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第5話 僕の女神が微笑むとき  5

 蒼が見上げると、灰色の雲の中に獣の頭みたいな影が見えていた。


 その影が、それを口にしたのはすぐに分かった。その声を聞いた途端に稲妻が幾本も走り、地上に落ちたのだから。

 落ちた地帯の建物が大きく破壊され、火が上がっていた。


「こうしては居られない、今自分が見た光景を早く警察に知らせないと――。家に帰らないと母さんも無事だろうか?」


 蒼は一遍に頭に浮かんだ嫌な予感を振り払うかのように、その場から走り出した。



 だが、走りだしてすぐにその考えが変わりそうになっていた。

 空き地のある路地を曲がり商店街を走っていると、家路を急いでいる子供連れの人も買い物帰りの年配の人も居るのだが、その人々の顔があまり急いで居るようには見えなかったのだから。


 どうしたんだ? ――――みんなはあの声を聞いてないのか!?


 まさかとは思うが、確かにあの場所だから蒼には聞こえたのかも知れないが、蒼は、走りながらその事をみんなに知らせるべきか考えたが、そうすればパニックになる方が心配だったので、警察に知らせる方が早いと考えた。


 それと、母さんが家に居るかどうかだ。


 先ずは家に向かうべきと蒼は急いで家に向かった。




 商店街から全力で家に駆け上がると、家の中を母親の姿を探したが何処にも無かった。慌てて玄関に戻ると母親の靴はあった。家の中には居るのだが……?。

 蒼は何かを思いついたように急いで2階に向かって階段を上がりかけた時、上から声がして蒼は階上を見るのだった。


「何そんなに慌てて家の中走ってるの?あ、洗濯物を取りに上がろうとしてくれたのかしら、有難う。雨が降りそうだったから、母さんも走って帰ってきたのよ……。早く帰ってきてくれて有難う」


 見上げれば、両手いっぱいの洗濯物を母親の神憑かみつき 有風あるふが持って階段を前も見えずに降りようとしていた。

「あっ!」―――― 案の定、話しながら階段を降りようとして、落ちそうになって蒼に助けられるのだった。


「毎回言ってるけど、こんなに持って降りたらダメだって! 危ないっていつも言ってるだろ、母さん!」―――― 蒼は、母親を洗濯物ごと反対側から受け止めて

階段を落下するのを食い止めるのであった。


「へへ、だって一度に運ばないと面倒じゃない?」


 そう笑う有風の顔が、ふいに洗濯物の影からヒョイと現れるのだった。



「帰る前に何か変な声は空から聞こえなかった?」


 蒼は洗濯物を下ろすなり台所へ向かう母親の背中に聞いてみた。


「何の事……? 何か商店街で変なお菓子屋さんがスーパーの前に出てて、お隣の奥さんとケンカしたって話は聞いたけど……?」


 有風は蒼の聞いた例の不気味な声は、どうも聞いた様子も無かった。

 それは帰ってきた時からいつもと変わらない声でなんとなく分かったが、確かめようと聞いたのだった。


 そして、今さっきから見ているテレビのニュースにも、それらしき物は写ってなかった。


 どこも夕方のニュースの時間なのだが、チャンネルを変え続けたが、全くその話は無かったのである。

 ただ、雷が珍しく街中に落ちたので、消防車が大勢出動してるとテレビも伝えてるのは確認できた。その為、ヘリコプターも空をだいぶ飛んでるのが音で分かった。


「報道規制とか言うのが引かれてるのか……? それとも、まだ気づいてないのか?」


蒼は、今は知ってる者が少ないなら自分が知らせる義務があると思い付き、急いで受話器を取るのだった。



「だからー、君、何を言ってるんだね?そんな話は何処からも着てないよ!悪戯なんかすると消防署でも君を警察に通報することがあるよ!今は雷の災害で緊急で忙しいのにそんな話に付き合ってる暇は無いんだよ。分かるねっ!」


 ひと通り説明したが、消防署でも取り合ってくれなかった。

 その前に掛けた警察でも似たような対応だった。

 悪戯でも逮捕する事が出来ると! 怒られたばかりだったのだから。


「蒼~、どうしたの。どこに電話掛けてるの~?」―――― 奥で夕飯の仕度を始めた母親が聞いてきた。


 テレビの音で詳しくは聞こえていないようだったが、蒼の電話での真剣な様子は何か変わったことがあったと、おっとりした蒼の母親でも感じていたのである。


 どこからもそんな話は来ていない?

 とぼけて、パニックになるのを避けてるのか?。


 蒼は、思い直して携帯電話の国連の電話番号を探しだした。そこに掛けたら最後にするつもりだった。


 チーーン。


 1分後、蒼は国連の受話器を持ったまま、『そんな悪戯電話をする人間を許さない! 』――と激しく言う電話の向こうに、立ち上がって何度も頭を下げて謝ってるのであった。


 本当に、聞こえて無いのか、誰にも……?。


 蒼は、受話器を持ったままそんな事を考えていた。


 警察も消防も、国連までも誰も知らないの一点張りだった。隠してるのなら、自分にこれほど言うのかってくらいに言って来たが、それも嘘のような感じは無かった。どこからもそんな話は着てないと同じように言ってたのも、嘘に聞こえなかった要因だった。

 母親も、誰も、この事は聞いてないのだろう。テレビでもこの話は触れていない。恐らく報道規制か何かという事もあるだろう。しかし、連絡をして来た自分をここまで否定するのだろうか? もし、真実なら少しは反応も違うのではないのか? ―――― 蒼はそこまで考えて、ある可能性に行き当たった。

 

 まさか――自分だけしか聞こえてないとしたら?。


 蒼は、ついに考えたくない結論に突き当たっていた。


 もし、そうならどうするべきなのだろうか……?

 どこかで、誰かが聞いてたかもしれないが、この事実を町の人に言っても、恐らく聞いてないから警察を呼ばれるだけなのは、もう想像がつく……。

 何をすれば……?。


 中空を見つめる蒼の目に、玄関の置いたあの剣が飛び込んで来た。


 あの剣を持ったいうのが原因ではないのか?。


「”英雄”になれる特典みたいに言われたけど、まさか、これを持って僕が戦うなんて事、無いよね?」


 蒼は不意にそんな事を思い着いていた。


「自分で家族を守れと、神様が言ってるのかな? ……はは」


 蒼は、その時初めて自分の運命が物凄い凶運なのだと、改めて思ったのであった。








「いけません、あなた様の発進命令は出ていません。地上への勝手な干渉は重大な規則違反になります。どうか、ハッチを閉めてお静かにお戻り下さい!!」


 風が吹きすさぶ通路みたいな場所に、スピーカーの声が鳴り響く。

 その制止しようとする声に、先ほどの地上の事を見ていた長い髪の彼女が、壁にある取っ手のような物を掴んで立っていた。

 見れば、先ほどと違う重厚な鎧のような物を身体に着けている。


「そんな悠長な事を言ってる場合ですか!? 私が出ると後で報告しといて下さい。追って神々にも連絡が有るでしょう。先ずは先鋒で出るので、連絡お願いしますっ!!」


 楯と槍を手に携えて、彼女は前傾姿勢になりながらその声を無視して用意を続行していく。


「何を言ってるのですか? いくら神々の王の娘である、あなた様のお願いでもそれは聞けませんっ! 後に残る私達の身にもなって下さい! きっと今にトール様や、他の方が向かいますので……」


 オペレーターらしい女の子の声がだんだん泣き声に聞こえて来る。


「それに、多分防御の壁も抜けれないと思います。ビフレストからはヘイムダル様が見張ってるので通れないでしょうから……。危険な事はお考えにならないで下さい!!」


 先ほどの女の子よりは落ちついた感じの他のオペレーターが彼女に駆け引きに出てきた。

 しかし、そんな制止にも彼女は辞める様子はなかった。


「何を悠長な事を言ってるのです。あのフェンリルが地上に戦線布告したのですよ!。今、地上に止めるすべも無いというのに、私達が止めないでどうするのですかそれに――――」


 彼女は鳥の翼を象った兜に長い髪をしまいながらそう言った。


「それに、ヘイムダル様なら来週のスイーツのご馳走を約束したら、見逃してくれる事になってるから、大丈夫と思うので」


 彼女はそう言って両手を合わせると、いきなり光の速さでハッチの外に射出されるのであった。


「行ってらっしゃ~い……」


 虹の橋ビフレストの物凄い高い位置にある袂から、橋の中央を凄い勢いで飛んでいく彼女の姿を手を振ってヘイムダルが見送るのであった……。







「何をやっているのか、誰が地上のフェンリルの所へ向かったのか? ……いや待て―――― 今、見えた」


先ほど長い髪の彼女が飛び立つのを止められなかったオペレーターの女の子達の元に、何処からともなく重い声の連絡が入ったきた。


やはりもうバレてる……。そんな顔をして、オペレーターの女の子が目をつむって肩をすくめた。


「お止めしたのですが、もう準備して止める事も出来ず……申し訳御座いません」


悲しそうな声で報告をする。何事も無いようにとお祈りするポーズをした。


「…………」


オペレーターの報告に、相手は無言で宮殿の中を白い衣服を着替えながら歩いて居た。

白い背広に白いズボン……。

その服を脱いで暖炉の中に入れると、燃える炎を見ながら着替えた重厚そうなガウンに袖を通して、玉座にゆっくりと腰掛けるのだった。


「神々をイザヴェルに召集してくれ……。フェンリルの暴挙を止める者を決めねばなるまい。それと、先に行った者を地上に付く所で強制回収用のヘルフレイムを出しておいてくれるか」


男の声に大きく返事をすると、自分達の処分に触れなかった事を両側にいるオペレーター同士で喜び合った時だった。


「あと、お前達には1ヶ月の夜間勤務を命じる……。処分は無いと思ったのなら、悪く思うな」


喜んで手を取り合った数名だったが、その遅れてきた連絡に肩をガックリ落とした彼女等が、ふて腐れたように返事を返すのであった……。








 母親の心配顔を他所に蒼は家でその剣を背中に背負いなおした。


 これから、恐らく自分が空に浮かんでいた、あの巨大な影の正体と戦わないと行けないのだと、思ったのだった。


『≪世界の終末が来た≫』と、言っていたような気がする。


『≪従わない者は、皆殺しにするから覚悟しろ≫』とも言っていたような気がした。


 つまり、この世界はここで終わりを迎えると宣言したのだと、蒼は考えていた。


 何年か前に、二回ほどそう言う本や、映画などで、この世の終わりが来ると騒いだ事が有ったような気がした。

 その時読んだ本で書いてあったのは、預言書とか言う類のものは、世紀の終わりごろに大騒ぎになる事があって、1000年前の10世紀が終わる時にも大騒ぎはあったらしいのだ。一部だが。そして、何処かの暦とかでも、解釈や、終わりの記述など無いと言う見解が実は多数と読んだ事があった。

 調べれば、他の神話やその他の終末論など多数の記録があるというが、それはいつの事を指してるかも分からないと言う……。


 だから、今までは何処かで、そういう物は実際には起こらないだろうと考えていたのだ。ううん、考えても居なかったような気がする。自分の生きてるうちには起こらないだろうと、そんな風に思っていたのである。きっと、大丈夫と。


 だが、実際はそれは来たのだった。


 それも、よりによってこんな剣を自分が手にした時に、あの影を見たのである。


 『英雄になれるのが特典』――――


 お姉さんが剣を持って行けと言った時の言葉が思い出される。


 正に、自分は相当な凶運なのだ。この世の不幸を一心に背負って生まれてきたのかも知れない、と蒼は数瞬考えた。

 だが、自分にはこんなにも素晴らしい家族が居てくれたと、その思いが間違いだと、直ぐ様否定したのである。


 こんな自分に何が出来るというのか……?


 考えても、蒼には何も浮かばなかった。


 運動も特別得意でないし、頭も取り立てて良い所もないし、得意な事もない、強いてあげれば、想像することが少し好きなぐらいで、後はなんの特別な事も出来なかった。

 なのに、何故、こんな事が起こったのか……?


 蒼は、何度も、同じ質問を頭の中で繰り返していた……。



 母親の質問を軽く返して、「また何かのコスプレなの?」と言われる言葉を背中に聞きながら、蒼は、自分の家の外に出てみた。


 見上げたそこに、あの黒い雲がさっきよりも大きく、そして、はっきりと何かの生き物の形になりつつあるのが分かった。まるで、犬か何かの形に。

 時折、それが動いたような気がするのは、蒼の気のせいだったのだろうか?

 まるで、眼もあり、口も開いて、今にも動き出そうとしてるように見えた。


「≪もう覚悟は出来たか、人間ども。あと少しの時を持って、我が身体は全て実体化する。その時が、お前等の最後の時だ……≫」


 その時、声が再び聞こえてきた。

 やはり、実体化する為に、多少の時間が掛かっていたのだ。


 だが、それでも、誰一人として、空を見上げる人は居ないのだ。やはり思ったとおり、自分だけが、この剣を貰い受けた自分だけが、あの空の怪物を見定める事が出来るのだろうと、蒼は理解したのだった。


 これも運命なのだと、蒼が思った時だった。


「≪うん?待て。ここに聖剣を持つ者が居るのか?それも、グラムか?。あの聖剣グラムを持つ勇者が何故ここに居るのか?……≫」


 雲の中で黒い影が不意に動いて蒼の方向を見たような気がした。

 こちらを見ている。

 目の形は光を宿していなかったが、確かに蒼の居る場所を見ているように見えた。


「これが、聖剣グラム?」――――


 蒼はその背にした、大振りの剣を見つめた。

 それが、聖剣グラムと言う剣なのか……?。それで、斃せるのか分からないが、あの黒い影の声がそう言ってるのが聞こえた。


「≪だが、その剣とて私を斃せる剣では無いわ。ま、良い余興にはなるであろうから、相手してやろうか……?≫」


 再び、そう言って影が笑ったような気がした。


 蒼は覚悟した。

 やはり、自分が戦わなければいけないと、確信したのだ。


 しかし、この剣を知っていると言う事は、この剣を持つ自分を攻撃してくると言ってるのだと気がついた。

 こんな街中で、あんな化け物みたいな巨大な物が降りてきようものなら、この辺り一面、一瞬にして踏み潰されて校庭のグラウンドみたいになってしまう。


 それは不味過ぎる。


 そんなことしたら、ご近所さんになんて苦情が来るか分からない。

 それだけは避けなければ行けないので、急遽戦える広い場所は無いか考えた。


 有った! 一箇所だけあった。

 西の学校の裏手の丘に上に、少し開けた場所があったのだ。あそこなら、結構広くて、また、高い場所にあるため、回りからはあまり見えないかも知れなかった ―――― 蒼は、そこまで考えたら、急いで自転車にのって駆け出していた。


「≪何処に行こうというのか、人間の勇者よ? まあ良い。どこに行こうと私は探し出せる。あと少しの辛抱だ。待っていろ……≫」


 そう呟くと、その黒い影は高らかに笑い声を上げるのであった……。







「分かりました。そのように伝えて、それでもダメなら、ご命令通り強制回収の拘束用ヘルフレイムを使います」


 通信された命令を繰り返し、オペレーターの女の子は、席をぐるりと回し皆の方へ向き直った。

 マイクのスイッチを入れて通信を行う。


「聞こえますでしょうか? お嬢様。今、お父様である神々の王オーディン様のご命令をお伝えいたします。地上のフェンリル侵攻の条約違反は、雷神トール様他数名で当たるという事なので、速やかにご帰還願います。ご命令に従えない場合は、厳罰が下される事が予想される為、直ちに命令に従って下さい……」


「あーあー、こちらは凄い風でそちらの声はあまり聞こえてませんが――――。私の声、聞こえてますか?」


 すると、通信される側の鎧をつけて飛び立った先程の女戦士の女性は、物凄い風の中を滑空しながら、兜の中のスピーカーの声に答えるのであった。


 しかし、通信室の女の子たちのところには感度良好な声が聞こえてる。


「お嬢様、聞こえないフリしてもこちらの声が聞こえてるのは分かってますから、下手な芝居はやめて下さい。こっちはもう罰が決定したので、これ以上重くならないようになるべく早く戻って下さい。お願いします」


 オペレーターの女の子はだいぶ期限が悪そうな冗談なのかそんな声で答えてきた。


「……」―――― 髪の長い鎧の女性は雲の中を物凄い速度で突き進みながら押し黙った。「ごめんね。帰ったら、埋め合わせするから、みんな……」


 みんなと呼ばれた通信室の女の子も、隣の子と顔を見合わせて、少し笑いあった。皆もその長い髪の女性の事を本当は好きな事が分かる。


「けれど、もう私は止められない。もうすぐ地上に着きますので……ごめんなさい」


 髪をなびかせながら雲間を落下する彼女が言ってくる。

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