放課後 〜二人〜
「…森野キャプテン、俺に何か恨みでもあるのか?」
練習の最後、部員を二チームに分けてやったゲームで、べったりついてきた森野を必死に交わしていたせいで、友紀はヘトヘトになっていた。
グラウンド整備をなんとかやって、他の部員より遅れて部室に向かう。今日の森野は変だと思っていた。美結の事でやけに友紀に絡んでくる気がする。
「あ〜あ、明日は一日寝るぞ」
もうそれしかないだろう、と友紀は半分自棄になっていた。家の電話番号も知らない友紀に、美結と連絡をとる手段は無い。
「おう、黒田、マネージャーが探してたぞ」
着替えを終えて部室から出てきた部員達が、友紀に言う。明日の休みに、みんな嬉しそうだ。ほとんどが寝て過ごすだろうけど。
「遅せえから、先に帰るぞ」
「マネージャーはキャプテンの彼女だからな。手を出すなよ」
「出すかっ」
好き勝手に言いながら、それぞれ校門や駐輪場に向かう部員達に手を振って、友紀は部室に向かおうと振り返った。
歩きだしてすぐ、部室棟の手前に森野の姿を見つけた友紀は、近づいて森野の前、壁との間に人がいる事に気づいた。森野の影に制服のスカートが見えて、真冬だと思った友紀は足を止めた。
「何だよ、見せつけるつもりか?」
友紀は少し眉を寄せて、ため息をついた。二人の仲は公認だけど、いまの友紀には、あまり見たくない光景だ。それでも意を決して歩きだした。
「黒田くん、こっち」
不意に手を引かれ、それが真冬なのに友紀は驚いた。そのまま、部室棟近くの植え込みに引っ張られる。
「マ、マネージャー?えっ?えっ?」
しっと人差し指を口元にあてて、真冬は友紀を引っ張って木の影に身を潜める。そこからは森野の姿が良く見えた。
「あれはマネージャーじゃ……」
森野は壁に手をついて、壁に寄り掛かる女子生徒を、腕で閉じ込めているみたいだ。友紀は真冬を伺うが、友紀よりも前にいるため、表情はわからない。
人気のある森野は、いつも女子に囲まれてはいるが、真冬以外の女子に、思わせ振りな態度をとったりしない。少し真冬の肩が震えてる気がして友紀は慌てた。
もう一度森野の方を見る。ここから出ていって、二人を離そうと、友紀は立ち上がった。開けた視界に、二人の姿が入る。物音で振り返った森野の腕の下にいたのは美結だった。
「夏目さんっ」
何がなんだかわからないまま、友紀は飛び出した。身を引いた森野の横から美結の手を掴み引き寄せる。
「キャプテン、何してるんですかっ!」
怒鳴りながら睨み付ける友紀に、煽るような視線を投げて森野が笑う。次の言葉を探して友紀が力んだ。
「黒田くっ…ん」
自分の胸元からくぐもった声が聞こえて、友紀は無意識に美結を抱き締めていた事に気づいた。慌てて自分から美結を引き離す。
「ご、ごめん、つい…」
一歩後ずさって、友紀は、美結を覗きこみながら、手を合わせる。美結は真っ赤になりながら頷いた。
「大丈夫。ちょっとびっくりしただけ…」
微笑んだ美結に、ほっとしながら、今まで腕の中に美結がいた事に、改めて気づいて友紀も耳まで赤くなった。
「なんでここに?」
美結に尋ねて、友紀は思い出したように、険しい顔をして森野の方を見る。が、そこに森野はいなかった。
クスクスと小さな笑い声に振り返ると、両手で口元を隠し、肩を振るわせる真冬の横に、森野が立っていた。
「わ、笑ってる…?」
「黒田、悪い。思った以上の効果だった」
笑い止まない真冬の頭を軽く叩き、森野が頭を下げた。はめられた事に気づいて、友紀はそのまま座り込む。
「勘弁してくださいよ〜。マネージャー泣いてると思ったんですから…」
頭を抱えた友紀の肩に、近寄ってきた真冬が、飛び出した時に落としたタオルを掛ける。顔をあげた友紀に、真冬はにこりと笑って耳打ちした。
「王子から逃げた罰よ。彼女、ずっと待ってたんだから、さっさと着替えて送ってあげなさい」
「…さすが、森野キャプテンの彼女…きついですよ」
ぼやく友紀の頭を小突くと、真冬は森野のそばに走って行った。森野は片手を上げて見せると、真冬と肩を並べて歩きだした。
「黒田くん?」
不安げに見つめる美結を見上げて、友紀は立ち上がった。美結の視線と高さを合わせて少し屈むと、美結の顔を覗きこむ。
「待っててくれたの?」
微笑んだまま美結の顔が赤くなる。嬉しくなって笑う友紀も、さっき美結を抱き締めていた事を思い出して耳まで赤くなった。
小さく植え込みが動いた気がして、友紀は手放したボールを拾うと、美結の手を引いて歩きだした。
「絶対あいつらもいる」
部室棟に入る手前で立ち止まる。キョトンとする美結を背中に回して、友紀は辺りを伺った。
「なんでわかったんだ?」
「お前が動くからだろ。黒田の告白シーンが見られると思ったのに」
「いや、結構面白かったよ」
近くの植え込みから、声が聞こえる。何ヵ所も。友紀は、持っていたボールを最後の声がした植え込みに向かって蹴った。
わらわらと植え込みから出ていった部員の中に何人か先輩が混じってる事に、友紀はもう一度大きなため息をついた。
「ほんと、勘弁して」
転がるボールをもう一度拾うと、まだキョトンとしたままの美結に、待っててと告げ、着替える為に友紀は部室に向かった。
部室から出ると、美結が空を見上げていた。友紀に気づいて、振り返った美結の顔は夕焼けと同じ色だった。
「明日、晴れるね」
また、空を見上げる美結の横顔を見つめる友紀の顔も、夕焼けと同じ色だった。歩き始めた美結の手を、友紀が握る。驚いて、友紀を見た美結が少し笑った。
「明日…」
美結が言い始めた言葉に、友紀が手を握る力を強めた。美結がもう一度、友紀を見る。手を繋いだまま、立ち止まる。
「迎えに行く、どっか行こう、二人で」
一気に言って深呼吸した友紀に、泣き笑いのような顔になった美結が同じように握る手に力をこめた。
「うん。私も明日会いたいと思ってた」
笑顔になった美結を見て、友紀も笑う。歩きだした二人の後ろで、植え込みのツツジがカサリ、と音をたてた。
最後まで読んで頂いて、ありがとうございます。
完結としましたが、美結サイドのお話が一つ残ってますので、また、いつかアップしたいと思っています。
初デートの前日のお話でした。
菜月




