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ゆびきりげんまん

作者: 明日穂

────── じゃあ絶対!約束ね!ゆびきりげんまん うそついたら・・・─────


二十数年ぶりに生まれ故郷へと帰ってきた。

父が大病を患い、独り身では到底やっていけないため、一人息子の俺が家族と共にここへ戻り同居することを選んだのだ。


「お母さん、公園に遊びに行ってくる~!」

「暗くなる前にちゃんと帰ってくるのよ~」


子供の順応力は早いのか、近所に年齢の近い子がいたおかげか、7歳になる息子はすっかりここに馴染んでいる。職種は変わらないのに、新しい職場にまだ馴染めない俺とは大違いだ。

ましてや誰よりも早くここに適応した妻には到底敵わない。


「あなた。私お義父さんの病院へ行ってきますから。残りの荷物片付けておいてね。来週には退院だからちゃんと準備しておかないと」

こっちへ引っ越してきてからというもの、妻は父の入院の世話と荷物の整理に追われている。

俺がやると返ってやり直すハメになるらしく、文句をいいながらもテキパキと楽しそうだ。

最後に残った荷物の整理場所をしっかり指示してから妻は車で病院へと向かった。


荷物の片付けにたいして時間はかからず、俺は一人で時間を持て余した。

戻ってきてから今まで、通勤ルート以外ほとんど通ることをしなかった近所を歩いてみる。

変わらない場所、変わってしまった場所、もはや曖昧な記憶を辿りながら、息子も通うことになった小学校の裏手へ出た。


「懐かしいな。このあたりは全然変わっていない」

友達とふざけながら小学校へ通ったこの道。そうだ、たしかあの日、あの子と・・・・


埋もれていた記憶を思い出した時、俺の体に悪寒が走り、冷汗が出た。

そうだ。俺はあの日、あの子と約束をした。でも俺は・・・そしてあの子は・・・


吸い寄せられるように学校の裏手から続く小高い山への入口に近づく。

金網に遮られ「関係者以外立ち入り禁止」と書かれているが、金網の下の方が破れている。ちょうど子供がくぐって通れそうな大きさだ。

何度か補修された後が見えるが、綻びはすぐにできるらしい。

もはや俺は全身の震えが抑えられなくなり、逃げるように慌てて家へと帰った。





その日の夜、夕食を食べながら息子がなにか楽しげに話しているのを上の空で聞いていた。

「・・・でね!今日公園で新しい友達ができたんだ!明日その子と一緒に遊んでもいいでしょ?」

「ちゃんと宿題やってからね」

息子と妻がたわいないやり取りをしている間も押し寄せてくる不安と恐怖に負けてしまいそうだった。


夜中、妻がそっと俺に聞いて来た。なにかあったの?と。

俺は二十年以上前の、俺が息子と同じ年齢だった時の出来事をゆっくりと話し出した。


「思い出したんだ。・・・というよりなぜ忘れていたのか。きっと、思い出したくなくて、記憶に蓋をしてしまったんだな・・・」


俺が息子と同じくらいの年齢だった頃、仲良くしていた女の子がいた。

校庭や公園でみんなと一緒によく遊んでいたが、ある日、彼女からこっそりと耳打ちをされた。

「ねえ、今度ふたりだけで遊ばない?秘密の場所があるの」

好意のある女の子とふたり、秘密の場所、俺はすぐに「いいよ」と答えた。

「ホント?じゃあ絶対!約束よ。ゆびきりげんまん うそついたら はりせんぼんのます・・・」


小さな二人の小さな約束だった。

しかし約束の日、俺はその場所へ行けなかった。行けないということを彼女に伝えることもできなかった。

家に帰るなり、母が倒れたと聞かされ、俺を待っていた叔父に連れられて病院へ向かった。

母はそのまま帰らぬ人となり、葬儀だなんだとバタバタして数日が過ぎた。


ようやく落ち着いて学校へ行った時、俺は初めて知らされた。

彼女が行方不明になっていることを。それも俺と約束をしていたあの日から。

怖くなった俺はすぐには彼女と約束していた場所のことを言い出せなかった。黙っていることも辛くなってやっと先生に打ち明けてから事態は急変した。

「立ち入り禁止」のはずの山の中で、おそらくは足を滑らせて沢へ落ちたと思われる彼女の遺体が見つかったのだ。


俺はひどく不安定になった。果たせなかった約束、すぐには言い出せなかった約束・・・

彼女を死なせてしまったのが自分のようで、とても耐えられなかった。

そして彼女と一緒に遊んだ記憶のある公園や学校に行けなくなってしまったのだ。


父は生活のためにも農業をやめるわけにはいかず、俺だけが叔父夫婦の家に引き取られた。

田舎と違い、街中の学校は人数が多く、いい意味でも悪い意味でも他人に無関心で、俺が田舎から出てきた理由など誰にも興味はなかった。

その中で埋もれるように過ごす内に、俺もゆっくりと平静を取り戻し、記憶に蓋をして無関心を装ってきた。

そう、ここにまた戻ってくることになるまでは────


妻に話しながら、俺は全身の震えが止まらなかった。

背中をそっと撫でながら妻がやさしく言う。

「とても辛かったから、心の奥に閉じ込めてしまってたのね。それを思い出してしまって・・・かわいそうに」

そう言われてやっと涙が溢れて来た。まるで子供のようにただ泣きじゃくった。

「ねえあなた。せっかくこうしてここに戻ってきて、彼女のことを思い出したのだから、あなたさえ大丈夫なら彼女のご仏前にお線香でもあげたいんだけど。近くなら家がわかるかしら?・・・名前、覚えてる?」

俺は記憶の奥にあるものを必死に探る。そう、たしか・・・

「せきぐち・・・関口はるか・・・はるかちゃん、だったよ」

俺と妻は今度二人で彼女の家を探してみようと決めた。


翌日、息子は元気に家を飛び出して行った。新しいお友達と遊ぶ約束をしたのだと。

「暗くなるまでには返って来なさいよ~」

いつも言い聞かすセリフを妻は息子の背中に投げかけた。




「ごめん!待った?」

「うん。ずいぶん待ったわ」

「走ってきたのになあ。ごめん。でも約束、守ったよ」

「嬉しい。行きましょう。こっちよ」

女の子は破れた金網の隙間から奥へと入って行く。

「どうしたの?秘密の場所はこっちよ。早く来て・・・」

そう言って先に進んでいく女の子の背中を追いかけるように後へ続いた。

「まってよ!おいてかないでよ!はるかちゃん~!」

女の子は追いついてきた友達の手をギュッと握った。

「おいてかないわ。だからずっと、離れないでね。約束」

「うん、約束!」

「絶対よ。今度こそ・・・。 ゆびきり げんまん うそついたら・・・・」

小指同士を絡ませながら、二人は山の奥へと消えて行った────



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