寄り道?休憩?
草むらを抜け、3メートル程進んだところで私は座り込んでしまった。
ムウとお父さんは、ハアハアと息が上がっているが周囲を伺っている。
煙が晴れた草むらの道を大きな男の人が歩いてきた。
ズルズルと大きな何かを引き摺っている。見るとそれはさっき頭上を飛び越えて行った網だった。
網は直径2メートルほどの球状に膨らんでいて、中には角の生えたウサギがみっちり入っていてギイギイ鳴いている。
かなり重そうだけど男の人は網を引き摺って歩いてくる。
近付けば近づくほどその人の大きさに正直ビビる。
お父さんより頭一つ以上大きい。パンパンになった網より少し低いくらいだから、身長は2メートル近いんじゃないだろうか。
黒のタンクトップに薄汚れた白いシャツを、ボタンをしないで着ている。ヒザ丈の黒いジャージに、これまた多分元は白だったと思われるボロボロのスニーカー。先っぽが少し破れていて足の指が見えているからきっと素足だ。髪は黒っぽい茶色でボサボサ。眉は太く無精ヒゲ。目が大きくてパッチリとした二重。まつ毛は瞬きするたびにバサバサ音がしそうなくらい長い。肌は浅黒いけどその黒さは、服装の汚れ具合からすると日焼けだけではないかもしれない。体型はガッチリしたマッチョ。二の腕なんて普通の女の人の太ももくらいありそうだ。ふくらはぎもかなり太い。でも私の太もも程はなさそうで、妙な敗北感を覚える。
「よう。オレはケン。ここは初めてか?」
男の人はフレンドリーに話しかけてくる。
私はそのケンという人の大きさに圧倒されて声も出ない。
ムウは警戒しているようで、カバンに手をかけている。何かあったらすぐに武器を出せるようにしているんだろう。
「あ、どうもコウイチです」
お父さんは普通に挨拶して、警戒心はなさそう。
「いやぁ、アンタ達のおかげで今日は大漁だよ」
お父さんの背中をバンバン叩きながらケンという人は笑う。
ケンは多分加減しているんだろうけど、お父さんの体が叩かれる度に揺れている。それでもお父さんが吹っ飛ばされないことに関心した。
私はもう立ち上がることも面倒くさいので、休むことを優先した。
ムウはカバンに手をかけたまま私の隣に立っている。
「コウイチさんだっけ?ここには来たばっかりなのかい?」
「そうなんですよ。ケンさんは長いんですか?」
「ケンさん、なんて他人行儀なこと言うなよ。ケンでいいよ」
(いや、まったくの他人ですが、と心の中で私は突っ込んでみる)
「オレもちょっと数日前に来たばっかりさ。道を真っ直ぐ進んでたつもりだったんだけど、なんか迷っちゃって。
それで村があったから隅っこに今は住んでる」
「村があるの?じゃあ、宿屋とかあるのかな?」
「それが無いんだよ。オレも宿屋がないか聞いたら村長が出てきて、小屋を貸してくれたんだ。
村に長く住めば住むほど、村の中心に住めるらしいんだけど」
「村には店とかはあるの?」
「あるよ。コイツらを今から肉屋に卸に行くんだ。一緒に行ってみるかい?」
「いいのか?」
「もちろんさ」
お父さんとケンは意気投合して楽しそうだ。コミュ障の私には出来ない芸当だ。
ムウはお父さんに言いたそうにしているけど、私の傍から離れない。
「うーん。でもやっぱり娘が休みたそうだから遠慮しようかなぁ」
ムウは小さく頷いていたけど、お父さんは全く気付いていない。
「なら、ウチにおいでよ。娘さん達は休んでてもらって、その間に村を見るといい」
「そんな、悪いよ」
「もう全然。村の中心から離れてるからまあ静かだし、一人だから気にする相手もいないし。
なんかこうやって話をするのが久しぶりで嬉しいんだ」
「ということで、ケンの村に行くぞ」
どういうことだよって突っ込みたいが声にならない。
ムウは警戒心を解いた。
「ご主人がそう言うのでしたら、了解しました」
さすが、主人には忠実だと自分でいうだけあって飲み込みが早い。
私は重たい腰を持ち上げた。けれど足が産まれたての小鹿のようにガクガクしている。
「ほら、オンブしてやろう」
お父さんの申し出は精神的には拒否したいところだけど、今は素直に従っておこう。
ケンの隣をお父さんが私を背負って歩く。ケンは大きな網を引き摺っているのに、普通に荷物を持っているかのように歩いている。ムウは私の後ろにいる。
私はお父さんの背中にしがみつきながら、網の中身をみる。
やっぱり角の生えたウサギがみっちりと入り、ギイギイ鳴いている。
さっきカワイイなんて言ったことは取り消そう。コイツらムチャクチャ目付きが悪い。しかもその悪い目付きでどいつもこいつも私を見て、隙があれば飛び掛かってくる気満々で網の中で動いている。
私は自分で歩いてもいないくせに、ウサギに対して優越感が沸いてきた。
フフン、と鼻で笑うと、後ろからムウが言う。
「ハルカ様。近付いてはいけませんよ」
物理的に、お父さんに背負われているから近付くことは出来ないけど、手ぐらい伸ばしてみようかと思ったのを見透かされたようだ。




