表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

瓶の中の海

作者: シキカン
掲載日:2026/05/29



今日もまた23時退勤。

終電に揺られ、家に着く頃には日付が変わっている。

何かを食べる気力も、風呂に入る気力もないまま、俺はどかっと小さいテーブルの前の座椅子に身体を投げ出した。

「ただいま」

俺は、テーブルの上に置いてある小さな瓶の中で泳ぐ人魚に、帰宅の報告をした。


彼女を拾ったのは、何日か前の仕事帰りだ。

その日は月があまりにも綺麗で、いつもなら下を向いて帰る俺も、思わず見上げてしまうほどだった。

家路の途中にある公園の、誰が作ったかわからない人工池の横を通った時、月の光に反射する水面がパシャと跳ねた。

生物など生きていけそうにもない濁った池に何がいるんだ?と思い覗き込むと、小さな人魚がこちらを見ていた。

「えっ…?」思わず声を上げ、幻覚かと目を擦るが、やはりそこに存在していた。

しばらく互いに見つめあって、彼女の方が軽く微笑む。

その笑みが少し寂しそうに見えて、

「おまえも独りか?」と、零れた。

そして少しの水と彼女を、持っていたコンビニの袋に入れて、家に持ち帰った。


「またこんな時間まで働かされた」

「部長の確認が遅くて、仕事が回らない」

「同僚がまた退職した」

最近は毎日のように、人魚に愚痴を言う日々だ。

だが、彼女はこちらの言葉がわからないのか、言葉を発せないのか、ただただニコニコ笑っているだけだ。

初めのうちはそれでよかった。

しかし、何を言っても笑うだけの彼女に、そして何より、愚痴ばかり零している自分に、だんだんと苛立ちを覚え始めた。

ついにある日、

「オマエ、なんなんだよ!いつもヘラヘラ笑いやがって!俺のこと馬鹿にしてるのか!?」

と、机を思い切り叩きながら叫んでしまった。

瓶の中の水が、叩いた振動で、机にこぼれた。

ハッと我に返り、彼女の顔を見ると、そこにはいつもの笑顔がなく、眉を下げ、悲しそうな顔をしていた。


このままではいけない…。

俺は瓶を少し閉め、大事そうに抱え、真夜中、飛び出した。

息を切らし、着いた先は、波音が蠢く広大な海。

波打ち際まで歩き、瓶の蓋を開けて、そこにしゃがむ。

瓶を傾けると、彼女は静かに海へ滑り落ちた。

「さよなら」

俺は海に浮かぶ彼女にそう告げた。

彼女は不思議そうな顔で俺を見つめ、しばらくすると大海原へ泳いで行った。

俺は少しホッとしたような、胸がチクッと痛むようなそんな感覚を覚えた。

顔を上げ、見据えた景色は、満月の灯りが反射する水面と、禍々しさが宿るような濃紺な海だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ