第30話 風邪引き者の観察者 13
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教室に戻ると、授業中も既に芹那は席に着いて居た。
さっきの屋上での事は、芹那が子供の頃の話を捏造する暴挙で蒼も被害者ではあったが、本当は怒ってなど居なかった。
指輪をさせられて芹那に言われた『一生の約束』であっても、今までずっと一緒に居てくれた恩はいつも感じていたのだ。
それぐらいの事で蒼は芹那を怒る気など考えもしていなかった。
だが、芹那の方は実際は違った。
蒼が話しかけようと近づくと、一瞬だがこちらを見て顔を背けた。話しかけないでくれと、言ってるような仕草。
蒼は、それを見て芹那に話すことが出来なかった。
ブリュンヒルデとアテナもすっきりしない表情で、顔をしかめた。
午後の授業が終わり、帰りのホームルームも終わった。
休み時間にも話せなかった蒼は、すぐに芹那に話しかけようと振り返ったが、芹那はその場で席を立つのであった。まるで、蒼の様子が目に入ってないかのように。
やはり、表情は固い。
まだ、昼休みの自分の言った事を気にしているのか。いつも明るい芹那だからこそ、なんだか心配になる。
しかし、そんな事も有るだろうと蒼は思い直して、芹那に話しかけた。
「今日も送って行きたいんだけど、一緒にダメかな?」
昨日は頼まれて一緒に電車に乗った帰り道だが、機嫌の直らない芹那を今日は送ってあげたいと願い出てみる。自分が謝る事ではないかもしれないが、謝って済むのなら蒼の方から謝るくらいは良いと考えていた。それで、幼馴染の機嫌が直るなら、そのくらいお安い御用なのだと、考えて。
だが、芹那の表情は相変わらず曇ったままだった。
「私、部活出るから今日は一緒に帰れないよ」
立ち上がり、荷物に手をかけて芹那は静かに言い放った。
「さっきの事なら、私が悪かった。もう気にしてないから、ブリュンヒルデさんと明日からもお昼を食べて良いからね。私も、もう付き纏わないから……」
蒼を見下ろす目が冷たかった。
明らかに、ブリュンヒルデへの嫉妬と言うよりは蒼の想いへの怒りのような対応に、蒼はその場で固まってしまった。
怒らせるつもりなんか無かったのだ。
ただ、自分は本当の事を皆に知って貰いたかっただけで、芹那が自分にしてくれてる事へは感謝してる事には変わりないのだから。
「あ……」
その事だけは伝えたかったのだ。
けれども、そこへ現れた呪歌を見つけて、芹那は蒼の前を通過してしまった。
話しかけようとする蒼に、芹那は「さよなら」と一言だけ言って、呪歌の元へ歩いて行くのだった。
「さっきの事、怒ってたみたいですね。私が言って謝って来ても良いでしょうか、蒼さん?」
廊下に出て、呪歌の前を無言で進んで行く芹那を見ながらブリュンヒルデが呟いた。
その姿を目で追っていた蒼が諦めたように首を横に振る。
「それは止めた方が良くってよ、ブリュンヒルデ。貴方が行くと、もっと彼女のプライドが傷つきそうだから。今は放っとくしか無いと思うわ。彼女、相当誰かさんの事が大事みたいだから」
アテナが、皮肉交じりに言った言葉が、廊下を見つめる蒼の耳に痛かった。
見つめる先では、呪歌が話しも聞こえて無いのに、蒼がやった首を横に振る仕草を不思議な事に真似ていた。まるで、聞こえているかのようなタイミングでがっかりしてるような表情も真似てくる。
見ていると、いつまで経っても自分について来ない呪歌を迎えに来た芹那が、呪歌の首根っこを掴んで連れて行くのであった。
それをぼうっと眺めてる蒼が力なく頷いた。
「うん。ブリュンヒルデが行ったらきっと怒り出すか、今のあいつなら黙りこんで君にも酷い思いをさせるからね。僕が謝れば良いだけだから。だけど謝ろうにも今日は……」
そう呟くと、もう一度芹那の居なくなった廊下を見つめるのであった。
バスケ部の部室に入っても芹那は気分が晴れなかった。
ロッカールームに入って後輩の挨拶に言葉を返しても、心の中は蒼の言っていた台詞が頭の中で繰り返してた。
『間違った思い出話を言うのを止めにして欲しいよ』
蒼の言っていた言葉。
小さい頃の自分が蒼に『一生の約束』をした話しだ。ただ、告白したのが逆なだけである。普通は、男の子の蒼の方から言う筈の言葉が、自分の場合は反対になってるだけである。そんなの世間では良くある事ではないか。そりゃ力ずくで馬乗りに乗ってたのは悪かったと思うが、子供の頃の事なのだ、許してくれても良さそうじゃないか。
それなのに、蒼のヤツは……。
芹那はそんな事を考えながらロッカーに荷物を放り込む。
すると、何が問題なのか自分の周りでなんだか少しざわつく声が聞こえて来る。何だって言うんだ、今日はこんなに気分が悪い日だって言うのに……。
そんな事を考えていると、近くに居た後輩が恐る恐る鬼の形相を浮かべる芹那に言うのだった。
「先輩。あの、囁木先輩が……」
「え?」
指差すロッカーを見ると、芹那の荷物と供に呪歌がロッカーの中に投げ込まれてるのであった。
ロッカーの中で、呪歌がそっと手を上げて挨拶する。
「…………」
それを見て、芹那は呪歌の身体をロッカーから下ろすのであった。
朝から見て来たブリュンヒルデと蒼の事を考えていたので、いつの間にか手にしていた呪歌までロッカーに叩き込んでいたようだった。
自分でも、情け無いと芹那も思った。
部活の後輩達もそんな芹那の事を心配そうに見ている。
何しろ、芹那は次期キャプテンと言われてる人間なのであった。昨日も学校を休んだ事と具合の悪い為にもう一日休む事を顧問にわざわざ許可を取らなければ行けないくらいなのだ。それが、昼休みの屋上の失態もそうならあまつさえ学校の友人をロッカーに入れるなんて失態を今も後輩の目の前で演じてる。余程のショックな出来事だったのだと自分で宣伝してるようなものだった。
それも、昨日は転校生のアテナの事が気がかりで普通なら部活を取る所を蒼と帰ってしまったのだ。それすらも、芹那の中では失態の極みだったのである。何をやってるんだと、芹那は自問自答していた。
その日の部活はそれ程苦にはならなかった。
先日までの風邪の休みで鈍った身体にはきついが、本当は蒼の事を少しでも忘れられて有り難かったのかも知れなかったのだ。
忘れはしないが、それでもきつい練習でボールを追って走り通しだ。自然と、嫌な考えも浮かんで来なかった。
ただ、時折立ち止まった時に浮かんでくる考え――――。 蒼の事や今日現れた留学生のブリュンヒルデが、ホームステイで一つ屋根の下に住んでる事を考えると、何も無いとは言っても何かが嫌で堪らなかった。自分以外の人間が蒼の傍に居る事、それはやはり正直に嫌なのであった。蒼の傍で自分がずっと居たからそう思うのかも知れないが、それが、本当の気持ちなのだからしょうが無いのだ。
昨日、蒼の母親に言われた時になんだか嫌な予感がしたと思ったのだ。
だから、今日蒼に聞くのは本当は嫌だったのだと、芹那は思っていたのである。今日聞かなければ、あんな気持ちで聞かなければ、そのあとブリュンヒルデが入ってきた時にもこれほど惨めな気持ちにならなかったかも知れないのだから――――。
後悔ばかりが頭の中でぐるぐる回っていた。
そんな気持ちのまま、芹那は長い部活の時間をただ無意味に過ごすのであった。
最後まで読んで頂いて有難う御座います。
今日は、連続更新したいと思います。
 




