夜空
今日も町は暗い。町を包む雰囲気が暗いのではなく文字通りの意味だった。彼が生まれたときから太陽は一度も昇ったことがなかった。
彼は何日もかけて読んでいた本を読み終え、その本に書かれていたことを実践しに町の外へ向かった。窓から漏れるオレンジの光は、彼に内心の微笑を与えた。彼は今までの人生をただ無難にすごしていただけの人物だったが、美しいものに関しては、人一倍強く、そして世の大多数の人間に受け入れられないであろう性質を持った執着心に支配されていた。
町が遠くなり、一つの大きな光のように見えた。彼はその光景に対して、もちろん関心がなかったわけではないが、背を向けて空を見上げていた。つい先ほど彼が読み終えた本は、彼が父親から貰ったとても古いものだった。真っ黒な背景に、眩い光を放つ星々がくらくらするほど描かれた表紙が目印だった。星座やなんかが、わかりやすい親切な解説とともに彼の目を惹いた。しかし、彼が空を見上げてもただ厖大な黒が広がるだけだった。彼はやはり見えないか、とうなだれ、諦めをつけて町へ向かって足先を向けた。そのとき、町のほうから、ひとつの白い光が彼に向かって歩んでいるのが見えた。
近づいてくるのにつれて、だんだんと光っているものがはっきりしてきた。それはただ人の形をしていた。彼はまさかこんなところに人がくるとは思っていなかったのと、その光景の美しさに圧倒されて、足を踏み出すことができないでいた。
「こんなところで何をやっているの?」
不意にそんな言葉がかけられた。彼は見惚れていて気づかなかったが、彼女はもうすぐそこにいた。なんて答えようか必死に考えていると、痺れを切らしたのか、もう一言かけられた。
「もしかして、星見に来たの?」
図星だ。
「私も好きなんだよね、ここから見える夜空」
なんだそれ、見えるわけないのに。そんな言葉が口をついて出そうになったが、言うのはやめにした。
「俺も嫌いじゃないよ」
黒色の上で光の群れが瞬いているのが見えた。
彼女は自分が本で学んだことをここで得たものとして目を輝かせて語り、それは自分を喜ばせた。そうして、丸い大きな光が傾いたころ、彼女は
「私もう帰らなきゃ。少し喋りすぎちゃったわ。あなた、帰る時は気をつけてね」
といって、来た時と同じように、一つの光となって町の大きな光に吸い込まれていった。その光が完全に町の一部になったとき、彼の心にはふつふつと沸き起こる欲があった。もう空は、前と同じように黒く塗りつぶされていた。




