1回こっきりのテイマー
迷宮のごとく複雑に入り組む間取り。最低限の明かり取り窓しかない狭い通路。獣の巣に似た匂いの漂う石造りの壮麗な建築物は、外観から受けた印象より遥かに攻略が難しい堅固な城塞だった。
その最奥、鉄扉を開け放つ。
薄暗い大広間は儀式空間特有の濃密な空気で満たされていた。
家具は、玉座がひとつだけ。
カッ
カッ
カッ
カッ
カッ
近付くにつれ、こじんまり横座りする人影が見えてくる。
率直な感想だが。
可愛い子ちゃん。
しかし、その威圧感は、強烈だ。
意を決して大きく息を吸い込む。
「史上最強のテイマー、それが俺。で、あんたが魔王かな」
「史上最強って。普通さぁ、そんなふうに自分で言う〜?」
「渾名。よく言われるの」
「第一印象、最悪だわ!」
これが、魔王。
誰もが最強最悪と認める強大な存在。
だが、その容姿は少々想像と違った。
服装は魔法学園中等部の女生徒に似ているし、今日は暑くて勉強やってらんない、オッサンの相手もっと勘弁。そんな不満を漏らしているように見える。
相対する俺は、どうだ。
部屋着のまま、ナイフ1本。どこまで行けるか試していて、最終目的地に着いてしまった。「まずはご挨拶だけでも」と帰宅できる状況ではなさそうだ。
大変、マズイ――――
「ま、よい。魔物を使うテイマーが、魔物の頂点たる魔王に勝てる道理は無い。従魔でもなんでも好きに呼び出すが良かろ? ほれ、ど〜ぞ?」
あ。
「従魔! 従魔ね? いないんだ、ごめん」
「はぁあ?!」
「だから、ごめんて」
「武器も防具も、従魔も無し。なにを根拠に最強なのよ」
この経緯、なんと説明したら良いのか。
「あ、そうだ」
俺はギルドが発行した免許証を手渡した。
「きょ、距離を詰めるなぁ! 免許証? なんなの?!」
「人類は、1人ひとつの【神の恩恵】を授かり産まれる」
「それ世界の仕組みの説明?」
「俺のテイム回数制限あるの」
「免許証の、条件欄の項目ね」
そう。
問題の核心は、回数だ。
「ほら、ここ見て?」
「ちょ、近いって!」
「1回こっきりだろ」
「1回、たかがテイ厶が、たったの1回?」
「ひどくね?」
「だっさ! 【神の恩恵】ケチ臭〜ッ!!」
いわゆる、スキルガチャ。
豪快に大ハズレを引いた。
「腐っていても仕方がない。1度きりのチャンスだし、後悔したくないから、1番凄い魔物をテイムすることにした」
「あ〜わかる。ドラゴンとか?」
「1番凄い魔物は、魔王だろ?」
「魔王をテイムしに来たの?!」
魔王は半笑いで「ごくろーさん」と呟いた。
「なんか微妙に低姿勢なのも頷ける。ちょ〜っとカッコイイ程度で、たかがテイマーなうえに、なぁんにもテイムしてこなかったんだもんね? ……あれ? どうやって、ここまで来たの?」
答えは簡単。
「移動は、徒歩でした」
「健脚だ、じゃなく!」
「そうではなく?」
「魔物だらけの道中だったでしょ?」
魔王は革張りの分厚い本を手に取って、ヨロヨロした。細腕すぎる。魔法特化で戦うタイプらしい。「ふぅむ。この全てが、こやつ1人に?」と呟いた。
時々魔王っぽい話し言葉。
でも。
道すがら倒してきた魔物より弱そう。
手の内を明かしても問題無いだろう。
「【恩恵】に匹敵する攻撃手段を身に付けた」
「ほぉ? ……面白い」
椅子からユラリと立ち上った魔王のギラリと輝く獣の瞳、妖艶に裂ける唇、蒼白い頬が紅潮し、背よりも高い豪華な杖を手に玉座から立ちあがる。その強烈な威圧は視覚で捉えられるほどだ。
「神々の【恩恵】に匹敵するチカラか。神の対極として創造された世界改変装置・魔王に抗えるのなら、それは、神をも超越したチカラかもしれぬぞ?」
明らかな戦闘態勢!!
迎え討つしかない!!
最大限に警戒しつつ、言葉を続ける。
「その名も【 徒 手 空 拳 】ッ!!」
ニヤリと嗤い「はーっはっは、面白い! 返り討ちにしてくれよう!」と叫んだが、後半は「そのトクシュケン! ぅんにゃ、ト・シュ? と しゅ くう けん、とやらを?」なんて自信無さげに小声でモソモソしていた。
で、キョトンとした顔で、首を傾げた。
赤黒い髪がサラサラ流れ、白くて細い首が見え隠れする。
こうしていると、魔王というより反抗的だが可愛い少女。
「ちょい待ち……徒手空拳、パンチとか?」
「武器防具も使いますけど」
「初耳。自分で考えたの?」
「前向きに頑張る気持ちを表現しました」
「それ、名前の話? ど〜でもいい!!」
どうでもよくない。
このままでは、失敗する公算が大きい――――
「ここ見て?」と免許証のレベル欄を指差した。
「だ〜か〜ら、近いって!」
「ほら、9999でしょ?」
「なにこれ、レベル? もっ、物凄いレベル?!」
「テイムできるのは、格下の魔物って聞いたから」
格の違いを自覚させる必要があるのだ。
「魔王より高レベルを目指した。 ……発想、おかしいでしょ〜っ?!」
魔王はしばらく「とんだ頑張り屋さんがいたもんだ」と苦笑しながら「なぁに? このレベル。【恩恵】も使えないくせに」と、興味深そうに眺めていた。
この免許証は、【鑑定士】という恩恵を持つギルドの窓口職員が、「えぃやっ!」と念力的なものでなんかしたらピカッと光って更新されたり、項目によっては自動的に書き変わったりするマジックアイテム。
レベルは、前者。
更新料がかかる。
魔物を倒しては定期的に更新していたが、レベル表示は9999で数字が赤く変わって、いい加減レベルアップしそうなものだと何度も試したが、金ばかり取られて、それっきり増えなかった。半年ほど経ってから、ギルドカードの表示上限だと理解した。
赤くなることすら誰も知らなかった。
おそらく、初めてカンストした人間。
付いた仇名が『史上最強のテイマー』
肝心のテイムは結局まだ使ってない。
「初めて使役を試みる、2度目は無いのだな?」
「たぶん」
「初めて目にする前人未到の高レベル、頑張りは認めよう。なればこそ、ワンチャンで失敗こいたら、お互い取り返しがつかない。テイムは温存するが良かろう」
かわいいうえに優しい。
なんて気づかいの人だ。
いや、魔王なんだけど。
でも。
「別にいいよ。他にコレといった候補もいないし」
「なんて言い草、婚活アプリじゃないんだよ?!」
「じゃ、別の紹介して」
「そういうとこだよ!」
「それじゃ、やっぱり。魔王をテイムしてみたい」
ビックリ → 困惑 → 赤面。
両手で顔を覆って叫んだ。
「イケメンだからってコロッといくもんかっ!!」
難しい顔になり「ん〜」と、玉座に腰掛けた。
やおら「よし! こうしよう」と膝を打った。
「5〜60年ほど一緒に生活していたら、『あ〜ん、まおちゃんテイムされちゃうかも〜♪』という瞬間が1度くらいありそうなものだよ。その時は正直に言おう、この魔王に試してみるが良かろ? 一世一代のテイムとやらを、な!!」
さすがは魔王の感覚。
お試し期間が半世紀。
……まおちゃん?
「60年後、もう88歳だけど」
「そこは慎重に期するべきだよ」
「慎重に、キス?」
「 ぃ、 今 だ 〜 ! !」
え?
「そこは、慎重を期する、です」
「今だよ、キュンとしたもん!」
「でも言い間違いが気になって」
「面倒臭、細かっ!」
「だから、ごめんて」
「そんなことより、テイムはどしたの!」
「いやいやいや、突然すぎて無理ですよ」
「そっかぁ〜、焦りすぎは禁物だった?」
照れ笑いしながら免許証を返却してきた。
「なによ? へんてこりんな顔をして」
「いえ?! ……なんでもない、です」
困ったな?
この免許証、条件欄の回数がゼロになってる。
「まずは同棲だ、善は急げ!」
「魔王も善とか言うんだなぁ」
「なんか言った?」
「いえ……なんでもないです」
それにしても、一緒に生活するのか。
なにしろテイム自体が初めてなんだ。
その発想は無かった……
「ま、いいか。魔物の中でも伝説級だし、見た目どおりの年齢じゃない。同棲したら捕まって、打ち首獄門になったりしない。合法ロリ万歳」
「それについては安心するが良い。頻繁に討ち取られては生き還っているだけで、世界の始まりから存在する、立派な成年魔王なのだ。ちょっとした年の差カップル誕生だな!」
からから笑っている。
懸案事項がひとつ減った。
「良かった。もう駄目かと思った」
「14年前の暗殺事件が最後だよ」
「体は見た目、そのまんまなのね」
なるほど。
14年前のリセットで、今の体は14年目。
中等部の女生徒という見立て。
あながち的外れじゃなかった。
経験は無くて、知識だけは豊富。
それは、ただの耳年増な未成年者なのでは?
「追々、寝物語に聞かせてやろう」
「一緒に寝る気なのかぁ」
「テイムの好機を逃さぬためだ、やむおえまいて」
ついて来る気は満々ぽい。
引っ越し荷物をリュックサックに詰めている。
どうやらテイムされた自覚は無いものらしい。
「厳しい拷問ですが……耐えられるか不安だなぁ」
まぁ。
「なんにせよ、今日からパーティになるのか。よろしく」
「え~! 今夜はパーティするの? 大歓迎じゃん!!」
うまくやっていけるかどうか。
物凄く不安だ…………




