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36 よくある話

「さっきのあれ、どこまで本当だ?」

「どこまでというのは、どういう意味かな?」


 馬小屋の壁に背中を預けるファルコの隣に、ニュクスがしゃがみ込んだ。

 現状、二人とも手持無沙汰なので、一対一で会話をするのは暇潰しには丁度いい。

 

「本当にお嬢さんとは初対面なのか? 噂で知るだけの相手に対する口振りには聞こえなかったが」

「嘘は言っていないよ。僕自身はルミエール家の人間とはこれが初対面だ。噂は昔から耳にしていたけどな」

「昔からね。まあいいか」


 何かを隠している感は否めないが、少なくともソレイユに害を成す=ニュクスの獲物を横取りしようとするやからではなさそうだ。ならばよいと、ニュクスはその件についてはそれ以上詮索しなかった。


 手持無沙汰なのは変わらないため、ニュクスはそのまま世間話をファルコに振ることにした。


「あんたの槍裁きは相当だった。流石はアルマ出身の傭兵といったところかな」

「あれ、アルマ出身だなんて教えたかな?」

「アルマの傭兵には槍使いが多いと聞く。口振りから察するに、特定の拠点を持たずに各地を旅しているようだし、何よりも国内にあんた程の実力者がいれば、俺がその名を知らないはずがないからな」


 英雄殺しのニュクスがその存在を知らぬ無名の実力者。特定の拠点を持たずに旅をし、名声を高めることはせず、目立たず純粋に人助けを続けてきたことが、教団のリストに記載されていなかった理由だろう。 


 何時だって、こういった人間がイレギュラーをもたらすものだ。


「君の言う通り僕はアルマ出身だよ。見識の広さは、旅の絵描き故のものかな?」

「そうかもな。行く先々で色々な物を見てきた。綺麗な景色も、人の死も」

「僕もだよ」


 不意に、それまでは陽気だったファルコの声色が微かに曇る。


「今まで、どれだけ殺して来たんだい?」

「たくさん」


 いぶかしむでも悲観するでもなく、ニュクスは淡々とそう答えた。


「そっか。僕も戦場でたくさん殺して来た」


 ニュクスという人間の本質を見抜いているのか、あるいは各地を旅してきた者同士の世間話の延長なのか、空を仰ぐファルコの顔からは、その真意を読み取ることは出来ない。


「君は今回、どうして女性達の救出に来たんだい? ソレイユ様の願いがあったとはいえ、女性達を救い出したいというのは、君の純粋な意志のように思えたけど?」


 初対面ながら、彼らしくない行動だと直感したのだろう。ファルコはニュクスへそう問い掛けた。


「盗賊や人攫ひとさらいが嫌いなだけだよ。昔、色々とあってな。よくある話さ」


 苦笑交じりに立ち上がるとニュクスはファルコの側を離れ、ソレイユとクラージュの下へと向かった。

 自分から声をかけておいて難だが、話しがあまり気乗りしない方向に進んでしまったからだ。

  

 ニュクスの言う通り、過去の経験から盗賊や人攫いが嫌いな人間は多い。

 アルカンシエル王国は比較的平和な部類だが、大陸全体で見ると人攫いや人身売買は未だに頻繁ひんぱんに行われており、女性や子供は特に被害に遭いやすい。目立つ髪色などを持っていれば尚更だろう。


 弱者が盗賊や人攫いに人生を狂わされることは、悲しいことによくある話だ。


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