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明日  作者: 菜月 桜花
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放課後 〜美結〜

「夏目さん、お兄さん来てるよ」


机の中から教科書をカバンに移していた美結の元にクラスメイトの女子が二人近づく。


「ほんとにかっこいいよね。いいなあ、あんなお兄さんほしいよ」


頬を紅潮させながら、チラチラと教室の入り口の方を見ている。開いたドアの向こう廊下の壁に寄りかかるように立つ兄の姿を確認して、美結は小さくため息をついた。


母が亡くなってから忙しい父に代わって、美結のそばに居てくれた事に感謝している。ただ高校生になっても、ずっと美結を子供扱いする兄に不満を感じていた。


「彼女とかいるよね?」


クラスメイトの一人の言葉に、美結は驚いて顔をあげた。その優しげで整った顔立ちから、王子なんて呼ばれている兄を、周りの女子が気にして見ているのも知っていた。けれど、兄の口から女の子の話を聞いた事は一度もなかった。


「……いないと、思うけど…」


目をキラキラさせて兄を見ているクラスメイトを眺めて、美結はもう一度小さくため息をついた。


見た目と違って愛想がないし、もしかしたら女の子に興味無いのかもしれないと考えながら、苛立たしげに腕を組んで立っている兄の方へ歩きだして、美結は一度立ち止まった。


引き返して、まだ兄を見ている二人の手を引く。驚いた二人を促してそのまま廊下に出た。


「お兄ちゃん、あのね…」


不機嫌そうに美結を見た夏目圭人(なつめけいと)は、美結の後ろの女子生徒に気づいて、眉間に皺を寄せた。壁から背を離して美結に近づく。その後ろを、友紀が通りすぎたのを美結が一瞬目で追う。


美結の視線に気づいた圭人が、その方向へ振り返る前に、美結は手を引いてきた二人を兄の前に押し出した。何やらわからないうちに憧れの先輩の前に出された二人は、まだぼおっとしたままだ。


「あのね、お兄ちゃん、こちら同じクラスの…」


二人を紹介しようとして、美結が話し出したのを、きっかけにやっと状況が掴めた二人が一斉に口を開いた。


「あ、初めまして、私、あの…」

「先輩、あの夏目さんと同じクラスで…」


圭人が少しひきつった笑顔を二人に向けると、教室に残っていた数人の女子も集まってきた。もう美結から圭人の姿が確認できないくらいだ。


「ごめんなさい、お兄ちゃん、今日一緒に帰れないから…」


小さな声が圭人に届いたのか確認しないまま美結は、兄と女子生徒達の塊から逃げるように廊下を走って外へ向かう。


追いかけた相手の姿は見つからず、少し息を整えて乱れた制服の裾を直すと美結は部室棟に向かった。


「後できっと叱られるな…」


でも今日は大切な用事があるんだからと、生まれた罪悪感を押し込めて美結は部室棟の入り口で立ち止まった。運動部員でない自分が入っていいものか悩む。


「どうかした?」


後ろから声をかけられて美結は飛び上がりそうなくらい驚いた。振り返った美結のそばに森野と真冬が近づく。友紀と同じサッカー部の先輩だと気づいて美結は慌てお辞儀をした。


二人も軽く会釈を返す。すぐに真冬が何かを思い出したように、両手をぽんっと叩いた。


「あのもしかして黒田くんの…」


真冬の言葉に美結が驚く。友紀は自分を何て話したんだろうか。


「…同じクラスの夏目です…」


初めて話す二人に緊張から少し美結の声が震える。俯いてしまいそうになるのをなんとか堪えていた。


「俺、三年の森野。こっちはうちのマネージャー」


三津谷(みつや)です。初めましてだよね?黒田くんに用事?」


森野が自然に真冬の肩を抱くのを見て、美結は顔を赤くした。


「あ、いえ、あの…明日の練習は何時までですか?」


明日、練習終わりに会いに来ようと美結は思っていた。今日約束できなかったら、携帯を持っていない美結には、もう連絡のしようが無い。友紀の携帯番号は知らないし、家に電話するのは勇気がいる。自信も無かった。


「明日?」


森野が少し屈んで美結と視線を合わせながら問う。ファンクラブがあるくらい人気の先輩は男の人なのに綺麗だと美結は思った。


「…明日…です…」


明日でなくてはならない。手帳のページを思い出す。明日は友紀の誕生日だった。どうしても明日、会って渡したい物が美結にはあったのだ。


「明日は、練習休みなの」


一度森野と顔を見合わせた真冬の言葉に美結は動揺する。今日約束しなくては明日会うことはできなくなってしまう。


「今、呼んで来ようか?」


美結の動揺に気づいた真冬が言葉をかけた。少し考えて美結は首を振る。友紀は一年生だ。部活前は準備で忙しいに違いない。邪魔をしたくはなかった。


「あいつのサッカー見たことある?」


突然の森野の言葉に、美結はもう一度首を振った。朝練を遠くから眺めてるくらいでちゃんと見たことはない。


「時間が大丈夫なら、練習見て待ってるってのはどう?」


森野の提案に真冬がもう一度手を叩いた。


「あそこからならよく見えるよ。逆にグランドからは死角になってるから、黒田くんもいつも通り練習できるし」


真冬が指差したベンチを見て、森野がいたずらっぽい笑顔を浮かべて、頷いた美結に右手を軽く上げると部室棟に入って行った。


「黒田くん、明日休みだって話さなかった?」


朝のやり取りを森野から聞いていた真冬が、美結に問う。


「今日は、一度も話せなくて…帰りは兄と話してるうちに部活に…」


首を振りながら話す美結の顔を見つめて、真冬があっと声を出した。


「夏目さんって、もしかして二年の夏目圭人くんの妹さん?」


頷いた美結に、なるほどね、と呟いて、笑顔を向けると真冬も部室棟に向かった。兄も有名なのかと考えながら、教えられたベンチに座って、美結はグランドを眺める。


ちょうど広葉樹の木陰に入る位置で、グランドがよく見えた。向こうからは影になって気付きにくそうだ。友紀の了解を得た訳ではない。美結に見られる事を良く思わないかもしれない。


少し不安になって抱き締めたカバンから手帳を出して開く。明日の印に指を這わせてから顔をあげた美結の視界に、グランドに走って行く友紀の姿が見えた。


「見ててもいいよね」


楽しそうに部員達に混ざって走る友紀を美結も嬉しそうに見つめる。初めて見る友紀の表情に、胸の奥がキュツとなった。


「待ってるね」


グランドを見つめる美結の上を、風が葉を撫でて通りすぎた。

あとがきまで読んでくださってありがとうございます。


友紀と美結のエピソードは終了ですが、番外編(?)として圭人のエピソードもあるので、また後程、アップしたいと思います。


菜月

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