どちら様でしょうか?
木々がまばらになり道がのぼり坂になった。
坂を上って行くと、木々がなくなり岩場になった。
元々運動が苦手な私は足取りが遅くなる。ムウは時々後ろを振り返る。多分私とお父さんがいることを確認しているんだろう。
「ほら、引っ張ってやるぞ」
と言って左手を差し出すけど、「いい」と私は答える。
しんどいけれどこの歳で父親と手を繋ぐのはどうかと思うし、いくら見た目同い年のイケメン風だとしても声や話し方はお父さんのまんまだし。ちょっとゴメンナサイな感じ。
「そうか」
お父さんは私が拒否したのに少し嬉しそうな顔をする。解せぬ。
しんどくて下を向いて歩いていたけど、やっと下り坂になったので顔を上げて前を見た。すると今度は草原が広がっていた。
「うわぁ」
解放感に声を上げてしまった。
見通しのよい風景。私は駆け出していた。
「ハルカ様。一人で先に行かないで下さい!」
「ハルカァ、お父さんを置いて行かないで」
草原の入り口に立ってみると、草は私の胸の高さまで伸びている。道があるとはいえ、両脇が鬱蒼とした草むらに飛び込むのはさすがに戸惑った。
「また蛇が出るかもよ」
お父さんが言う。私もそう思ったから飛び込めない。
私の右側にお父さんが、左側にムウが立つ。
「お父さんが守ってくれるんだよね」
「もちろんだ」
お父さんがニカっと笑う。
私達は草むらの道を歩きだした。
ムウが周囲を警戒しながら歩いているのがわかる。お父さんは私の右斜め後ろに位置を取る。私は緊張しながらも、少しでも早く草むらを抜けたくて歩みが速くなる。
すると前方右側の草むらがガサゴソと揺れた。
三人に緊張が走る。
足を止め、お父さんは刀に手をかけた。ムウも走り出す直前のような体制を取っている。
ピョン
私達の正面に一羽のウサギが跳びだしてきた。真っ白な毛並み。赤い目。ただ普通と違うのは額から尖った角が生えている。
「なんだ。ウサギかぁ」
私は一気に緊張が解ける。そしてウサギに近寄ろうとした私の左腕をムウがガッチリ掴んだ。
「ハルカ様。走りますよ」
突然の展開に私は頭はついていかない。
「ご主人!斬って!」
お父さんが私の後ろでさっきのウサギを斬ったようだ。
私は腕をムウに引っ張られながら走る。
お父さんもすぐに追いついてくる。
三人で走る。
草むらの終わりが見えるとムウも安心したのか走る速度が遅くなった。正直、走るのが得意ではない私には有難かった。とうとう私は立ち止まりムウの手を払った。
心臓はバクバクしているし、息も上がっている。ハアハアする息をやっと整えてムウに言った。
「何?一体どうしたの?かわいかったじゃん。ちょっと触ってみたかった」
するとムウは冷めた目をして言った。
「食われますよ」
「えっ?」
「アレは肉食です。草むらに蛇はもちろん虫さえいなかったのは、多分アレが食い尽くしたんでしょう」
「ああ」
お父さんが妙に納得している。けれど私はまだ頭が追い付いていない。
「アレは群れで行動します。なので追いつかれる前にここから出ましょう」
ムウは私の腕を引いた。けれどすぐに止まった。
「遅かったようです」
ムウはカバンの中から小ぶりな包丁くらいの大きさのナイフを出し私の右手に握らせた。
「ハルカ様。アレが近付いたら迷わず斬って下さい。
ご主人。後ろは任せます。突破しますよ」
お父さんは刀を抜く。ムウはカバンからまた違う何かを取り出し前方に投げた。
バンバンと破裂音がして煙が上がる。
「走ります」
ムウは私の左腕を強く掴んで走り出し煙の中へ向かって行く。
私は訳もわからずそのまま引き摺られるように走る。
煙の中、突然目の前に現れたウサギにナイフを叩きつける。料理をするときの感触とは違う、何かを切った重量と振動が手に伝わる。生まれて初めての感覚に気持ち悪いような切ないような気持ちになるけど浸ってもいられない。
ムウも私の腕を握っていないほうの腕で何かをしているのか、ドスドスと音がする。
煙から抜けるまでほんの数分だったと思う。けれどとても長く感じた。
すぐ目の前には草むらの出口。
私とムウの前にはウサギはいない。
後ろを振り向くとお父さんが煙の中で戦っている。少しずつ煙が晴れてお父さんが出てきたけど、後ろにはまだウサギが沢山いる。
「伏せろ!」
どこからか声がして私も、ムウも、お父さんもその場に小さくなった。
頭上を何かが通り抜けていく。
バサッと音がして、そちらを見ると大きな網が大量のウサギを捕らえていた。
「行け!」
さっきと同じ声がした。
私達三人は出口に向かって走る。私はもう限界だったけど、お父さんとムウが両方から手を引いて引き摺られるように走った。




