第70話 近づけない二人 5
※注意事項です。本日は『近づけない二人』の『5』『6』の2回連続更新しています。こちらがその1本目ですので、ご注意下さい。
前回もやったのですが今日も早く書きあがったと言う事で先に更新してみました。『近づけない二人』の最終回の5をお届けします。しかし今回の話は少し転機が訪れます。本当に今回のラストにコレで良かったのかと悩んだのですが……。
どうぞ最後まで宜しくお願い致します。スミマセンm(__)m。
最大の局面を迎えた最終戦争は、今や悪魔側の勝利で幕を閉じようとしていた。
今目の前には手を着いて馬乗りになったブリュンヒルデがこちらを見ている。
レースゲームのコーナーを曲がる時、思わず力が入りすぎて身体もそのまま回転していた。一瞬抜かれると思ったが上手くブロックして自分の車はインコースをキープできたのだ。しかし、それを良しとしない彼女は強引に切り込もうとして、彼女の身体ごとスピンをしたのである。
スピンをして、今は蒼の上に馬乗りになって居たのであった。
彼女が彼の顔をじっと見つめ恥ずかしそうに見下ろしていた。
その途端、一回は帰還していた百万の愛のキューピッドの皆様が、またしても力の限り振り絞った弓を再度射掛けてきたのだ。全て命中! この攻撃に耐えられる男は居るわけがない。彼の両の眼が彼女の美しい顔に釘付けになってしまった。
気がつくと地獄の方に帰った悪魔の皆様もいつの間にか彼の周りに返ってきていた。その数、5百万では最早きかない。彼らもうっかりブリュンヒルデの美貌に見とれてしまっている。
少し落ちた照明に彼女の頬が照らされていた。お風呂上りでまだ少し濡れている髪が彼の足元に垂れて光っている。ほんのりと石鹸の良いにおいが辺りを包んでいた。
照れくさそうに、それで居てゲームに熱中しすぎてなってしまった事がおかしくも有り、なんだか笑ってるような目で彼をみている。
「すみません。思わず抜かせると思ったのでハンドルを切り過ぎちゃいました。隠してるのですが、負けず嫌いが顔を出しちゃいましたね?」
そう言って肩をすくめて笑う。彼女の笑顔に心が止めようもないほど、痛くなってきた。
無邪気に笑いながら彼の身体にそっと手をかけて降りようとする。しかし、その手を握って離せなくなってしまった。
「え?」――――。
驚いたように顔を上げて彼を見てきた。しかし、無意識に握った手を振りほどく事はしない。
黙ってソファーに背中を預けている彼の眼をじっと彼女も見つめていた。お互いに黙って、何も言わない。周りで彼を応援していてガチャガチャと武器を言わせていた悪魔の軍勢の皆様も、ここは勝負どころと二人の世界を固唾を呑んで見守っていた。
静まり返った部屋の中――――。
ゲームの終了した映像の灯りだけが、蒼とブリュンヒルデの顔を色とりどりに照らしている。しかしそんな灯りで明滅している事など二人には判ろう筈も無いくらい、二人はお互いの顔を見つめる事しか出来なかったのである。お互いの目。お互いの唇。ふと笑うようなくるくると変わる表情。戸惑うような、苦しいような気持ちが、何度も何度も表情に表れてくる。しかし、それでもその手を離したくないと彼の伸ばした手を、ブリュンヒルデもそっと包み返してきていた。
お互いの気持ちはどうなのか。
言葉では伝えられない物も、いつの間にか物言わぬ身体は、行動で示そうとしていた。けれどそれを判らない思考は置き去りに、勝手に動き出した心も、彼女を放したくないと力を入れてしまったのである。
「蒼さま。痛いです……」
彼女の腕を掴んだ彼の手をそっと離させる。けれど怒ってなど居ない顔で、彼女はふっと目を伏せる。むしろその痛みは嬉しいような、切ないような痛みかもしれない。
「あ、いけない。僕は何をしてるんだろう?」心の中では行けない事とそう思うのだが、しかしそれを素直に止める事が出来ない。腕から引き剥がされた手を再び追うように握り返してしまう。一瞬、むっとした顔をして彼女が見た。しかしそれも怒っていない。まるで喜んでるような表情なのだ。『ダメですよ』という表情を作り、すっと手を引いて彼の追いかける手をすり抜けた。
しかし、いけない!
再び彼女が彼の上から降りようと身体を動かすと、パジャマの胸元から中が見えそうになってしまうのだった。あ、またいけない! も、もう少しで見えそうになってしまう。
身体をよじって彼女が後ろに下がっていく様をみていると、四つんばいで移動する彼女の豊満なバストが首元の穴から見えそうになるのである。ああダメだやっぱり。彼女は下着を着けてないんだ。なんでお風呂に入った後の若い男との二人きりの夜に、そうゆう事が判らないのか?! ま、そうゆう心配を最初からする女性では無いことは知ってるが、これはあまりにも無謀すぎるのでは無いでしょうか、神様仏様……。そんな事を思いながら心の中で滝のような涙を流す。
いやダメだ、見てはいけない。そんな事をしたら彼女に信用されなくなってしまう。頭を振りながらそんな不埒な考えを追い出そうとする。横ではその彼の行動を見て悪魔の軍勢が思い思いの野次を飛ばす。「おい、見たいんだろ? 見たいなら自分に正直に見ろ。男だろ!」
そうですね。見たいものは……と、また傾きそうになる気持ちを、再度、ひれ伏す。その様子に合わせて、横に取り囲んでいる悪魔の軍勢も彼を褒めたり、一緒にひれ伏したり。なんだか悪魔達も忙しそうだ。
「しかし見たいけど、見てはいけないから……」そう思いながら亀の首のように無理やり首だけ伸ばして、彼女の胸元の隙間に照準を合わせようとした時であった。
不意に彼女の顔が目の前に迫って来たのだった。思わぬ彼女の先制攻撃にもう成すすべも無く、彼はそっと目を瞑るのであった――――。
「何かおかしな事が有ると思ったら、顔が赤いですね? 熱が有るのでしょうか?」
気がつくと、彼女の迫った顔が少し通り過ぎて彼のおでこにくっついた。
驚いて目を開ける。彼女の少し上気した顔がまったく距離もなく密着してそこにあった。もうだめだ! 少し下を見たら角度的に彼女の首もとから何かが見えてきて――――。
「やっぱりですね。顔が赤いと思ったら、熱が有るみたいです。熱を下げるお薬は……っと?」
彼女がそこまで呟いて下を見ると、そこにはあまりの衝撃に頭から湯気を出して目を回してる彼が倒れてるのであった。
何かの冷たい物が頭に触れた感触でビクッと起きる。「うん、ここは何処だろうか。何で僕は寝てるのか?」
そんな事を思いながら目を開けると、そこには心配そうに見つめる彼女の顔。「あれ、なんで僕は頭にタオルを載せてもらってるのだろうか。熱でも出たのかな?……」っとそこまで考えた時には、急速に記憶が戻って来るのであった。そうだ、さっき僕に彼女が熱を測るために近づいて来て――――。
あまりにも危険な記憶が脳裏に蘇ってきて、急いでソファーから飛びのいてしまった。身体に掛かって居た布団が宙を舞う。そんな姿を不思議そうに彼女が見つめていた。
「あれ、お風呂に入ったばかりでしたから風邪を引かれたかれたのかと思いましたが。大丈夫ですか?」そう言うと心配そうに彼を見つめる。しかし大丈夫じゃない。本当はもっと凄い物に襲われて、今にも命を取られそうになっていた……なんて言えないので、「大丈夫、大丈夫」と意味も無く愛想よく答えるのであった。本心を聞かれると非常にやばいので、そこは物凄く愛想よく接するのであった。
元気になったと無理に納得させると、ゲームをすると興奮するので(?)また映画の残りを見ようという事になった。
「コーヒーが冷めてしまったので淹れ直して来ますね」
また一緒に見られると上機嫌で台所に向かう彼女を目で追う。そんな姿を見てるとさっきの状況が思い出されてなんだか恥ずかしくなってくる。また並んで映画を見るが今度は冷静でいようと心に誓う。「もっとオラに力をわけてくれ」情け無い事を思いながら、心の中で手を合わせた。
映画が始まって二人並んでソファーに座っていた。
映画はもう終盤に差しかって居たみたいだが、はっきり言って先ほどの騒ぎで見ていなかったのでだいぶ戻って見る事にした。どうも彼女はかなり始まりに近いあたりから記憶が無かった為である。映画を見るのも、やはり男女では見てるポイントが違う物だ。こうゆうファンタジー物は少し退屈らしいと言うことが彼にも判った。
「でね、さっきは寝てたみたいだから質問できなかったけど、この狼みたいな動物って本当に居たのかな……」
15分ほどして出てきたオークを載せる動物を指差してきいてみる。なんせこの映画は彼女の故郷を題材に作ってる物なのだ。さっきから聞きたいと思っていたので質問する。言ったとおり彼女はさっきは寝ていたので聞けなかったからである。
しかし今度も彼女からの返事は無かった。
気が付けば彼女はまた深い眠りについていた。それも今度は彼の肩に頭まで載せている。いつの間にそんな体勢になったのか。しかし考えても仕方ない。彼女はさっきも思ったが1人で料理やら買い物やらで疲れていたのである。それになんだか心なしかさっきより気持ち良さそうに眠ってるのだ。それがどれほど幸せなことかとしみじみと思ってしまった。
思えばこの地上に来て一人で判らない土地で一生懸命に自分の傍に居てくれる彼女を、自分は本当にこれほどまでに幸せな気持ちにして上がられた事が有るのだろうか?
不意に胸を締め付けられるような痛みを覚え彼女の顔をじっと見る。
それでも自分は彼女と一緒に居たいと心から思っていた。こんな気持ちになるなんて出会った時は判らなかったと1人考える。
傍に居てくれるだけでこれ程までに幸せと思える人――――。生まれて初めて感じる想いだった。
それ以上の気持ちをこの先も持っていられるのかな。
心の中にそんな問いが広がった。しかし、今より凄い気持ちになる事は考えるまでも無かった。今目の前に居る彼女と居ればこんなにも幸せなのだから。一緒に居られたらもっと幸せな気持ちで居られるに決まってる。
「…………」
足元に落ちた布団と毛布を引っ張って、彼女にかける。ううんっと動いた彼女の顔がまた一段と可愛かった。
「こんな幸せな事、無いよね?」
返事のない彼女の顔を眺めて、いつまでもその幸せに浸っているのであった……。
最後まで読んで頂けて有難う御座います。
続いて更新の次話に続きます。
どうぞそちらで今回のお話は終了します。
どうぞそちらまで宜しくお願い致します。




