31 ヴェール平原へ
「お待ちしておりました」
「ご無沙汰しています。フィグ村長」
ルミエール領の南――カキの村に到着した一行を、白い顎髭を蓄えた老齢のフィグ村長を始めとした、十数名の村人が出迎えた。カキの村は人口200名に満たない小村だが、特産品である柿は貴族階級にも愛好されており、王都などから買い付けに訪れる商人が多い事でも知られている。
「ソレイユ様自らお越しいただけるとは、ありがたいことです」
「領内で起こった大事ですから。放ってはおけません」
村民たちを安心させるために笑顔でそう告げると、ソレイユはヴェール平原へと伸びる道へと視線を移す。
「ヴェール平原はこの先ですね」
「はい。村の勇士数名で確認したところ、ここから6キロ進んだ高台の近くに、壊れた馬車と散乱する積荷、それと……人のものと思われる大量の血痕を発見いたしました。二次被害の可能性を考え、捜索等は行わず、以降は全ての村民を村内に留まらせています」
「懸命な判断です。魔物にしろ野盗にしろ、危険な存在が平原に潜んでいる可能性が高いですから。後は我々にお任せください」
「キャラバン隊には、村に帰省予定だった若い衆も乗り合わせておりました……家族たちは彼らの安否を知りたがっている。どうか、よろしくお願いいたします」
「全力を尽くします……ですが、覚悟はしておいてください」
「はい……」
現場の状況を考えれば、キャラバン隊は全滅したとして見て間違いない。野盗の襲撃ならば何らかの意図で居合わせた人間を生かしておく可能性もあるが、食欲に忠実な魔物の襲撃だとすれば、生存の可能性は限りなく低いだろう。遺体の一部でも回収出来れば幸運なレベルだ。
村民たちもそのことは理解している。それでも、家族を思えばこそ希望を抱かずにはいられない。
「どなたか現場へ案内していただけませんか? もちろん身の安全は保障します」
村民たちが思案の表情を浮かべる中、一人の男性が真っ先に名乗りを上げた。短髪の黒髪と日焼けした健康的な肌が印象的な、10代半ばくらいの少年だ。
「俺が案内します。一度現場の確認にも行っているので場所は把握済みです」
「ありがとう。お名前は?」
「ヤスミンと申します。ソレイユ様のご案内役、身に余る光栄です」
「そんなにかしこまらなくても大丈夫よ。よろしくね、ヤスミン」
「は、はい」
緊張した面持ちのヤスミンの手を取り、ソレイユが微笑んだ。
「リス。あなたは念のため村で待機していて。私達がヴェール平原を探索している最中に、村が襲撃される可能性もあるから」
「お任せください。魔物でも野盗でも、村を襲撃する者があれば魔術で蹴散らしてやります」
詠唱無しで魔術を放てるリスは、隙も少なく防衛に向いている。既存のメンバーを考えれば妥当な人選だろう。
「クラージュとニュクスは私と共に現場の捜索へ。ヤスミンの安全を第一に考えてあげて」
「了解しました」
「了解だ」
クラージュは背筋をシャンと伸ばして力強く答え、ニュクスは対照的に気怠そうに頷いた。
「こちらが馬車の残骸が見つかった場所です」
馬を駆る一行は、ヤスミンの案内でフィール平原の高台近くへと到着した。
辺りには馬車の破片が散乱。車輪は軸ごとへし折れており、かなりの衝撃が馬車を襲ったことが見て取れる。周辺には積荷と思われる、割れた葡萄酒の瓶や衣服。護衛の傭兵が所持していたと思われる、サーベルや槍などの装備品などがぶちまけられていた。
「……酷い」
所々で人間の物と思われる血液が血の海を形成していた。遺体を含めて人影らしき物は確認出来ないが、血だまりには衣服の一部らしき切れ端や、ネックレスや指輪といった装飾品が沈んでいる。余計な物は吐き出したということなのかもしれない。
「肉片一つ見当たりませんが、この血の量を見れば生存は絶望的ですね」
少し離れた位置にヤスミンと護衛にニュクスを置き、ソレイユはクラージュと二人で散乱する残骸や血だまりを調べていく。ヤスミンと距離を置いたのは、案内役としてここまでやってきたとはいえ、まだ若い彼が現場の惨状を間近で見て、取り乱さないとも限らないからだ。
「物資を狙った野盗の仕業でしょうか?」
「その割には積荷は持ち去っていないし、遺体が残っていないのは不自然ね。商人や乗客、護衛の傭兵たち。かなりの人数がキャラバン隊にはいたはず。絶対とは言い切れないけど、野盗なら遺体はその場に捨て置く可能性が高いと思う」
「となると、やはり犠牲者は皆魔物に食いつくされた可能性が高いですね。しかし、魔物どもに車輪の軸を折って馬車の足を止めるような知性があるかは正直疑問です。護衛の傭兵たちも、それなりの場数を踏んだ腕利きだったでしょうし。もちろん、偶然が悪い方に重なったという可能性も否定は出来ませんが」
「謎は多いですが……何者の仕業にせよ、許してはおけませんね」
血だまりに沈む家族写真の入ったロケットを拾い上げ、ソレイユが怒りに声を震わせた。