朝 〜友紀〜
「かっこいいよな、森野キャプテン」
朝練後のグランド整備をしながら、朝から女子生徒に囲まれるサッカー部のエースを眺めて、一年生の黒田友紀が呟く。
「俺なんか森野先輩に憧れてサッカー部に入ったんだぜ」
一緒に作業をしていた誰かが言うと次々に皆が同調し始める。
「俺もだよ」
「つうか、皆そうだろ」
同時に頷きながら答える。
「サッカーのレベルだけでも羨ましいのに、あの背と顔は反則だよな」
「マジでレッドカードだろう」
「友紀、お前だけはキャプテンに勝てる気がする」
「頼んだぞ、俺達はもうだめだ」
整備に使った道具を片付けると、タオルとボールを持って、それぞれ好き勝手に喋りながら、部室に向かって行った。
「絶対、無理だろ。あれ?俺のタオルは……あそこか」
見当たらないタオルを探して友紀の視線が止まる。森野が女子生徒に囲まれているすぐ脇の柵に掛かったままの青いタオルを見つめてため息をついた。
「違うとこに置けばよかった」
黄色い声を発している固まりに気づかれないように、静かに近づく。やっと伸ばした友紀の手にタオルの生地が触れた。
「黒田」
森野に声を掛けられて、そちらを見ると、女子達の視線を一斉に浴びて、友紀は固まった。その視線の後ろで森野が右手を挙げて踵を返した。
「黒田、ダッシュ」
女子達の隙を見て走り出した森野を追うように、友紀も走る。背後から何やら文句が聞こえた気がするけど、振り返らずに森野の後について部室近くまで走った。
「キャプテン、俺、あの先輩達に恨まれないですかね」
女子達は全員上級生だった気がする。息を弾ませながら、弱々しく話す友紀に比べて、朝から結構ハードな練習もしたはずの森野は、もう涼しい顔をして笑っていた。友紀は自分の着ている汗だくのTシャツを見て、到底追い付けないと思った。
「来月の大会まで、もう日がないから、明日の土曜が最後の休みだってさ」
「それって喜んでいいんですかね?」
並んで歩く友紀は、少しだけ森野より背が高い。おそらく、森野に勝てるのは唯一身長だけだろう。それでも、他の部員は皆二人より低いのだから、自慢してもいいポイントかもしれない。
「あの子をデートにでも誘ってみろよ。まだ付き合うまではいってないんだって?」
男から見ても、見惚れてしまいそうな綺麗な顔を、楽しげに崩して言う森野の言葉に友紀はワタワタと慌てて、耳まで真っ赤になった。
「な、なんで彼女のこと知ってんですか」
「真冬が電車で一緒にいるとこ見たって。彼女じゃないらしいってのは別のやつからの情報だけど」
サッカー部のマネージャーである森野の彼女と、クラスでもつるんでる部員の顔を思い浮かべて、友紀はうなだれた。同級生の夏目美結と同じ電車に乗ったのは、まだ三回なのに、もう見つかったなんて。
「お前は、サッカーはかなり攻撃的なプレーするのに、そういうの全然ダメだろ」
痛い所を突かれて黙り込む。森野ほどでは無いにしろ、サッカーで目立っていた中学時代には、何度か付き合った事はあった。どれも告白されてなんとなくではあったけど。
「モテるのに振られてばかりいるって?」
からかうような森野の言葉に、友紀は苦笑いする。サッカーのイメージで、寄ってきた女の子達に、サッカーだけだと言われた事は、一回では無かった。
「消したい過去なんですけど」
タオルを頭に乗せて、うなだれる友紀のタオルを奪って投げ掛けながら、森野は賑やかな声が漏れる部室のドアノブに手をかけた。
「どれも本気じゃなかったって事だろ?今回もそうなのか?」
「違いますよ。今回は」
煽るように友紀を見据える森野は、タオルをぐっと握りしめた友紀が、力を込めて言うと、クシャッとした笑顔になった。
「明日を逃したらしばらく、チャンスは無いだろうな」
ドアを開きながら友紀の肩を二回叩いて、森野は部室に入っていった。
「明日…」
友紀は一人呟くと、森野に続いて部室に入った。