幕間・古参侍女ミレイユの違和感
朝の光が廊下に柔らかく差し込んでいた。
公爵家の古参侍女ミレイユは、廊下の窓越しに庭園を見下ろして、思わず息を呑んだ。
石畳の小径を、二人の人影がゆっくりと歩いていた。
アレクシスと、リリアだった。
「まあ……! 公爵様がお散歩をされているわ!」
「本当に。久しぶりじゃないかしら」
傍らにいた侍女たちも窓に顔を寄せ、驚きの声を上げた。
無理もないことだった。アレクシスは《老化症》を発症してからというもの、ほとんど外出もせず、庭に降りることすら滅多になかった。陽の光を浴びる主の姿など、誰もが久しく見ていなかったのだ。
「公爵様のお元気なお姿を、また見られるなんて……!」
侍女たちが感嘆の声を上げる中で、ミレイユは別のものが気になっていた。
(公爵様……?)
昨日まで目にしていた公爵の姿と、あまりにも違いすぎた。
顔の皺が薄くなっている。目の色に光が戻っている。まるで昨日とは別人を見ているようだった。
(まるで……時が遡ったかのよう)
あの衰弱しきった公爵の面影がどこにもなく、別人のように若々しく見える。いや、「若々しい」という言葉では正確ではない。正確に言うなら――《老化症》になる前の、本来の姿を少しずつ取り戻しつつあるのだ。
今朝、洗面器とタオルを部屋に運んだ時にも何か違うと感じていた。こうして明るい光の下でじっと見ると、もう確信が持てた。肌のくすみが薄れ、皺の数が減り、目の周りの色素沈着が消えている。動作も滑らかで、体に活力が戻ったように見えた。
(……一体いつから?)
アレクシスは《老化症》の診断を受けてから、日に日に衰弱し続けていた。疲れやすく、食欲がなく、体の節々が痛んで寝込む日が続いていた。
それなのに今は、まるで別人のように気力に満ちている。
「信じられない……」
ミレイユは思わず声を漏らした。
半年ものあいだ、彼女はアレクシスを見守り続けてきた。白さを増す髪、萎れていく体を、ただ無力に目の当たりにしてきた。
(これはセレスティナ様の祝福のおかげ? でも、いつもとあまりにも違いすぎる……)
聖女の祝福によって体調が一時的に回復することは珍しくない。しかし今回の変化はあまりにも劇的だった。今までとはまったく異なると、断言できるほどに。
(一体何が起きたの……?)
庭園の奥へと歩を進めるふたりを、ミレイユは目で追い続けた。リリアがアレクシスのそばに寄り添い、何かを話しかけている。その自然なやりとりに、ミレイユはさらに驚いた。
(リリア様が……公爵様を変えてくださったのかしら)
ミレイユは思わず胸に手を当てた。
胸の奥に、じわりと期待が沸き上がってくる。
あの公爵様が笑っている。誰かと並んで微笑んで歩く姿など、いつ以来だろうか。
「きっとリリア様のお力よ。公爵様は変わられた……!」
ミレイユが呟くように言うと、近くにいた若い侍女が目を剥いた。
「本気で言っているの? 《老化症》を治療できるのは聖女様だけでしょう」
「本当のことを言っているのよ! きっとリリア様は、神様から遣わされた方なのだわ!」
ミレイユが鼻息荒くそう言い切ると、侍女たちは「またそんなことを……」と苦笑いを浮かべた。
しかしこの日以降、誰もミレイユの言葉を否定できなくなるのである。
公爵がどんどん若返っていく――そのことに、ミレイユだけでなく、執事も、料理長も、護衛騎士たちも、屋敷中の誰もが気づいた。
「公爵様が若返っていらっしゃる……!」
「まさか。嘘だろう?」
「いや、見ろよ。あれは間違いなく公爵様だ……!」
使用人たちはアレクシスの変化に仰天し、その日から公爵家には静かな噂が広まり始めた。
――『リリア様に触れた者は、若返る』と。




