24 旅立ちの朝
ルミエール領は、戦士たちの旅立ちの朝を迎えていた。
お屋敷の前には、フォルスやドラクロワ団長、大勢の臣下や使用人が、ソレイユたちを見送るべく顔を揃えている。
この後は、最後にソレイユの顔を一目見たいというリアンの町の住民たちの願いを受け、町の中心部を通って出立する予定だ。
出立する顔ぶれの中にニュクスの姿は無い。ギリギリまでオネット夫妻の宿にいたいとのことで、町の入り口で合流することになっている。今のお屋敷にはニュクスを快く思わない者も多いので、双方のためにも無難な選択であった。
一応、それなりに交流のあった屋敷の人間とは別れを済ませていたようで、カジミールやゼナイド、メイドのソールなどには、昨日の内に挨拶をしに来たらしい。
「兄さん、行ってくるよ」
「ああ。行ってこい」
多くは語らず、カジミールはクラージュの背中を力強く押した。
クラージュ・アルミュールという男は、どのような場所においても自分を見失うことなく、主君であるソレイユのために忠義を貫き通すことだろう。そのことは、長年兄貴分として彼を見てきたカジミールが一番よく理解している。
言葉で装飾した過度な激励などいらない。カジミールにとっては、いつもの調子で素っ気なく送り出すことこそが、クラージュに対する信頼の証であった。
「ウー、ソレイユ様のことは頼んだよ。それと、例の絵描きさんの監視もね」
「言われなくても分かってる。わたしの目が良いことは、カメリアだってよく分かっているでしょう。些細な悪事だって見逃さないよ」
「心配なんてしてないさ。ただ、彼の存在を危険視する者が多い以上、一応は口に出してお願いしておかないとね」
カメリアは苦笑交じりに頬を掻くと、周りに、特にクラージュには聞こえないように、ウーにそっと耳打ちした。
「思い切って今回の任務中に、クラージュとの絆をもっと深めてみたらどうだい。彼は奥手だし、ウーの方がリードしてあげないと。もちろんプライベートな時間でだよ」
「それが任務に赴く同僚に向けた言葉?」
「同僚ではなく、友人に対して向けた言葉だよ。下世話だったかな?」
「任務から戻って来たら、あなたのお兄さんは下世話な変態さんですって、ソールちゃんに言いつけてやる」
「今すぐじゃないとは、君は優しいね」
「そういうことだから、わたし達の帰る場所を、しっかりと守っておいてね」
「言葉に出すまでも無いだろう。不言実行が僕のモットーでね」
「あらかっこいい」
和やかなムードの中、健闘を祈り、お互いの掌を合わせて鳴らした。
戦場は違えど、同じ藍閃騎士団の騎士として、主君を守り抜くという覚悟に違いはない。
「ゼナイドさん。これをお預けしておきますね」
リスは革製の鞄の中から一冊の大判の本を取り出し、ゼナイドへと差し出した。
本はアルカンシエル在住の作家――アルテミシア著のミステリー小説だ。
「これは?」
「私のお気に入りの小説です。もし良かったら、後で読んだ感想を聞かせていただけませんか?」
「私は普段、あまり読書をするタイプじゃないからな。努力はするけど、あまり面白い感想は言えないかもよ」
「それでもいいんです。ただ、ゼナイドさんにこの本を持っていてほしくて」
「どうして?」
「ちょっとした願掛けですよ。ソレイユ様と一緒に絶対に帰って来るぞという、意志表示とでも言いましょうか。自室の本棚に置いておいてもいいのですが、どうせなら誰かに持っていてもらった方がいいかなと思いまして。後で感想を共有出来たら楽しいですし」
「もう。リスちゃんは本当に可愛いな」
いぢらしいリスの素振りが微笑ましく、ゼナイドはその頬をつんつんつついてやった。
優秀な魔術師とはいえリスはまだ13歳の少女だ。覚悟を決めるためにも、ちょっとした儀式が必要なのだろう。それをしっかりと受け止めてあげることは、お姉さんとしての数少ない役目の一つだ。
「早速、今夜から読んでみるね。時間はかかりそうだけども」
「読書も慣れですよ。感想、楽しみにしています」
リスの手から、ゼナイドは快くアルテミシア著のミステリー小説を受け取った。
「いよいよだな。気負いはあるか?」
「とても心穏やかです。緊張がまったく無いといえば嘘になりますが、それ以上に、心強い仲間達と共にあるという安心感の方が強いのだと思います」
「よい答えだ。励ましの言葉でもかけてやろうと思っていたが、その様子だと必要無さそうだな」
「一応は励ましてくださいよ。娘の大舞台ですよ?」
「ははは、それもそうだな。父であろうとしても、どうしても武人気質が前に出てしまう」
仕切り直しに咳払いをすると、フォルスは杖を隣に控えるドラクロワへと預け、ソレイユの両肩へと力強く触れた。
「お前は私の娘だ。どのような困難だろうと、その剣才を持って切り開いていける。迷わず進め、道はお前と共に続いていくのだから」
「お言葉をありがとうございます。ソレイユ・ルミエール、全力を持って此度の任務へと臨みます」
強い覚悟を宿した瞳で、ソレイユは力強く頷いた。
「フォルス様、お持ちしました」
「うむ」
フォルスはメイドのソールから、鞘に収まった一本の刀剣を手渡された。
ソレイユの愛刀であるタルワールだ。
領家の嫡男、嫡女が長期、あるいは危険な任務に赴く際には、愛用する武器を領主である父親から受け取ることが習わしとなっている。
「健闘を祈る」
フォルスから手渡されたタルワールを、ソレイユは腰へと携帯した。
習わしは終えた。いよいよ出立の時だ。
「それでは、参りましょうか」




