第7話 僕の女神が微笑むとき 7
長くなりましたが、ここで1話の終わりです。
最後まで読んで頂けると嬉しいです。
空に消える赤いポッドの点が見えなくなるのを蒼と鎧の女神が笑って見送っていた。
「こうゆう事だったのですね……?」
蒼の問いかけに、鎧の女神は空に浮かびながら首をかしげた。
「いや、急に僕のほうに来たから……その」
しかし、蒼の言葉に彼女は何の事だか分からず、小首をかしげて上を指差した。
「あのままだと、私達空の彼方に強制送還される所でした。……でも、無事回避!」
そう言うと、嬉しそうにガッツポーズを取るのであった。
「あ――。落ちます……」
蒼が鎧の彼女の腕から落ちそうになって慌ててしがみつく。
「だけど、私が来たからにはもう大丈夫です。なんたって私は『勝利の女神』の戦女神ですから!」
「へぇ……」蒼は感心したように彼女を見つめた。「『ヴァルキュリア』さんって言うんですか?」
「いえ、それは名前じゃなくて……」
そこまで彼女が言おうとした時、二人の視界の端に空に広がった黒い影が実体化した姿が見えた。
「どうやら、私の話をしてる場合じゃ無いようですね……」
蒼とヴァルキュリアと名乗った彼女は、そこに浮かぶ黒い影の正体を見た。
「私の名はフェンリル。これより地上の英雄とおぼしき男と、そのヴァルキュリアを殲滅する。覚悟しろ……」
「…………」
だが、蒼もヴァルキュリアの彼女もそこで、空に浮かぶ地上の殲滅を宣言した相手を見ていた。
それもその筈、そこに浮かんでこちらを見てるのは、見かけは中学生ぐらいの小さな女の子なのであったから。
「……フェンリル?」
いや、本人がフェンリルって言ってるのだからそうなのかも知れないが、どうみてもその姿はオーディンをも飲み込むと言われてる狼のフェンリルとはかけ離れていた。かろうじてそう見えるのは、蒼灰色の髪の毛が狼のように逆立っている事だけだろうか。
蒼もヴァルキュリアの彼女も、その姿を見てあっけにとられていた。
「このタコやろう、なんだその顔は。私の姿がかなり雲間に見えた時と迫力が違いすぎるからって、だいぶ馬鹿にしてるだろう、その顔は!?」
自分を見つめる二人の様子を見たフェンリルは、心を読んだかのようなコメントをしながら、手に持った杖を振り回して怒鳴りだした。よほど馬鹿にされたのが悔しいのか、顔が真っ赤である。
しかし、それでも反撃できる材料を思いついたのか、気を取り直して手の持った杖を蒼たちに向けるのであった。
「フーン。だがな、そんな事は百も承知なのだ、これも作戦のうち。久しぶりのミッドガルドなので、少し見栄えにもこだわって来てみただけなんだ! お望みならば元に戻って戦ってやっても良いが、それもあまりにも可愛げが無いので、今日はこのヴァナルガンドでお前達を一瞬で飲み込んでやるからそう思えっ!」
負け惜しみにしか聞こえないが、その可愛いフェンリルは、杖を前に出して蒼とヴァルキュリアの彼女に攻撃を仕掛けるそぶりをしたのだった。
「危ないかも知れない。どうしますか、この剣で戦えば良いでしょうか……?」―――― 蒼は背中の剣の柄に手をかけてヴァルキュリアの彼女に聞いた見た。「戦い方は知らないんですが……はは」情け無い顔で言う。
フェンリルは杖の頭をこちらに向けると狼の顔の形になっていて、口を大きく開けて辺りの空気を吸い込み始めるのであった。
すると、それを見ても落ち着いている彼女は、楯を持っていないほうの手で蒼に待てをすると、フェンリルに近づいていくのであった。
「えっ、何をするのだ? このヴァナルガンドはオーディンをも飲み込む事が出来る程の……」
スパッ!!
しかし、平然と近づいてくるヴァルキュリアの彼女は、ヴァナルガンドの説明途中で、そのフェンリルの持つ杖の狼の頭の上半分を持っていた槍で切り落としてしまうのだった。
「エエーーッ!?」
その光景に、蒼とフェンリルが目を飛び出させる。
当のヴァナルガンドも口の下半分だけになり、ガクガク顎を動かしてる始末。
「うわっ! なんて事しやがんだこのヴァルキュリア風情が、この杖高かったんだぞ、どうしてくれんだっっ!?」
フェンリルはあまりのショックに初め何も言えなかったが、やっと言葉を発する所まで頭がまわると、気を取り直してヴァルキュリアの彼女に怒鳴り散らすのであった。
「分かった、分かったっ! そこまであたしの事バカにするなら、これから元の姿に戻って、決着つけてやるからそこを動くなっ!」
もう相当怒ってるのか、顔を真っ赤にしてまくし立てると、フェンリルは変身をしようと構えた時であった。
蒼がついに相手が本気で来るのか?……と身体に力を入れてフェンリルを見ると、ヴァルキュリアの彼女は、また不意にフェンリルの前まで歩いて進んで腕を大きく振り被るのであった……。
カーーーーーン!
「なんて事しやがんだーーーーっ!」
すると、そのまま右アッパーをフェンリルに炸裂させると、フェンリルの姿は遥か空の彼方に飛んでいき、蒼の目には見えないところで消えてしまうのであった。
「!」
蒼は、そのヴァルキュリアの彼女の細い腕の何処に、そんな豪快な力が隠されてるのか目を見開いて驚いていた。
「あースッキリしました、ああ言うのが一番嫌いなんです、私! 色々言って本気で戦わないタイプ。たぶん、今の感触ならヨトゥンへイムまで飛んで行ったと思います! あーこれでひと安心です」
彼女は嬉そうにそう言うと、蒼を持ったまま肩を振り回して蒼を慌てさせた。
「ああっすみません。私ったらすっかりフェンリルなんて言うから、凄い強いのかと思って、少し本気出そうと緊張してたみたいです。……すみません」
慌ててしがみつく彼の顔を見ると、蒼もその彼女の明るい言葉に少しホッとしたように笑うのであった。
「あ……」
見上げれば、空が明るく雲が急速に晴れて来て、日差しも戻ってくるのが見て取れるのであった。
蒼が安心した顔でヴァルキュリアの彼女に聞いてみる。
「有難う。……これで、もう『世界の終末』は大丈夫になっちゃいましたか?」
「はい。もう大丈夫だと思いますっ!」そう言うと、彼女は肩をすくめて蒼の顔を見て笑った。「かなり本気で殴っておきましたので、また来る時は私が相手と分かったら少しは考えるでしょうね!」
二人でそう言って笑いあった時、蒼が改めて勇気を振り絞って言ってみた。
「僕は蒼と言いますが、そのぉ、ヴァルキュリアさんの名前を聞きたいのですが……」
蒼は、そう言うと恥ずかしくてまともに彼女の美しい顔が見れなくて、下を向いてしまった。
ドクン!
――すると、彼女もそんな蒼の仕草に胸がギュッと締め付けられるようなそんな変な衝撃に襲われるのであった。
「何?」―――― 胸が急に苦しくなったようなその衝動で、思わず彼女も顔を赤くなってしまった。
そんな事は始めてで、彼女もどうして良いか分からず、思わず顔を見られないように両手で顔を隠してしまった。
「あれ……?」
急に彼女の傍で蒼の身体が地上目掛けて落ち始めると、蒼は今まで忘れていたが、物凄い雲もあるような上空に浮いて戦っていたのであった。
「!」
眼下に広がるのは米粒よりも小さく見える山や、海だった。
それを目掛けて落ちていく蒼を、手に持ってないことに気づいた彼女が直ぐ様降りて行って抱きとめる……。
「え……?」
自分の身体を戦女神だという彼女が抱きしめてくれて、目の前に彼女の美しい顔がほんの数ミリの所にあった。その顔が自分を見て優しく微笑んでくれている。抱きしめてくれた身体から伝わる温度はどこか陽の光のような暖かな物だった。気が付けばこの世のものとは思えないような香しい花の香りに包まれているような感じがする。その中をまるでスローモーションのようにゆっくりと回りながら空の中を降りて行くのだった。
まるで世界の全てが止まったような幸せなひと時だった。優しく包まれるような彼女の腕に抱きしめられて目を離すことが出来なかった。
その一瞬の出来事が永遠に、永遠に彼には感じられて――――。
「ごめんなさい……私ったら、急に変な感じがした物だから手が滑ってしまって。申し送れましたが、私の名前はブリュンヒルデと言います。今後とも……」
そこまで言ったブリュンヒルデが自分の腕の中の彼を見て、クスリと微笑むのであった。
「……って言っても聞こえてないか、勇敢な戦士さまは」
すると彼女の腕の中ではいつの間にか疲れ果てて気絶した蒼が、彼女に抱えられたまま地上にゆっくりと降りていくのであった…………。
やっと、フェンリル実体化しました(笑)。長かったです。
それと、『地上の英雄』は何もして無いのでは?……という疑問が湧くと思いますが、まさにその通りです^^;。
これには、きっと作者にも判らない深い理由がこの先に有ると思いますので、今はそのままで気長にお待ち頂けたらと思います。
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