おれ、レモン
おれ、レモン。黄色くて、つやつや、きらきらしていて、すっぱいくだものだ。大きさは、あんたの手の中にちょうどすっぽりおさまるくらい。今日は、おれの話を聞いてってくれ。
おれたちは、あたたかい南の国の、海のそばのレモン畑で生まれて、海からやってくるしおかぜのにおいをかぎながら育った。母ちゃんは、畑で一番りっぱで、はっぱの色もきれいなレモンの木。母ちゃんの枝に、兄弟たちとぶらさがって、遠くからやってくる大小の船や、砂浜であそぶ子どもたちのようすを見物してた。友だちといえば、まっしろなかもめ。かもめは海の上をさんざん飛び回った後、母ちゃんの枝にとまってひと休みをした。その時に、おれたちにいろんな話をしてくれたんだ。海の中の生きものや世界中をめぐる船乗りの話、空高く飛んでいたら時々出くわす、雲の上でくらす天使の話なんかをね。
太陽の光をたっぷりと浴びて、パワーと水もたっぷり母ちゃんから分けてもらったから、おれたちはぐんぐん大きく、重くなった。母ちゃんが持病の五十肩とぎっくり腰になったころ、お別れがやってきた。
レモン畑のおじさんが、おれたちを母ちゃんの枝からもいで、かごにひょいと放り込んだ。母ちゃんともかもめとも、はい、さよならだ。でも、そんなにさびしくはなかったかな。同じかごの中には、いっしょに育った兄弟がいっぱいいた。それに、まだしゃべったことがなかった、レモン畑の別の木のやつもまざっていて、はじめましてのあいさつと自己紹介をするのに頭がいっぱいだった。母ちゃんも、きっと次に生まれてくる我が子たちのことを考えていたんだと思う。かもめも、さかなを食べることや、飛ぶことしか考えていないはずだ。人生そんなもん。
おれたちはトラックの荷台にのせられて、海から遠くはなれた街にやってきた。荷台の上から、いろんな町や村、人間やどうぶつが見えたけど、一番おれたちが楽しかったのは、車がものすごい速さで走ったことだ。畑にいた時は、こっちからあっちへ行く、あっちからこっちへ来る、なんてことができると思ったこともなかった。兄弟たちといっしょに母ちゃんの枝にぶら下がってじっとして、時々風が吹いたらみぎひだりにぶらぶらゆれることもあるけれど、それだけだった。かもめが歩き方や、空の飛び方を教えてくれたこともあったけど、おれたちにはできっこないと思っていた。
だけど、トラックではこばれるのは、面白い。町のけしきがびゅんびゅんと後ろに飛んでいく。それは、おれたちがすごい速さで動いてるからなんだ。ごうごうと風が吹いて、おれたちは時々荷台から飛び出しそうになった。一度、トラックが大きくはねて、おれたちは道に転がり落ちてしまった。その時はホント、死ぬんじゃないかって思ったさ。でも、トラックを運転していたレモン畑のおじさんが、ちゃんと気がついた。車をとめて、おれたちを一つ一つ拾ってくれたんだ。ラッキーなことに、ひしゃげたりけがをしたレモンはいなかった。かごの中にもどると、おれたちは今しがたおこった冒険の話で盛り上がった。
街についてから、おれたちが下ろされたところは、八百屋だった。かごの中から出たとたん、先にいたやさいやくだものたちが、ぎょろりといっせいにおれたちを見た。おれたちも、ひらひらのきどったレタスだの、まっしろでおおらかなだいこんだの、まっ赤でつんとすましたりんごだのを生まれてはじめて見たもんだから、ついきょろきょろとまわりを見回してしまい、なかなか落ち着かなかった。見るものはいっぱいあるし、やさいたちのうわさ話にもつい耳をすませてしまう。えりんぎとしめじは仲がわるいらしい。ちっちゃなさくらんぼたちはずっとしりとりばっかしてる。オレンジってやつは、おれたちよりもえらいんだと言って、やたらいばっていた。ふん、あんなやつ、大したことないね。
こうして八百屋ののき先にならんだおれたちは、誰かが買ってくれるのをひたすら待ってた。たいくつなときは、かごのなかの兄弟とおしゃべりをしたり、となりのオレンジをからかったりした。八百屋の前を歩く人たちは、ときどきおれや兄弟を手にとって、でかい鼻をおれたちにぴったりとおしつけて、においをかいだ。あまりに近いから、鼻毛が出てるのが見えたくらい。だけど、そのままおれたちを買ってくれる人はなかなかいなかった。
ある朝のこと。八百屋のおばさんが店のシャッターを開けたとき、ぴゅうっとつよい風がふいた。シャッターはがたがたゆれたし、おばさんは砂でも目に入ったのか、顔を手でごしごしこすった。シャッターやおじさんよりも小さく軽いおれは、かごからぽーんと飛び出して、地面に落っこちた。
おれはすぐに声を張り上げて助けを呼んだ。兄弟のレモンたちもおおさわぎで、かごから身をのりだして、おれをさがしてくれた。だけど、おばさんは、おれがかごから落ちたことに気がつかなかった。
その日は風ばっかりふいてる日らしい。またびゅおっと風がふいて、おれはころころ転がっていった。八百屋にもどりたくっても、自分じゃどうにもならないんだ。だっておれ、レモンだから。自分で走るための足も手もない。かもめの羽や、トラックについているようなエンジンも、ハンドルもない。タイヤだけがごろごろと転がっているようなもんだ。このままどこまで行くんだろうと、風におされながら考えた。そして、考えてもちっとも分からないから、やめた。
ふいに、だれかが目の前にあらわれた。つめが生えた毛むくじゃらの手で、おれをぴたっと止めてくれた。お礼を言おうとして、相手の顔を見たおれは、ぎょっとした。
そこにいたのは、大きなドブネズミだった。灰色の毛皮は、砂ぼこりや食べ物のかすがくっついていてうすぎたない。小さな目はらんらんと光り、するどい牙はよだれでぬれていた。
「うまそうなものがあるじゃないか!」
そうさけぶなり、ドブネズミはおれにかみついた。そして、ぎゃっとさけんだ。
「うへえ、すっぱい!」
そりゃそうだ。だっておれ、レモンだから。レモンはすっぱいもんだ。だけど、ドブネズミはレモンのことをよく知らなかったらしい。かじったおれの皮をぺっぺっとはきだした。
「こんなもの、食べられるか!」
そう言って、ドブネズミは走っていった。食べられずにすんだけど、ほっとしているひまもなく、また風がおれを知らないところに運んでいった。
転がっていくうちに、体のあちこちにすりきずができた。これじゃ八百屋に帰っても、だれも買ってくれないな。でもまあ、いいか。いつ八百屋にもどれるか、分からないんだし。
いくつか絵をかざった、ヘンな店の前で、おれはひと休みすることにした。ふう、つかれた。風にのるのも、楽じゃない。
「おおい」
おれをよぶ、小さな声がした。あたりを見回すと、うす青の花が、顔をのぞかせて、おれをまじまじと見つめていた。花は、アスファルトのすきまの、ほんのちょっぴりの土から生えている。おれがころころと近づいていったら、花はみどりのはっぱをひらひらとはためかせてあいさつしてくれた。
「やあ、はじめてみる顔だな。そのみごとな黄色と形といったら、われらが太陽にそっくりだ」
うれしいね、そんなにほめてくれるなんて。あんただって、天気が良いときの空みたいだよ。
「どこからきて、どこへ行くんだね? 先を急いでいないなら、ちょっとだけ話し相手になっておくれ。退屈していたんだよ」
花はさびしそうに言った。八百屋で兄弟たちとおしあいへしあいしていたおれとちがって、花はたった一りんでさいている。友だちになってくれそうな奴は、ざっと見たところ近くにはいないようだ。ドブネズミみたいなやつとは、友だちになりたくないだろうしね。
「これでも、昔は大家族だったんだよ。何十も兄弟がいて、毎日がパーティーだった。母がわれらをぷっと吹き飛ばして、旅立たせてくれた時も、えんそくみたいな気分で、風にのって兄弟たちとどこまでも飛んだものだ。でもある時、兄弟たちとはぐれて、あたたかい土や水のある場所が分からなくなり、こんなところまで来てしまった」
おれと似てる。おたがい大変だったんだな。
「地面は固いし、空気には変なものがたくさん混じってるし、ドブネズミが近くにやってきた時にはひやひやするけど……なれてきたら、楽しいこともあるのさ。雲の形が何に見えるかあれこれ考えたり、車の音にあわせて歌を歌ったりね」
ふうん、そんなもんなんだ。
「おっと、ひきとめてしまったね。元気でな。その丸いからだで、どこまでも転がっておいき」
花はお別れに、そのはっぱでおれの頭をなでてくれた。
風にゆくさきをまかせて道を転がりながら、おれはどうしてだか、レモン畑の母ちゃんを思い出した。いつだっておれたちの話をにこにこと聞いてくれた母ちゃん。朝つゆにしっとりぬれたおれたち一つ一つの頭を、はっぱでやさしくぬぐってくれた母ちゃん。おれたちがトラックで畑から出て行くとき、最後までじっとおれたちを見つめていた母ちゃん。おれはそのことに気がつかなかったけれど、いっしょにトラックにのった兄弟が、そう教えてくれたのだ。
母ちゃんに会いたいな。ふと、そう思った。かもめにも、兄弟たちにも。レモン畑のおじさんにも。だけど母ちゃんは、今のおれを見ても、自分の子どもだと分かるだろうか? すっかり汚れて、あちこちきずができてしまったおれは、レモンというよりどろだんごみたいだ。
転がりながら、なぜかぽろぽろとなみだが出た。すっぱくて、いいにおいがするなみだは、道路にしみこんですぐに分からなくなってしまったんだ。
すさまじい音がして、すぐそばを大きな車がかけぬけていった。おれは飛び上がって、回るタイヤをよけた。すぐにまた別の車が突進してくる。うっかり、車ばかりが走る道に出てしまったんだ。
道には、タイヤにひかれてぺちゃんこになったおかしや、車から落っこちたらしいごみが散らばっていた。ぞっとするね。はやいところ、このおそろしい道路を抜け出してしまわなきゃあ。
風にのって、時には自分で転がりながら、行きつもどりつしてようやく車がびゅんびゅん通る大きなみちを出たけど、おれはもうへとへとになってしまった。そして、もう転がる元気もないまま、道ばたでぐったりとした。ねずみがかじったあとが、じくじくと痛んだ。
そのとき、だれかがおれをひょいとひろいあげた。
「おや、ずいぶんよごれているが、これはレモンだな」
おれを大きな手でつかんで、じっくりとながめるのは、見知らぬ男の人だった。やさしそうな目と、かわいた手が、レモン畑のおじさんにちょっとだけ似ていた。
「いいものを拾った」
そういって、その男の人は、おれをポケットに入れて、歩き出した。だれかに運んでもらうのは、すごく楽ちんだ。トラックみたいに、速く走れなくてもね。
家に帰ると、男の人は、ポケットからとりだしたおれをハンカチできれいにふいて、テーブルの上においた。それから、広いキャンバスとえふでを持ってきた。黄色いえのぐをえふでにちょんとつけて、男の人はおれを絵に描いた。
そいつが嬉しそうにすいすいと絵を描くすがたを見ているうちに、おれはねむたくなって、夢の世界に転がっていった。
目を覚ました時、おれはそいつが描いたすばらしい絵の中の、あざやかなレモンになっていた。
おれの絵を、画家はまちのなかのショーウィンドウにかざった。おれがガラスの奥から外を見下ろすと、見覚えのある青い花がみえた。
花もすぐにおれに気がついて、うれしそうに葉を振ってあいさつした。それ以来、おれはともだちとおしゃべりしながら、毎日のんびりと過ごしている。めでたしめでたしさ。なに、ヘンなレモンだって? レモンにだって、いろんなやつがいるもんさ。




