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確率論2 サッカー編(数学講師シリーズ)

作者: さきら天悟

「確率を上げる方法ありましたよ」

数学講師はバーに入ると、サッカーコーチの背中を見つけた。

カウンター席にいる彼の隣の席に数学講師は座った。


コーチはクッと彼の方に顔を向けた。


「バーボン、ロックで」

数学講師はマスターにいつものをオーダーした。

そして、出されおしぼりで顔や腕を拭った。

ふーっとひと息吐き、隣を向くと、

物欲しげな子犬のようなコーチの顔があった。

早くその方法を聞きたいという顔だった。


「フリーキックです」


コーチは顔をしかめた。

ガッカリというより、少し苛立った。

でも、以前のこともあるし、一応意見を聞こうと思った。


木田選手にコーナーキックでブレ球を蹴らせるという奇抜なアイデアを提案されたことがあったのだ。

結局、この戦法はワールドカップで使われなかったが、

木田選手が所属チームで使って成功し、周囲を驚かせていた。

その時、木田選手がコーチから教わったと彼の名前を出してくれたおかげで、

技術委員に任命されたのだった。


「精度を上げれば、良いのです」


コーチのしかめた顔のシワはさらに深くなった。

「そう簡単にはいきません。

精度を上げるには練習しかありません」


「そうです。練習量を多くするんです」


「木田の練習が少ないと言うんですか?」

コーチは全体練習が終わった後、

黙々とフリーキックの練習をしている木田のプロ意識が好きだった。

それで、カッとなってしまった。


「いいえ、そうではありません」


コーチは数学講師を睨んだ。


「10倍にできるはずです」


「お答えによっては、考えがあります」

コーチの目はさらに鋭くなった。

侮辱は許さない、付き合いはこれまでだ、という目だった。


「フリーキックを蹴る人を増やすんです」


「はあ~ん」

コーチはあきれた顔をした。

「フリーキックが上手い選手はどの試合、どの場面でも3人くらいいます」


「そうではありません。

もっと数学的に蹴る選手を決めるのです」


「数学的?」


「将棋盤、いや碁盤をイメージしてください」


「?」

コーチは首を傾げた。


「サッカーのコートを3M四方で碁盤のように仕切るんです。

そこでフリーキックを蹴らせ、だれが一番ゴールする確率が高いか算出するのです。

客観的に数値化し、フリーキックを任せる選手を決定するのです。

代表選手ならディフェンダーやキーパーでも、どの位置かは得意な場所があるはずです。

そして、さらに練習させ精度を高めるのです」


「確かに木田、一人で練習するには限界があるな~」

コーチの顔は明るくなった。

「いいかもしれない」

しかし、コーチには別の期待もあった。


「次のロシア大会に、乾杯!」

コーチ、数学講師、マスターはグラスをかかげた。



3年が経った。

日本代表はアジア予選を首位で通過した。

日本の好調の要因は木田選手のフリーキックだった。


これはコーチが期待していたことだった。

木田は他の選手にフリーキックを奪われたことが悔しくて、

さらに練習し、制度を高めていた。


しかし、思いもよらずに日本代表は変貌していた。


ゴールの意識が劇的に高まったのだった。

ミッドフィルダーやディフェンダーがフリーキックの練習をしていくうちに、

彼らのゴール意識が高まったのだ。

このため、試合中でもミドルシュートやロングシュートが増えたのだった。

当たり前のことだった。

彼らにしては、フリーキックの前にシュートを打っておいて感触を試したかったのだ。

相手選手はシュートを警戒し、反則が増え、フリーキック自体の頻度が増えていた。

確率は同じでも、頻度が増えれば得点は増えていくのは当たり前だった。



それを評したメディアは、日本代表は攻撃的になった、と褒め称えた。


「数学的には間違えだな」

数学講師はビールを片手に一人テレビを見ながら呟いた。


と言うのは、ゴール意識が高まり、敵陣でパス交換が減った分、ボール支配率は減っていた。


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