第3話 僕の女神が微笑むとき 3
蒼がその声の方を向いた。
声の上がった所を一斉に人だかりが割れてみると、そこにタンクトップ姿のゴツイ身体の男が立っている。
近くのトレーニングジムの筋肉自慢の人たちだった。
見れば、数人で固まって、みんなの注目を集めて居たのだが、さっきもたしかに挑戦していたのは見ていた。
しかし、それは知っていたが、自分が出来なかったからって、言いがかりをつけようなんて……。
手にいきなり痛みを感じると、好青年お兄さんが怒った様にそちらを睨みつけて、思わず蒼の手を握っていた手に力を込めたのが分かった。
「これ、まさか、何かのイベントだと思ってたら、オモチャの宣伝か何かなのか、それとも、どっきりとかのテレビなのか? そうか、どこかにカメラが居るんだな、オイッ!」
そう言うと、カメラを探して、辺りの人を押しながら人ごみの中を蒼に向かって来るのが見えた。
「なんだ、そのなのか?」
「本気にしちゃったよ……」
近くでそんな言葉が聞こえてきだした。
『そうか……、これ、何かのドッキリか何かか?』
言われるまでそんな事思わなかった。
そうか、そうだよな、こんな力の無い僕なんかが、出来る筈がない。あんな人たちが必死にやっても出来なかったこの剣を抜くのを、どうして力で適わない自分が出来る筈有るのか……? ―――― 蒼は、近づいてくるタンクトップの男達を見ながら、薄ぼんやりとそんな事を考えていた。
「辞めて下さい~! 何を言ってるのでしょうかっ、これはただのイベントですが、インチキなんか何もしてません! 本当に抜けなかった人とこのお兄さんの方が抜いたのは、本物です~!」
慌てて司会のお姉さんがマイクで言いながら、蒼の元に走ってくる。
マイクのお姉さんがチラと見たタンクトップの男達略してタンクトップスが蒼の前まで来るのが見えたが、蒼はあまりのショックで逃げようとも怖いとかも考えられていなかった。
蒼の周りでも、タンクトップスの言葉に蒼を疑う声が上がり始めた。
だが、タンクトップスが蒼の目の前に今にも掴みかかりそうな勢いで歩いてくると、スゥっと好青年お兄さんが割って入って蒼の身体を庇ってくれるのであった。
「オイ、なんだお前?邪魔だからどけよ! 俺はこいつに用事が有るんだ! どんなインチキを遣ったのか、白状させてやる!」
凄い勢いで向かってきたタントトップだったが、蒼の前に居るお兄さんには流石に手は出さなかった。
しかし、好青年お兄さんはそんな脅しでも涼しい顔で受け怯まなかった。
「何を言ってるのですか?これの何処でインチキ出来るんです。もし出来たとしたら、彼でなくて、魔神の木の方だけでしょ?。なんで彼に突っかかるんです?」
流石に合気道とかやってるお兄さんだけはある。タンクトップの迫力でも、一歩も怖がってる様子もなかった。
「僕もおかしいと思って魔神人形の周りを見て回りましたが、地面の付け根にも何も機械とか、電気的な物もついてる様子無かったから。たぶん、抜けない構造になってるとは想像しましたが、インチキとは思わなかった」
「なんだよ・・、なら、お前はこのひ弱そうなこの高校生に、あの全力でも抜けなかった魔人の剣を抜けるって本当に思ってるのかーー?」
「そうですね・・。僕も正直驚いてますが、実際、一番傍で見てたのも自分で、彼は何のインチキもしてなかったのは信じられるから・・。本当を言うとどんな理由で抜けたのかは興味 は有りますが、君は何も知らないんでよね?」
タンクトップの言葉に、好青年お兄さんは静かに『信じてる』と言い放っていた。
周りの人もそのお兄さんお言葉に小さくだが、同意する声が奥から聞こえた。蒼はその言葉が何より嬉しかった。
だが、タンクトップの怒声に答える形にはなっていたが、最後は好青年お兄さんも蒼の剣を抜けた事へは理由は知りたいと思ってるのは、振り返ったその様子で分かる。
「何を皆で言ってるのですか~。これは紛れもない本当の剣ですから、どこにも仕掛けなんて無いんですって~……」
目の前に並ぶ蒼たちの下へやっと辿り着くと、司会のお姉さんは困り顔でそこにいる全員に呼びかけた。
それを見ていたお兄さんは、司会のお姉さんの顔を見て再び話を元に戻した。
「なら、こうしましょう。インチキが無いならそこのテントの人も全部ここに着て、貴方もここで皆の目の前で、彼にもう一度やってもらっても良いですかね?。それで、誰もインチキ出来ないでしょうからその場で僕達も見させてもらいます」
そう言うと、お兄さんは周りを見回して司会のお姉さんにそれの同意を求めるように見た。
「良いでしょう・・か?。それで皆さんが納得出来るならば……」
渋々了解の意向だったが、頷くとテントの人間にも自分の方に来るように合図をする。
「それで、納得出来ますかね?そちらの皆さん達も……?」
促されてタンクトップスも大きく頷く。元々、そんな事で騒ぎ立てるつもりも無かったのかも知れない、本当は気の良い筋肉大好きな人たちだから。
蒼たちの周りにテントの人間もついて、手や足に何もつけてない事を見せるとお兄さんは蒼にかがみこんで小声で言ってきた。
「君には悪いね。けれど、もう一度だけやって見せてくれるかな?剣を抜くところを。何か仕掛けが無い事を僕も信じたいからね」
親指を立てて蒼に応援の意思を示すと、司会のお姉さんに開始して貰うえるよう伝えた。
「どうしてこんな実験をしなければ分かりませんが、まぁこのお兄さんのイケメンに免じてもう一度やりましょうっ!全く仕掛けは無いので、皆さん、眼を皿のようにして確かめて下さいね~。さぁ、高校生のお兄さん、剣をまた魔神に戻してささっとやってしまって下さい~」
司会のお姉さんのノリの良い感じに好青年お兄さんも苦笑いで少し頭を下げるが、その声に蒼も魔神の身体に剣を戻すのだった。
さっきまでは気付かなかったが、剣を少し下に突き刺すように斜め下向きに刺さっていたのが、蒼が剣を戻す動作で皆にも分かった。
抜いてみないと分からないそんな事に改めて皆も感心して注目した。
そして、蒼はもう一度トライしようと息を整えた。
何しろ、こんなに人に見られるのは滅多に無い事なのだから。いつもは悪い失敗で人に見られる時ぐらいは慣れてるが……。
今の感触からまた簡単に抜けるだろうと蒼には思えた。剣は、それ程軽かったから。
息を整えてから軽く吐くと、蒼は手にかけた剣の柄を握って力をかけようとしたその時だった――――。
不意に蒼の手の下から、タンクトップの一人が剣に手をかけてきた。
「ちょっと変われ、このタイミングなら仕掛けが使えてない証明になるだろ?」
ニヤッと笑って蒼の身体を押してどかした。
「フンッ、ググゥーーッ!」
すると、誰も言葉もかける暇もなくタンクトップは力を込めて剣を引いて見せた。
一瞬の出来事に見物人もおやとは成ったが、期待を込めて彼の動きを目で追ったが……。
「うわぁ……、これ本当に仕掛けが無いのか~・・まるで岩を引いてるみたいだよ、分かってた事だが、な」
咄嗟にやった事だが、タンクトップは観念したように蒼に場所を譲った。
恐らくさっきのタイミングでは、他所から見てる人間が隠れて仕掛ける事は出来ない状況だった。完全に意表をついた行動で、まさか――と思える程の速さでタンクトップは動いたのだが、やはり結果は同じだった。
それなら、ここで蒼がもう一度剣を抜けるかが鍵と成る。
出来ないなら、それも、仕掛けがあるという証明には成りそうだったからだ。
タンクトップの見てる前で蒼が剣を抜く構えに入った。
皆が蒼の動きに皆がまた息を潜める。また抜けないのか。それともやはり抜けるのか?
「さぁ、今度は急な邪魔が入らないうちに学生さんはズバッとやってしまいましょう~」
蒼はその声に意を決して皆の見てる目で剣を引いた。
ザザッ!――――
しかし、タンクトップの期待とは裏腹に見事に剣が抜けてきた。
「やはり本当なのか。ググ……」―――― タンクトップは悔しそうに蒼を見つめていた。
「原理は分からないけど、そのようですね」 好青年お兄さんも少し不思議そうだけど、満足げに蒼を見つめて呟いてる。
喜ぶ司会のお姉さんと、周りのギャラリーに蒼は顔を向けて焦ってはいるが、照れて再度全ての刀身を抜き去るのであった。
「ちょっと、見せてくれ!」
抜けた剣の白銀に光る刀身に急にタンクトップが近づいてので、蒼はちょっと驚いて剣を草むらの上に放した。
いけなり剣を放して蒼が離れると、タンクトップが剣を拾い上げようと手を伸ばして固まった。
「あ、それ」―――― その行動に、司会のお姉さんが手を伸ばして留めようとしたが間にあわず、天を仰いだ。
「おい?これ、お前なんで持てるの? 悪い冗談かな~俺じゃ、これ一ミリも上がらんけども……はは」
身を屈めたタンクトップの言葉に好青年お兄さんも直ぐ飛びついた。
「まさか? 本当だ。僕も持ち上げられない。冗談みたいだけど、本当に君、『気孔』とかそうゆうたぐいの事やってないの?・・僕等じゃコレ、持ち上げるの神様か何かにお願いしないと上がらないよ……」
タンクトップと同じ意見で二人揃って蒼を見上げていた。目にうっすらと涙が浮かんでる。
「え?そんな事有りませんよ……」
蒼が草の上に落ちている剣を、持ち上げた。
「ええ?」―――― 皆が、目を丸くして驚いた。
「それ、持てる人しか扱えない剣なんですよね~。私達の中でも扱えるのは審査委員長だけですもんね~―――― あ、言っちゃったけど」
剣を持ち上げた蒼が司会のお姉さんと周りを見て、みんなの注目を集めて止まっていた。
嘘の様な話に半ば蒼も信じられないでいたが、剣はみんなが言ってるような重くも抜けなくもない、そればかりか、重さも殆ど感じないオモチャのような感じだった。
『は、まさか、これも全員で仕掛けてる、どっきりか?!』
蒼の脳裏に最悪のシナリオが浮かんだ。まさか、そんな話があったりすると……?!?。
ピカッ!―――― ゴロゴロゴロ……
だが、今まで晴れているとばかり思っていた空に稲光が走ったのだ。
西の空に急に暗雲が立ち込め始める。
なんだか雨や雷でも襲ってきそうな雲がみんなの注目をいっきに集めていた。
「はい、なんだか雨が降りそうなので皆様、参加有難う御座いました。降られる前にとっとと帰って下さい~。有難う御座いました~」
司会のお姉さんの声に皆もそそくさと歩き出す。
皆、雨に濡れては困ると足早に空き地から引けて行くのであった。
タンクトップスの皆様も蒼に声をかけて離れていったが、味方になってくれた好青年お兄さんも蒼の肩に手をかけて『また会おう』と言って彼女と繁華街に向かって歩いて行くのであった。
大きな騒ぎみたいな感じだったが、居なくなる時は案外あっと言う間に終わるものだなと蒼も思って見つめていた。
だが、少し可笑しいな……と、蒼は首をかしげて片づけを始めた司会のお姉さんに近づいた聞いてみた。
「あのぉ……、そのう言いにくいんですが、福引って言って抜けたんですけど、何か商品が貰えるとか有るんですかね?」―――― 蒼は罰が悪そうに聞いてみた。
「あ……」蒼の言葉に慌てて片付けるお姉さんがマイクを外しながら振り返った。
「ごめんね~。福引で英雄になる事が最大の景品なのだけど。あと、特別にその剣をプレゼント出来ると、審査委員長から今メールで着てたわよ~。ラッキーね」
お姉さんは、蒼の目の前にグッと親指を立てて、かわいらしい顔でウインクを一つするのであった。
「剣の鞘がその辺にあるから、手を切らないように入れて持ってってくれるかな?。さっきも言ったけど、私達には扱えなので、鞘に入れるのもセルフサービスだから悪く思わないでね~」
お姉さんの指示はその可愛らしさとは裏腹に適切で、蒼も舌を巻くような顔をして指差された鞘を取ろうとテーブルに剣を置くのであった。
ドスンッ!
すると、鞘を見るために剣から手を放した蒼が横を向くと、剣を乗せたテーブルが一気に足を片側に折って、壊れたテーブルが足の取れた高さになるのであった。テーブルの天板もめり込む様に割れている。
「あらら……」―――― お姉さんも、仕方ないと言わんばかりに蒼を見てさぁ早くしろと手で指示するのだった。
蒼が剣を鞘にしまって頭を下げると、その場から嬉しくもない剣を背中に背負って、ケーキの箱を両手にして歩きだすのであった。
お姉さんは壊れたテーブルを片付けながら空き地から出て行く蒼を見ると、聞こえない今の位置になってから呟くのだった。
「ああ、あの剣を手にするこの世界の人がとうとう現れちゃったわね。これから、大変になるわ……」
お姉さんの顔が初めて曇ったのを、その場に居る者は見ることは無かった……。
お姉さんに催促されるまま剣を手にした蒼は会場を後にしていた。
かなり怪しげな福引をして誰も得の無さそうなこんな剣の玩具セットを強引に押し付けられるたが、運のない自分にしては珍しく特別な感じの出来事に、少し嬉しい気持ちで空き地を後にしたのだった。
ピカッ!―――― 空のどこかでまた光った。
そういえば、福引が終わる頃から急に雨が降りそうな雷が光り始めた。それも凄く近い感じの速さで近づいてる感じだ。
その為、蒼もこんな剣の玩具など貰いたくも無かったが、雨の降りそうな皆の急かされる雰囲気の影響で、すっかり景品だと言われて返す事が出来ないまま帰ってくる事になってしまったのである。
「なんでこんな物が景品なんだか?……」蒼は背中にくくり付けた剣を困り顔で情けなく見ると、一言呟くのであった。
すると、何の前触れも無く蒼の耳に、誰かの声が聞こえて来たような気がした――――
「≪良く聞け人間ども……。これから私がこの世界の王となる。従わない者は、皆殺しにするから覚悟しろ。世界の終末が来たため何者も抗えない運命と思って受け入れろ……≫」
蒼はいきなりその声を聞いて急に暗くなった空を見上げた。
そこに暗雲の中に浮かぶ、巨大な真っ黒い影を見つけるのであった……。