29 夜襲
「ルミエール領か。話に聞いていた通り、何もない田舎だな」
ルミエール領の南、ヴェール平原の高台に、黒いローブを目深にかぶった怪しげな一団の姿があった。
正体はアマルティア教団アルカンシエル支部所属の正規部隊の一つ。アリスィダ神父率いる特殊戦術部隊だ。
構成員はアリスィダ神父を含め7名と少数だが、戦闘時の戦力はそれを遥かに上回る。
これを可能とするのは、アマルティア教団に属する魔術師にしか扱えない特殊な術式あってのことだ。
「これだけ自然の多い地ならば魔物の生息数も多いだろうに、よくもまあ平和を維持し続けられるものだ。確か領主は不在なのであろう?」
「はい。領主フォルス・ルミエールは、シュトゥルム帝国対策会議のメンバーとして王都へ招集されております。人員不足の中、今はフォルスの娘が領主代行として公務の傍ら、臣下たちと共に治安維持にあたっているそうです」
「健気ですね。頑張り屋のお嬢さんには申し訳ないが、平和が続くのもあとほんの少しの間だけだ」
高笑いを上げたアリスィダに同調し、部下の魔術師達も笑う。
黒づくめの男達の集団的な笑いは、怪しげな儀式の一部と見紛ってしまいそうだ。
「四桁は喰らわせたいところだが、この片田舎にそれだけの人間がいるかね?」
「推定人口8000人ですから、隅々まで喰らい尽くせば何とかなるでしょう」
「たったの8000か。私達が去ると同時にルミエール領は壊滅だな」
決して大袈裟な数字ではない。アリスィダ神父達が行おうとしている行為は、それだけの被害を出す可能性が十分にある。
ましてやここは、自然豊かで魔物の生息数の多いルミエール領内なのだから。
「アリスィダ様。あれを」
「おやおや、贄の方からこちらへ向かってきてくれるとは」
アリスィダ神父達の目に止まったのは、近くの村へと行商へ向かうキャラバン隊であった。キャラバン隊は馬車五台の大所帯で、後続の二台には積荷ではなく十数名の旅行者を乗せている。
魔物の頻出する地域では、キャラバン隊が有料で行商先の地域まで人を運ぶサービスを行っている。傭兵が護衛するキャラバン隊を利用しての移動はとても安全であり、荷物と一緒に大勢の人間を運ぶのは決して珍しいことではない。
キャラバン隊の人数は商人が8名。護衛として雇われた傭兵団の人間が10名。キャラバンを利用した旅行者が17名である。
舞台は周辺に民家や人影一つ見当たらないひらけた平原。一番近い村でも5キロ以上離れており、異常が起こったとしても、すぐさま治安維持の戦力が駈けつけることはない。
襲撃の第一弾として、キャラバン隊は恰好の獲物であった。
「諸君。仕事の時間だ」
アリスィダ神父の号令の下、ローブを纏った6人の男が一斉に高台を駆け下り、キャラバン隊の進路上へと立ち塞がった。
「襲撃だ! 馬車を止めろ」
先頭を馬で駆けていた髭面の傭兵団団長が、馬車を操るキャラバン隊の一員に指示を出した。別動隊が存在する可能性もあるので、襲撃の際は全体の動きを停止。傭兵団が障害を取り除いてから進行を再開するのがいつもの流れであった。
「野盗にしては奇異な装いだな。大人しく退くなら命までは奪わんが、5秒以内に道を空けないなら容赦なく切り伏せるぞ」
団長の忠告と同時に他の傭兵たちも抜刀し戦闘に備える。
これまでに数多くの魔物の襲撃を退けてきた腕利きの傭兵達。たかだか数名の人間の襲撃など、襲るるに足りないはずだった。
「怖い怖い。野蛮さが体中から染み出している」
嘲るような薄ら笑いを浮かべ、ローブの男達の後方から禿頭のアリスィダ神父が姿を現す。
手には、表紙に珪線石の埋め込まれた黒い書物を手にしている。それを目にして、戦いのプロである男達は警戒を強めた。魔術の効果や威力は多種多様。一般的な武器とは異なり、少人数相手だからといって油断は出来ない。
「魔術師の一団か」
「魔術師ではない。偉大なる邪神様に仕えし兵士だ」
「これは――」
アリスィダ神父が宣言した瞬間、草原の風を切る獣の咆哮が周囲に響き渡った。




