32 赤き狼の群
「ヤスミンだったか。歳は?」
「今年で16歳になります」
遠目にソレイユ達の調査を見守りながら、ニュクスは暇潰しに他愛ない話題をヤスミンに振る。
「俺の一つ下か。あまり変わらんな」
「そうなんですか? 失礼ながら、あなたはもっと年上かと思っていました」
「ニュクスだ。年齢の割に老けて見えるとはよく言われるな」
出会った頃のリスも似たような事を言っていたなと思い、ニュクスは苦笑いを浮かべた。
「すみません。お気に障ったのなら謝ります」
「おっとすまない。別に気を悪くしたわけじゃないんだ。ちょっとした思い出し笑いだ」
「はあ」
「それと、別に敬語じゃなくてもいい」
「そういうわけにはいきません。ソレイユ様の臣下のお方ですから」
「俺はお嬢さんに力を貸しているだけで臣下とは少し違う。高貴な身分ってわけでもないから、そんなにかしこまる必要はないよ」
堅苦しいのは苦手なので、同年代のヤスミンにはため口を聞かれた方がありがたいのだが、そう都合よくはいかないらしい。
「いえ、敬意は変わりません。キャラバン隊や村のために、こうして現地を訪れてくださったのですから」
「真面目だな」
「……普通ですよ」
「そうか」
生き方が違えば当然考え方や振る舞いも変わって来る。無理意地することでもないだろうと思い、敬語に関してはそれ以上はとやかく言わなかった。
それよりも、ヤスミンの様子に対して気になる点が一つ。
「キャラバン隊に身内がいたのか?」
「……分かりますか?」
「その顔を見てればな。少なくとも、顔見知り程度の相手じゃないよな?」
正義感はもちろんあったのだろうが、誰よりも早く身内の安否を知りたい一心でヤスミンは名乗りを上げたのではとニュクスは考えていた。
「……五つ上の兄です。出稼ぎの仕事を終え、今朝村へ到着予定でした。兄は俺の親代わりでもあります」
「唯一の肉親か。覚悟はしておけよ」
惨状を見るにキャラバン隊の関係者の生存は絶望的だ。
現実を突きつけることは、ニュクスなりの優しさであった。
「分かっています。ここに来た時点で、淡い希望は捨てたつもりです」
「ならいい――」
労うようにヤスミンの方に優しく触れると、ニュクスは腰に帯剣していたククリナイフを握る。
「ヤスミン。戦闘経験は?」
「ありませんが?」
「分かった。だったら俺からあまり離れるなよ」
「どういう――」
ヤスミンの疑問を遮り、ニュクスは馬車の残骸を調べていたソレイユへ向かって叫ぶ。
「お嬢さん! お客様のお出ましだ」
「そのようですね」
ニュクスの叫ぶと同時に、ソレイユとクラージュもそれぞれの武器に手をかける。
次の瞬間。突如として4人の周辺に黒い影が落ち、その中から複数体の獣のシルエットが生まれ出てきた。
影から生まれたのは、発達した大顎と鋭い牙を持つ、真っ赤な体毛の大柄な狼。
常にその身に空腹感を宿し、人肉に対して異常なまでの執着を持つ暴食の魔物――エリュトン・リュコスだ。出現数は全部で13体。
掃除屋とも称されるこの魔物が出現したとなれば、キャラバン隊関係者の遺体が肉片一つ見つからぬ理由には一応の説明がつく。
しかし、奇妙な点が一つ。
「一体どこから現れた!」
飛びかかって来たエリュトン・リュコスを、クラージュはタワーシールドで殴りつけて吹き飛ばす。
通常の狼よりも大柄で虎に匹敵するサイズの魔物だが、硬質な盾とクラージュの剛腕の前では、まるで空洞の人形のようだ。
「影から突然湧いて出たように見えましたね」
背後から飛びかかって来た一体を、ソレイユは抜刀と同時に顎から尻までを両断した。生物的な死を迎えた瞬間、エリュトン・リュコスの姿は黒い塊となり、そのまま霧散した。
「クラージュ。見ましたか?」
「……信じがたいですが、骸を残さず消滅したように見えました」
邪神の血より生れ出た異形の存在とはいえ、魔物は一つの生物として確かに自然界に存在する。死ねば骸となるし、それはやがて腐敗し土へと還る。自然の摂理は魔物に対しても適用されているはずだった。
それが今回はどうだ。何もない場所から突如として生まれ出たと思えば、死した瞬間、跡形もなく霧散する。
このような事態は、これまでに幾度となく魔物と戦ってきたソレイユやクラージュにとっても初めての経験だった。
「疑問を抱くのは後にしましょう。先ずは火の粉を払わないと」
「そうですね」
さらに数を増した赤き狼の群が4人に迫る。
「エリュトン・リュコスか」
噛みかかって来た一体の首を、ニュクスは冷静に両断する。瞬間、エリュトン・リュコスの姿は黒く霧散した。
「間違いないな」
ソレイユ達とは異なり、魔物が霧散して消滅する光景にニュクスは覚えがあった。
他でもない、自身の所属している組織に関係する事柄だからだ。
「お嬢さん。こいつらは召喚術で呼び出された魔物たちだ。このままやりあっててもたぶんキリが無いぞ」
「召喚術……そんな術式が?」
ニュクスの方は見ず、タルワールでエリュトン・リュコスを両断しながら疑問を返す。
「細かい説明は省くが、邪神の血肉から魔物が湧き上がるプロセスを再現し、召喚した魔物を意のままに操る魔術ってのが数年前に開発されていてな。魔物は召喚者の魔力が持続する限り湧き続ける。現状を打破するには、召喚者自身をどうにかするしかない」
「うわああああ!」
「おっと」
ヤスミンに噛みつこうとしたエリュトン・リュコスの頭部を柄で一撃し粉砕。続けざまにコートに仕込んでいたダガーナイフを抜き放ち、今にも飛びかかろうとしている一体の眉間を射抜く。焦りはない。まだまだ余裕だ。
「召喚者は近くにいるのでしょうか?」
「そのはずだ。召喚術は強力だが効果範囲が狭い。少なくとも、俺達の動向が伺える位置から魔物を操っているはずだ」
「なるほど、それなら勝機はありそうですね」
「ああ、俺達なら楽勝だ――」
「うわっ!」
ニュクスは噛みつかれそうになったヤスミンの服を掴み、無理やり引き寄せ回避させた。それとほぼ同時に馬車の残骸の方からソレイユとクラージュが合流し、ヤスミンに噛みつこうとした個体はクラージュのバトルアックスに頭を潰された。
「ニュクス。召喚者の潜んでいる場所は分かりますか?」
「だいたいは。長年の経験で物陰に潜んでいる人間を探すのは得意だ」
「私もだいたいの位置は把握出来ました。私達がしぶといので焦ってきたのでしょう。殺気を隠せなくなってきているようです」
「便利な能力だな」
「あまり褒めないでください。ところで、召喚者の数は何人と考えていますか?」
「4人」
「同意見です。間違いなさそうですね」
ソレイユの殺意を敏感に感じ取る能力。それは就寝時以外でも有効なようだ。潜んでいる相手を見つけ出せるならば、攻めの能力としても有用だ。
「2人任せても?」
「俺一人で4人やってもいいんだぜ?」
「分担した方が早く終わりますから」
背中合わせに会話を交わし、それぞれに迫った魔物を同時に両断する。
「クラージュ。一分間この場でヤスミンを守ってあげて。その間に私とニュクスで召喚者を倒します」
「承知しました。この命に代えても」
「駄目よ。あなたも絶対生き残って」
「御意に」
気合十分にクラージュは二体のエリュトン・リュコスを同時に両断し、もう一体はタワーシールドをハンマーのように振り下ろして骨ごと粉砕した。
その間にニュクスが、クラージュとヤスミンの間に割って入ろうとした個体を切り伏せ、ヤスミンの逃げ道を確保する。
「ヤスミン殿。私の側を決して離れぬように」
「は、はい!」
合流したヤスミンを背に庇いながら、クラージュは飛びかかって来る魔物を次々と叩き伏せていく。
「行きましょう!」
「了解だ」
ソレイユは平原の西側、ニュクスは北側へ、それぞれ同時に駆け出した。




