第4話 僕の女神が微笑むとき 4
第4話 僕の女神が微笑むとき 4
見ていると、この世界は好きだった。
あちこちで、戦争や争い事が耐えない場所もあるが、その一方で他人の苦しみに気付き、人の為に働く者や、他人の心の悲しみに寄り添おうとする素敵な人も居る……。
人間とは、なんて素敵な生き物なんだろうと、彼女は一人心のどこかで思っていた。
彼女は、大きな樹の前にいた。そして、その根元にある泉の縁に座り、長い髪を肩に戻して、中を覗くように見ていた。
そこに今も、泉に写る者が人を助ける所を見た。助けてもらった人が感謝して頭を何度も何度も下げる所を見ていた。
様々な所、様々な世界がそこからは見渡せた……。
すると、ふと見た世界に一人の青年が居た。
その彼が歩道橋の階段を降りてくると、下からゆっくり上がってくるお婆さんとすれ違って後ろを振り返った。お婆さんの荷物の多さに目を向けていた。
何かが彼の足を止めていた。
すると、もう一度彼は階段を戻りお婆さんの荷物を手にとってにっこり笑ってそう言うのが聞こえた。
「僕が持ちますよ……」
誰も見てない所で、この世界の人は人の悲しみや苦しみを見て、それを分かち合おうとしている。
良いですよ――と断るお婆さんに彼は何度もやりますと、伝えて荷物を持ち上げた。
「二人で持てば重さも半分になりますから」
その青年の笑顔は素晴らしかった。それが”人間”という種族の素晴らしさだとその時思った。
……と、彼女が思っていると歩道橋を渡りきった所でお礼を言うのかと思ったら、お婆さんが何やら騒ぎ出して目の前のお米屋さんも飛び出してきて、あらよあらよと言う間に数人に人だかりが出来てしまっていた。
誰が呼んだのか最後には、警察官までが来て、彼を怒り始めた。
「なんでだろう……。彼は良い事をしたのに?」
良い事をしたら、感謝されるだろうと思っていたが、それが今回は起こらなかった。
試しに彼の運命パラメータを見てみることにした。彼女の目の前に何かの彼の行動とその時の状況が映像で浮かび上がっていた。
彼のその前の時間にも、車に轢かれそうになったり、犬に吠え掛かられたりと、あまり良い事は無かった。そして、その前も、その前の日も――――、見れば見るほど、悪い運命。
「なんだろう。なんでこの青年の運命だけこんなに悪いの……?」
彼女はもう一度彼のその姿を泉の中に見つめた。
泉の中に写る彼は、警察官に文句を言われながら、困り顔をしているのであった。
人は”運命”によって生活している。
それを変えるのは、余程のことが無い限り難しい。
けれど、それを変えるほどの努力と情熱を持った者だけが、運命を書き換えて切り開いて行けるのだ。
しかし、彼にはそれは到底無理そうな人だった。こうして見ていても良い事をしたのに報われず、挙句の果てに悪い事へ変換されているのに、それでもそれを恨まないで、『仕方ない』――と受け入れてしまってるのだから。
彼女は、見る事はしなかったが彼がこの先迎えるであろう運命が不憫でならなかった。
「受け入れないで自分でなんとかしないと……」
彼女の心にそんな気持ちが浮かんだ時だった。
!
すると、彼女の耳にもそれは聞こえて来るのであった。
闇の底から聞こえて来る黒い禍々しい程の重苦しい獣のような声が。
「≪良く聞け人間ども……。これから私がこの世界の王となる。従わない者は、皆殺しにするから覚悟しろ。世界の終末が来たため何者も抗えない運命と思って受け入れろ……≫」
その声を聞いた瞬間、サッと立ち上がった彼女の姿がそこから消えていた……。