第2話 僕の女神が微笑むとき 2
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蒼が辿り着いた場所は、角を曲がり突き当たっただだっ広い空き地だった。
何かの建築予定地なのかそこだけ広く開いていて、白いテントの臨時らしい特設福引所が設置されていた。
お菓子コーナーで買った客やその他の福引客も買い物袋を持って数十人が並んでいた。『あのお姉さんの魔力は相当なものだったのか」蒼は一人納得して、あまりの人の多さに福引を辞めようかと考えた。
どうせ、自分が参加してもハズレが十回出るだけだから――そんな言葉が頭に浮かんでくる。しかし――――。
「いいえ列は長いですがすぐ順番来ますので、並んじゃって下さい!」
後ろに立った係りのお姉さんが両脇に手を突っ込んで彼を並ばせた。どんな耳してるんだ。聞こえたような間合いだ。
福引の順番が近づいて見ると、それがいつもの六角形の木の箱から玉が出てくる物でないのがなんとなく分かってきた。
年配のお父さんが力任せにそれに手をかけて唸って居るのである。
『それ』―― 大きな木の人形についてる何かの柄を掴んで。
しかし、びくともしないでお父さんは観念したように終了した。顔が真っ赤である。相当、力を入れたのだろう。悔しそうに景品のティッシュを貰ってそこをどいた。
その様子を見ていると、ひとつ前の順番のカップルが福引券を渡した。
福引券を受け取りながら、お菓子コーナーに居た人と似た外人のお姉さんが、また盛り上げるようにマイクで説明をし始める。
「はい、3回出来ますね~。カップルの方は回数では多いほうに男性の方をするか、全部男性でも良いですよ~。はい、ではこの福引の説明をします。今、この世界に魔神の危険が迫っています。魔神に刺さった剣を抜ける英雄が現れたら優勝です。どうぞ、力自慢の方は本気で魔神の剣を抜いて下さいね。かなりこの魔神に刺さった剣は抜けないですからね~。まだ、一人も剣は抜けていませんから、どうぞ彼氏さんは頑張って下さいね~」
お姉さんの元気な声に踊らされて周りに居るギャラリーも色めき立つ。
その言葉に彼氏が腕を回してギャラリーの歓声と笑いを誘った。
そう言えば、ここに集まっているのは男性の姿が多かった。
この挑戦が力の使う物なので、自然にそうなったのか。ま、どちらでも良い事だが、かなりの力を要求されたのだろう。
周りに居るギャラリーは大学生の若いお兄さんに会社帰りのサラリーマン風の人や年寄りの姿、お父さん世代の人の姿もチラホラ見える。だが、今のカップルのような比較的若い人が多いが、中には近くのトレーニングジムに通ってるタンクトップ姿の人の姿も見える。その人達でも出来なかったのか。 ―――― それを見て自分では無理かな……などと考える。
そんな事を考えていると不意にひとつ前のカップルの挑戦がアナウンスされて我に返った。
カップルの彼氏君が前に歩みだす。
巻き毛の黒髪に、かなり背の高いイケメンタイプだ。
腕まくりをして見せてそれでも少し自信が有るのか、スゥ……っと息を整えて、剣の柄を握ってみせる。
「お、この人何かやれそうな感じだ?」―――― 蒼が、目の前の彼を見ながら思う。
皆の視線を受けて、再度息を吸い込むとある所まで行ってピタっと息を止めた。
フッ……と言う短い声を上げて腕に力を込める彼氏君だったが、数秒で諦めて見せた。
彼の動きは結構な力が入っていたようだが、剣は全く動かない。
「おっと、全く動く気配が無かったみたいですが、彼女の前で本気では無かったのですかね~?」―――― 少し、実況も盛り上げる為に彼を挑発するような内容になっている。苦笑いをして皆を見回すが、他のおばさん連中は笑っていたが、こと、男性陣の反応は違っていた。
明らかに同情のような顔なのだ。
「皆、応援してるのかな?」何か変な感じだ。まるで皆がこの福引なら仕方ないと思ってるような雰囲気だった。
しかし、彼は少し下がって魔神の周りを見て回る。仕掛けが無いか探してるようだった。だが、何も見つからないのか腑に落ちない様子でもう一度魔神の前に戻る。
「何か、魔神の力にちょっと仕掛けなどないか――みたいな感じですが、あえてそんな物してませんので、どんどん最後の挑戦やってみて下さい~。抜ければ、正真正銘の英雄になれるから、頑張って下さいね!」
フンッ!!
さっきより強い呼気を上げていきなり彼が全力で剣を引き抜こうと力を込めた。―――― あきらかに本気の力加減で挑んでいるのが分かる。
さっきは本気では無かったのが、その腕の筋肉の盛り上がりでも蒼でも分かった。先ほどのためしで本気でやらないと抜けないと確信したから、今度は本気を出した―――― そんな彼氏君の心の声が聞こえてきそうな程、あからさまなアプローチだった。
足を大きく開いて、腰から全身で後ろに引っ張っていた彼の身体が、とうとう観念したのか大きな息を吐き出すのと一緒にそこに大きくくず折れるのであった。
だが、剣は微動だにしなかった。
「うわ~、またしても剣を引き抜く事は残念ながら出来ませんでした! 果敢に挑んでくれた勇者に最後に拍手をお願いします~」
福引のお姉さんが剣の柄を握って下を向いて背中で大きく息を吸って苦しそうにしてる彼氏君に、すかさずティッシュを渡して彼の退場を促した。
慌てて駆け寄る彼女に何か言われながら、彼氏君は自分の横を蒼が通過するのに顔を上げて見上げた。うっすらと汗を掻いて肩で息をしている、少し同情するような顔をして頭を下げて通り過ぎようとすると、彼氏君から声が掛けられた。
「ハァ~……。かなり凄い仕掛けみたいだから、本気で行った方が良いよ、学生さん。僕の合気道でもまさか歯が立たないなんて思わなかったから……ハハハ」―――― 少し疲れたような顔で息の続かない声で、蒼にアドバイスをくれてそっと笑って見せた。正真正銘のイケメンであった。
蒼も思わず、「有難う御座います」と立ち止まって頭を下げる。
まさか、そんな人でも抜けないなんて。――蒼の心はやはりダメだった自分の予感でいっぱいになるのだった。
だが、それでも彼の順番は無常にもやってくる。
「あ、今度は先ほどよりさらに若いお兄さんが挑戦ですね~。おーっと、今回は福引券が10枚あるから、一回ボーナスチャレンジもつけてあげましょう~。本人は有難た迷惑でしょうが、一回プラスで良いですよね~審査委員長?」
司会のお姉さんがさらに勢いよく彼を呼び出すと、テントの奥の方に座ってる白い服の老人にマイクで尋ねる。
いかにもな、オリンピックの審査員みたいな服を着た白い縁あり帽子を目深に被った審査委員長らしき人は、こちらに顔を少しあげてサッと白い旗を挙げた。”OK”のサインなのだろう。
「ハイッ、これで決まりです! 何があろうと11回やってもらいましょう。たぶん、腕はそんなに持たないでしょうけど、こちらも口が疲れたので早めに一気に抜いて下さい。どうか宜しくお願いします~」―――― そう言いながら、まんざら嘘でも無さそうな顔をして見せて、土下座で蒼を迎え入れたのであった。
『どんな応援なんだか……』 なんか一つも抜けないのに、面白いノリで押し出す司会のお姉さんを見ながら、蒼は一回目の挑戦の為、魔神の前に立って見上げるのであった。
はぁ~……。前に立つとかなりの大きさの魔神の人形なのが分かる。170cmしかないの蒼の身長からはだいぶ見上げるのだ、蒼の2倍はありそうだった。
横にも、大人二人はある胴回りに、足は同と同じ幅で地面まで下りている。その巨大な絞まった樹木で出来ている魔神なのだ、相当な重量だろう。顔も今まで見たことの無いような大柄な感じの表情で、こちらを大きな目で見下ろすのがまた一段と迫力がある。
その魔神の腹に剣が突き刺さっているのだ。
何の悪さをしたからこんな状況下は分からないが、何かあまり日本では見かけないようなその魔神の雰囲気に、やはり失敗する予感は確信に変わった。
「11回もさせないで良いのに……」
思わず口に出して前に進むと、苦笑いを浮かべて蒼が剣の柄を握った。どうせ、一回目はためしに抜いて見るだけだから、力は適当に掛けようと思ったいた。
『!』――――
しかし、蒼の片手が剣の柄を軽く握った時、テントの奥に居た例の審査委員長が頭を少し上げて彼を見た。
ほんの少しだが彼を見つめる片目が鷹の眼のように鋭く光っていた。
「では、学生さんが先ずは一回目に挑戦しまーす。『どうせ自分でも抜けなかったから、こんな彼に抜けっこないだろ~』――みたいな露骨な顔で見ないで、どうか皆様も応援の程宜しくお願いしちゃいます!」
一気に笑いを起こして盛り上げるだけ盛り上げる司会のお姉さんの声に促されて、半ば強引な感じで一回目の剣を抜く動作に蒼が入った時であった。
ズッ……
「あれ?」
蒼も思わず声に出してしまった。―――― 剣の柄が、今、確かに自分の方に動いた気がしたのだ――――!
まさか、非力の自分に魔神に突き刺さった剣が抜けるわけ無い。
どれだけの力自慢の人が、今迄、目の前で引き抜こうと挑戦してきたのか? 何かの見間違いに決まっている。
ズズッ……
しかし、また剣が動いた。
確実に動いたのが感触で分かったのだ。それも、さっきよりさらに自分の方向に多く、まるで剣が抜けてるように。
その会場の中に一瞬どよめきが起こった。確実に、動いたのを皆が見た証拠である。
剣が蒼の方向に引き抜けて行くのを、見たがまだ信じられないから、誰かがそれを言うのを待ってるような空気がそこに流れた。
まさか、あのさっきから何十人もの男が、本気で引き抜こうとしたのに全く動こうともしなかった剣を、こんな簡単に抜けるなんて?
見ている殆どの人間が、蒼の軽い最初の引き抜きをそんな思いで見つめていたのだった。
『抜ける……?』
まだ、自分の手で剣が抜けてるのが信じられなかったが、ゆっくりとだが、確実に魔神の腹から剣が動いて引き抜けてるのだった。
「ぎょえーっ! 本当に、本当に剣が抜けて居ます! これは驚きです。本当に剣が抜けて魔神から離れようとしています! 審判団も本当に抜ける日が来るなんて信じていなかったでしょうが、いや~驚きです!」
司会のお姉さんが驚きの声をマイクで挙げたので、そこに居た周りの人間も一気に驚きの声を漏らすのだった。
「本当か、本当に、抜けてるのか――?」
「信じられん、あんな男の子が」
「おい――慎重に、慎重に行けよ」
周りの人間が様々な声を上げてるのが耳に入ってくる。中には、まだそれが信じられないような声を上げてるものも居るのだが、引き抜いてる蒼自身も信じられないが、確かに剣は抜けてきているのだった。押し出されてるとかは無い為、蒼の力なのは歴然であった。
『ウソだろ。俺にこんな力なんて有る訳無いのに?』――――
剣が抜けてくると、だんだんと剣の銀色に光る美しい刀身が見えて来る様子に、それをやってる彼自身が少し怖くなってくるのであった。
まさか、本当に自分がこの剣を抜いてるのか?
そこに居る全員がそう思ってるかとも思えたが、そこは誰も口にしないで蒼の剣を抜く動きを見逃さまいと固唾を呑んで見つめるのであった。
スルッ……。
剣の最後の切っ先が、見事に魔神の腹からするりと地面に向かって抜かれるのであった。
! ―――― 誰もが引き抜けなかった剣を今、抜いて下に向けて佇むのであった。
そこに、剣を持って蒼が黙って立っていた。
「やりましたっ!!! ついに、ついに、剣を引き抜く事が出来る英雄が実際に現れましたーーーっ!」
オオオーーッ!!
あまりの興奮に上気した司会のお姉さんの声が、福引会場中に響き渡たり、その声に併せて周りの観戦者も一斉に声を上げるのだった。
誰もが予想だにしていなかった事が起きてしまった。
まさか、蒼のような非力な高校生に何人かかっても抜けなかったその剣が抜けるなんて誰が予想しただろうか?
アナウンスが終わると、これまた一斉に審判団も蒼の周りに飛び出して来るのであった。
皆、一様に白いズボンに赤い上着を着ている。
何処から見ても審判団って人間が4人も急いで出てきて、蒼の周りを取り囲んで剣の状況を見ると、これまた素早く白い旗を高々と挙げた。終了のホイッスルが鳴り響く。
「おお、審判のジャッジも文句無いようです。彼の偉業は成功した模様です。終了です!
彼は魔神の剣を見事に引き抜いた英雄となりました~。これで審査委員長もさぞお喜びの事と思います!」司会のお姉さんがさっと振り返ると、さっきの審査委員長が、手に”OK”サインを出していた。
しかし、司会のお姉さんがその指示を見て会場に視線を戻そうとすると、審査委員長が足早にパイプ椅子を立って行ってしまうのが見えていた。
再び歓声が上がったが、蒼は今、自分の置かれてる状況が分からなかった。
剣に手をかけたら、凄く軽く抜けてきた。殆ど力を入れてないと言ってもおかしくない。
まるで、手で引いてるだけで何も抵抗なんか無かったから……。
「自分が、剣を抜けた、”英雄”に?」――――
周りのみんなが、蒼の言った事を肯定するように、小さく、何人も頷いてくれている。
今まで、こんな事無かった。
人が出来なくて、自分だけ旨く出来るなんて経験したこと無かった。
いつも、運が悪くて損をする事ばかりで、あきらめる事はたびたびあったが、まさか、運動部でもない自分にこんな事が起こるなんて――。
蒼の周りに居た人々の顔も笑顔で、蒼に口々に祝福の言葉を掛けてくれるのを聞いていると、なんだか蒼も嬉しくなってきてしまった。
本当なんだ。俺、本当にやったのか――?
気がつくと、さっき自分の前の彼氏のお兄さんも蒼に握手を求めて笑いかけてくれている。
「よくやったな少年。この剣を抜くなんて、その身体の何処にそんな力が隠してるたのか。何か特別なスポーツをやってるのかな? 例えば、拳法とかそんな特別な力の――」
こんな凄い合気道やってる好青年お兄さんにも、俺、褒められちゃってるよ……?。 ―――― 蒼は舞い上がりそうになる気持ちを抑えようと必死になった。
「えと、えと、そんなこと……」
あまりの恥ずかしさに気が動転してる蒼が何か素敵な言葉を返そうと話し始めた時、不意にそんな声が後ろの中から聞こえて来るのだった。
「オイ!これ今の、なんか仕掛けがあるんだろ。エッ、あんな子供にアレが抜けるわけ無いだろ。俺達、もう2回も回ってるんだぜ、おかしいだろ絶対っ?!」