は得ないが、こいつは斬らせねぇよ」


 前後を抑えられた春明は、四人の男の間合いと体捌きを凝視していた。剣術も体術にもない、でたらめな喧嘩殺法だが、身体ごとつっこまれるとやっかいなことを熟知していた。しかし、鍛練なしで同時に斬りこむことの難しさも知っていた。


  なに、相手も刀で斬りこむならば、ひとりひとり、ほふれば済むこと……。


  細い路地で抜き身を晒すのは愚かだ。しっかり鯉口を確かめ、しかし柄はふんわりと包み込むように手を添える。春明は腰を落とし、鋭い気合を放つ。


  敵に畏怖を、喧嘩に負けることは、すなわち死ぬことだと悟らせるためだ。しかし、土地を捨て無法者となった百姓がばくち打ちとなり、己の身体を張って死に境で生きている男にとって全くの無意味であった。


 「金平親分、海防掛っていやぁ異人接待役人ですぜ」


 前方の男の一人が、ずんぐりした体躯の男に囁く。そして刀の切っ先を春明に向け、


  「なんてことねぇ。お侍さん、あんたも一緒に死んでもらうよ」


 下卑げびた笑いで口元を歪めつつ、猪首いくびで背負っていた剛剣を、高らかに上げる。


  「伝助! 荷物置いて奉行所まで走れ!!」


 春明の声とともに、赤鬼金平が間境を詰めてきた。狭い通りを利用して前後で挟んでしまった以上、剣の間合いは限られる。故に先に懐に入り込んだ方が有利なのだ。


  伝助が逃げ切ったことを横目で確認しつつ、袴の緒に結んだ刀の下げ緒をほどく。狭い路地で前後を抑えられ、間合いを詰められた春明は抜刀する間がない。それは赤鬼金平も子分たちをよく熟知していた。


  余裕の笑みで間境を詰める前方の子分は大きく刀身を突き上げる。そして拝むように春明に振り下ろしてきた。


 春明は腰を大きく落とし、柄を天高く突き上げる。振りかざす直前の子分の顎にめり込み、飛ばされ転げる。意識はない。しかし、間断ない攻撃は続く。


  「お侍さんよぉ!!」


 間合いを詰め、刀を振り下ろす赤鬼。春明は腰を沈めたまま、鍔をはじく。春明の腰から抜き身が飛び出し赤鬼の上腕を掠め、再び鞘に戻る。


  「な、ななな!?」


 さらに間合いを詰めた春明は赤鬼のみぞおちに柄で突き、赤鬼を吹き飛ばす。その勢いで腰の回転を利用し鞘走らせ、背後の子分をけん制する。


 背後の子分二人は振り上げた刀を降ろせないまま硬直した。



 それを興味の眼差しで物陰から見守る異国人がいた。わずか数秒の出来事だった。



  「グレイト!!」


 しかし、称賛も感嘆も届かぬまま、突然、異国人は春明に手を引かれ、細路地に消えた。


 赤鬼一味は一瞬だが、長すぎた立ち合いに戦慄した。 

 


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― 新着の感想 ―
[良い点] こんにちは。 以前拙作に感想をいただいたものです。 江戸時代にはひどく疎い私ですが、外国の文化がどどどっと入ってきた、混乱の時代、いろいろ人々には葛藤があったのだろうなと思います。 江戸期…
2019/12/08 07:50 退会済み
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