第72話 本当の気持ち 1
今回は約束の時間を少し過ぎてしまい申し訳ないです。『本当の気持ち』1をお届けします。
彼が出した大事な気持ちのお話です。
どうぞ最後まで宜しくお願い致します。
いつもと変わりのない朝。
朝の食卓へ降りて行くと母親の有風のおはようの声が聞こえて来る。背中越しに言ってるので顔は見られていないがその声に朝の挨拶を返す。その横でこちらを振り返る彼女の姿が目に入る。「お早う御座います。座って待ってて下さいね」笑顔で迎えてくれる彼女の笑顔はいつもどおり輝いていた。
しかし一つ違っていた物が有った。
それが胸に閊えて彼女の笑顔を少し見つめてしまっていた。
彼女が昨日、夜中にモニターに向かって答えていた姿。「帰ります」の言葉が頭から離れなかった。
朝起きて顔を合わしてもブリュンヒルデは何も言っては居なかった。
いつもと同じようにテーブルについて向かいの席に座っている。何気ない笑い話をするといつもの彼女の笑顔だった。いつもと同じ明るい顔で笑っていた。
ふと昨日の事は何かの聞き間違いかなとも思う。若しくは聞き間違いでなくても、帰るのはもっと先の事だったのかも知れない。だから彼女は何も言わないのかも知れない。すぐ帰らなければまだ話す必要などないから……。
しかしそれでも彼女が帰る事をずっと先だからという理由で言わないでおけるだろうかと考えてしまう。
何でも正直に話す彼女が自分に話さないで済ます筈はまず無いと思う。だからきっと何かの間違いだったと思うのだった。聞き間違い。そうなのだ。きっと聞き間違いだったのだ。そう思っては居なかったが何処かでそう思い込みたかったのかも知れない。
そこで思考を遮断して彼女の笑顔を見てみる。その彼の仕草に「何ですか?」という顔を彼女がしてくる。やはり彼女の笑顔は素敵だ。何度見てもいつまで見ていても飽きる事無く美人で素敵で愛らしい。
どこかで美人は飽きると聞いた事があるがアレは嘘だと思った。心の綺麗な美人は飽きることが無い。断言できる。だってここにその『飽きの来ない美人』が居るのだから。いつまで見ていても飽きる事はない『女神』と言う美人。ああアレは普通の人間の話だったのかな? そんな事を思いながら、不思議そうに彼の視線に首を傾げる彼女を見ていた。いつもと変わらぬ朝だった。
学校でも普通に過ごしていた。
「昨日はお母様は在宅だったのですかね? ああ、そうですの。なら良かったですわ。昨日は芹那さんが一緒だったので安心でしたが、今日も在宅なのかは疑わしいから……」
朝の商店街であって一緒に来て説明したというのに、学校について芹那と顔を合わすなり、また一晩二人っきりで過ごした話を上げる。いったいどうなってるんだと言うのか。困った顔でアテナを見る。
「何度も言ったけど向こう10年くらいそんな事はもう起きないから。それに二人っきりと言っても映画見て、ゲームするくらいなんだから。ねぇ?」そう言うとブリュンヒルデに同意を求める。笑って彼女も頷くのだった。「ちょっと手は握られましたが、ゲームでしたから仕方ないです」
「何?」
「手を握ったですって?」
ブリュンヒルデが小さな声で呟いた声に芹那とアテナが揃って反応した。ブリュンヒルデは手を擦りながら痛かったような仕草をする。
「なんてこと言うんだ……」
血相を変えて胸倉を掴む芹那に、彼の腕を後ろへ締め上げるアテナ。面白がって「鬼畜」と囁いて笑ってる呪歌と供に、教室ではいつもの風景と周りの者も机をづらして気にもしていない状況だ。その様子を「なんで彼がこんなに虐められるのだろう?」と言う顔で見つめてるブリュンヒルデが傍で止めようとしている。
なんとも騒がしいいつもの風景。
「これのどこが普通の風景なんだ」
そんな事を思いながら面白がってやってる芹那と呪歌やアテナの顔を見てるといつもの風景だなと一人思っているのだった。それを見てるブリュンヒルデも楽しそう。そんな彼女の顔を見てるのがやはり一番楽しい。
判らないがあの時も感じた想いが不意に蘇ってくる。
家で自分の肩に頭を乗せた彼女の寝顔を見た時に感じた物――――。
『こんな幸せは、無い』
本当にそうだなと思った。彼女の笑顔を見ていたら、本当に心の底からそう思うのだった。
「なんだか今日は大人しいですわね。何かあったのかしら?」
昼休み、アテナとブリュンヒルデと3人でお弁当を食べているとアテナが不意に言って来た。
「なんで、そんな事ないですよ」
不思議に思ってアテナに尋ねる。大人しい? そんな事有っただろうかと考えてみる。
「いや、なんでも無いなら良いですが。気のせいか何か考えてるような顔をしていたから」
さして気にもしてないようにアテナがぶっきらぼうに答えてくる。
しかし少し心配してるのは顔をわざと背けたので判る。
「いやそんな事は無いよ……」
アテナに頭を掻きながら答えてみる。でもやっぱりそうだったのだろうか? いつの間にか昨日の夜中に聞いた彼女の言葉を思い出してしまうのだった。
彼女が帰ってしまうと言っていた事。
自分の傍から居なくなってしまうと言う。現実を――――。
いや彼女が何も言わないで帰ることなど無いと思った。
これ程までに正直な彼女が、帰るなんていう重大な事を言わないなんてありえない。決まれば真っ先に言ってくれる筈だと思っている。それ程までに自分は彼女の事を判っていたし、信用もしていた。
しかし、言えない理由も有るのかも知れない。神界の決まり事とか戒律などがあるとか……。
ひょっとしたら帰ってしまって、後から彼女の記憶を消されてしまうのではないかとの思いも過ぎった。
言えないから、そのまま帰ってしまって、神様の力で記憶を消させる? それだけは避けねばならない。もし帰らなければいけない運命でも、彼女の記憶だけは残して貰わないと。そしていつか帰ってきた時に笑って迎えられるようにしておかないといけない。
しかし考えれば考える程、彼女が居なくなってしまうなんて考えられなかった。振り返れば、今もこうして目の前に居てくれるブリュン。彼女が居ない毎日なんて耐えられるのかと考えてしまう。恐らく耐えられないだろう。毎日起きて朝の用意をしながら振り返る彼女。学校に出かける時。電車で話すとき。アテナや芹那と学校で居る時の彼女の姿を思う。レヴィアタンで働き、一緒に帰る夜の道も、忘れら得ないだろう。そしてあの日の事も――――。
それは忘れられない物なのだ。だからきっと記憶を消すことだけは避けなければならなかった。
しかしそれを知る事無く記憶を消されるかも知れないが。
だが、同時に彼女が帰るのも引きとめてはいけないかもとの気持ちもあった。
あの日突然に地上に降りて来て、自分の為に来てくれたと知ったのだ。フェンリルを退治してその後はすぐ帰らなければいけないと言っていたのに、わがままな願いを彼女は何かの細工をして残ってくれたのだ。しかしきっと残れるのは少しの間と言っていた。その期限が来たと言うことなのだろう。彼女もあの時帰らなければ行けないと確かに言っていたのだ。残るのは無理なのだと言う事だったのだ。
行ってしまうなら、こんなにも一緒に居なければ良かったかも――――。
不意にそんな考えが浮かんで慌ててそれを否定した。
そんな事は断じて無い。彼女が居た事や彼女と交わした言葉は何よりも大切な事だったからである。彼女の話す姿やその笑顔に何度素敵な気持ちにして貰っただろうと考える。
だからもし本当に帰る事になったのなら、その時は笑って見送ってあげなければ行けないと思うのだった。
それがいつも笑顔にしてくれた彼女への恩返しだと思った。
もしも帰ると決まってしまって居た時である。
そう思うと、お弁当の残りを急いで食べ終わるのであった。
そんな様子をブリュンヒルデが黙って見つめている事も知らずに……。
リストランテレヴィアタンを出ての夜の帰り道。
まだ残って働いているガブリエルやアテナやフェンリルを振り返りながら商店街を手を振って歩いて行く。みんなには申し訳ないと思いながら家に向かう道を歩き出すのであった。
少し歩いて路地を曲がる。そこからは住宅街にさしかかる一本道で、表では多少人通りもあるがそこを曲がると極めて少なくなる場所だった。
街頭も少なくなり、急に静かになる場所。自分が居なければブリュンヒルデを歩かせられないなと考えた。ああ、でもブリュンならそんな場合は魔法で勝てるか? しかしそんな考えも持つが、実際そうなっても一人歩きはさせる事は無いだろうなと一人考えて笑ってしまった。
そんな様子を横から見ていた彼女が不思議そうに覗き込む。
「何かおかしな事が有ったのですか?」
「え、何?」
不意に顔を覗き込まれて聞き返す。なんだか彼女は楽しそうに笑っていた。
「だって蒼さまが一人で笑ってるから……」
何気ない言葉の端にも優しさが込められている。その優しげな表情はやはりいつもの彼女だった。いつも傍に居て優しい気持ちにさせてくれる彼女の本当の優しさ。自分が笑ってる事や、考えてる事を常に気にかけて居てくれる。今も少し笑っただけなのだ。見ていてくれなければこんな風には気付かない筈だから。
「こんな暗くて寂しい場所、一人では歩かせられないな……と思ったんだ、今ね。しかしその後直ぐに思ったんだよ、『ああ、でもブリュンなら魔法で勝てるだろうな、どんな相手でも人間なら』って思ったら笑ってしまって……」正直に答えていた。人間ならって言うのは少し脚色したけど……。
「確かにそうですが。あ、酷いですね。怪物でも一人でも大丈夫ですが……」そこまで言って何かを思い当たったらしいのだ。「でも駄目ですかね。女性としてはおしとやかにしないと嫌われてしまいますかね?」
そんな事を真剣に聞いてくるブリュンヒルデ。
本当に面白い事を言うなと考える。なんでも真剣に、いつも自分の気持ちとかを考えてくれて――――。
彼女のその優しさを十分に感じた事である気持ちが湧いてきた。本当は言いたく無かったが、言わなければいけないと考えていたから。
そう思って彼は立ち止まって言うのだった。
「僕大丈夫だと思うよ」
「え?」
その言葉を聞いて彼女も立ち止まった。
「ブリュンが帰っても、一人で我慢できると思うよ」
彼女の事を振り返らずに言った言葉を、ブリュンヒルデはじっと黙って聞いていた――――。
前回までの話が嘘の様に寂しい話になってしまいますが、決めていた事なのでここまで来てしまいました。この先も読んで頂けたらきっと判って貰えるのでこのエピソードの最後まで宜しくお願いします。
しかし少しづつでもブックマークも増える日もあり、書いていて良かったと想いますので、更に登録貰える様頑張りたいと思います。
あと、次の更新は2/10の火曜の24時を目標に頑張りたいと思います。今後も読んで面白かったと思って貰えるように頑張りたいと思いますので、どうか応援宜しくお願い致します!




