54 仮面の奥
大勢が集まるには図書室では物も多く手狭なので、一行は待機場所を別館のホールへと移していた。出入り口付近は念のため近衛騎士のカプトヴィエルとコゼットが固め(カプトヴィエルはコゼットの治癒魔術である程度は回復)、中央では屋敷付きの医師と治癒魔術を扱えるリスが、負傷者の治療にあたっていた。
医師の他にも、ホール内にはビーンシュトック邸の使用人達が集められている。幸いなことに使用人達には被害が及ばず全員無事であった。屋敷をまとめるリュリュは不幸中の幸いに感謝し、使用人一人一人に労いの言葉をかけていた。
見回りに出ていたウーとファルコも戻って来たので、現在ホール内には、屋敷内の全員が集合していることになる。
「ソ、ソレイユ! 本当に大丈夫なの?」
「そう心配そうな顔をしないでペルル。この程度、大した傷じゃない」
リスによる処置を受けているソレイユへ、青ざめた顔のペルルが寄り添った。ブラウスが派手に血で染まっているのでペルルが不安がるのも無理ないが、見た目に反して傷の程度はそこまで深くはない。ソレイユは苦笑顔でペルルのことを宥めている。
「そのご様子だと、相手はかなりの強者だったようですね」
見回りから戻った直後のファルコが、報告も兼ねてソレイユへ問い掛ける。深手でなかったとはいえ、ソレイユがそう何度も負傷を許すとは思えない。相手がソレイユの反応速度を上回る強敵だったことは想像に難くない。
「恐ろしく速い相手でした。撤退を許してしまいましたし、勝利と言えるかどうかは怪しいところですね。屋敷内の様子はどうでしたか?」
「伏兵は確認出来ず。教団の暗殺部隊を完全に退けたと見て間違いなさそうですね。王族暗殺を謀るなど、何とも豪胆なことです」
「……やはり、アマルティア教団の犯行なのですよね」
ファルコの報告に、ソレイユよりも早く隣のリスが反応した。怪我人の治療にあたりながらも、リスは何やら引っかかっている様子でずっと思案顔を浮かべていた。
「ファルコさんは教団の関与にいつ気づいたんですか?」
「確信を持ったのは君達と別れ、屋根で教団のアサシンと対峙した時だけど、それがどうかしたかい?」
「図書室で私達に事情を説明した際は、教団の名前は出しませんでしたよね?」
「そうだね。まだ確信は無かったし、賊の襲撃を告げただけで教団の関与の可能性には触れていない」
「私も覚えています。確かにその時点では賊の襲撃があったとだけ」
その場にはペルルも居合わせていた。ファルコの発言を肯定し、頷いている。
「……考えすぎだとは思うのですが、一つ気になっていることがあって」
「リス?」
「コゼットさんが書庫へ到着した際のことなのですが――」
戸惑いの表情を見せながらも、リスは自身の感じている違和感について主君のソレイユへ語り始めた。
「レーブ、怖い思いをさせて済まなかったな。脅威は去った。もう大丈夫だ」
「流石はシエル兄さまです! 心から尊敬いたします」
「皆の活躍あってこそだ。俺一人の活躍などたかが知れている」
これは謙遜ではなく本心だ。カプトヴィエルやソレイユがいなければ、こうして無事にこの場に立っていなかったかもしれない。ソレイユに王子としてとるべき行動を説かれたこともあり、反省こそしても己惚れる気にはとてもなれない。
「レーブこそ立派だったぞ。このような状況下であっても、不安を抱えるペルルを励まし続けてくれたと聞いている」
「当然のことをしたまでです……だけど、本心ではとても怖かったです」
「恐怖を感じるのは当然だ。己を律し、強くあろうとしたその心こそが立派だ」
「ありがとうございます、シエル兄さま」
緊張の糸が切れたのだろう。気丈に振る舞っていたレーブは年相応の少年らしく、不安を発散させるようにシエルへと力強く抱き付こうとする。
「もう大丈夫だぞ、レーブ」
幼い弟の不安を和らげてあげるべく、シエルは優しくその体を抱き留めようとしたが、
「シエル兄さまは本当にお優しい……そういうところが大好きです」
「シエル! 気を付けて」
ソレイユの叫びが、咄嗟にシエルに回避行動を取らせた。
「レーブ……何を?」
凶刃をかわしきれず、シエルの右脇腹に裂傷が刻まれる。禍々しい形状をした短剣を握ったレーブの表情には、これまで一度も目にしたことのない、狂気に満ちた冷笑が浮かんでいる。
「不甲斐ない暗殺者どもに代わって、僕自身の手で目的を達成しようというだけのことですよ」
「何を……言っているんだ?」
「察しが悪い。いや、お優しいシエル兄さまのことだ。認めたくないだけですかね。僕はアマルティア教団の暗殺部隊と内通し、王子暗殺の機会を伺っておりました」
「……お前が、内通者?」
「はい。此度の暗殺対象に僕は含まれていません。標的だったのは王都に在中のフィエルテ兄さまとシエル兄さまのお二方だけです」
美少年のルックスと礼儀正しい態度。それに不釣り合いな物騒な言葉の数々。
相反する二つの面が、突如発生した事態の異質さを何よりも物語っている。




